斬魄刀異聞過去編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日は流魂街で祭りがあると言いはじめたのは京楽だった。
運よく3人は早番であり、元柳斎の指導もない。
「たまにはいいんじゃない?」
浮足だった京楽の言葉に、浮竹と咲も和かに頷いた。
こんな時のためにと谷口に持たされていた浴衣を取り出す。
烈が自身の着物を設えてもらうために呉服店に行った際、咲の為に選んでくれたものだと聞いた。
袖を通すのは初めてだ。
広げてみると白地に大ぶりの少し霞んだ色味の水色や紺色の雪輪柄、それに加えてほんのり紫から桜色の桜花が散らしてある。
普段は黒い死覇装ばかりなのでこのような着物を着るのは自分でも気恥かしい。
(でも、烈様がせっかく選んでくださったのだから……)
咲は頬を染めながら浴衣に袖を通した。
部屋を出たところで2人の後ろ姿を見つけた。
浮竹は濃紺に薄い
普段の黒い死覇装よりも明るく涼しげな色味が新鮮で思わず立ち止まる。
「おや、これはこれは」
京楽が先に気づき、振り返って優しく目を細めた。
ふわりと間合いを詰め、髪をそっと耳にかけて顔を覗きこむ。
「月の精霊かと思ったよ」
いつもよりも気持ち低めの声で囁かれた言葉とその睫毛の本数まで数えられる距離に一瞬戸惑ってから、咲は薄く紅を指した唇の端を上げて苦笑した。
いつも町でこんな風に女の子を誘惑するのか、と。
「歯の浮くようなお世辞はやめて」
「世辞じゃないさ。
言い得て妙、流石だな」
その後ろで同じように柔らかく目を細めた浮竹が言う。
確かにその通りで、月光の中に白く浮き出たような咲は、浴衣の刺繍が月光を映して淡く輝いており、どこかこの世の者でないような雰囲気を醸し出している。
「ちょっと浮竹ぇ、流石ってなに?」
「さぁな。
胸に手を当てて聞いてみろ。
半分は褒めてるぞ」
「じゃあもう半分は?」
「さぁて、そろそろ行くか」
京楽の隣を通り越して、咲にそう笑いかけ、穏やかに見おろす。
月明かりできらきら輝く白髪に、咲には月の精霊というべきは彼の方だと思う。
男とは思えない透けるような白い肌も濃紺の浴衣によく映えている。
鳶色の瞳に、吸い込まれそうだと思った。
「浮竹ぇ、そりゃないよ」
二人の後ろで拗ねた顔をするので、思わず顔を見合わせてくすくすと笑った。
道場を出て街の方へと歩いて行くと、人通りが徐々に増えてゆき、かわいらしい浴衣姿の子どもたちもたくさん走り回っている。
祭囃子も聞こえてきて、提灯が灯り、自然と浮き足立つ。
咲は祭なんて行ったことがない。
更木にいたころは当然だし、卯ノ花家で教育されていた期間も外出する機会はほとんどなかった。
霊術院に通っていたころも勉強ばかりで縁遠かった。
「おおっと」
ふわりと手をひかれると、足元を子どもが駆けて行った。
京楽の手は大きくて、咲の手をくるりと包んでしまう。
剣だこが少しくすぐったい。
「初めてだっけ?」
京楽の問いかけに、咲は小さく、はい、と答えた。
「はぐれないようにね。
この祭りは大きいからはぐれたらもう会えないだろう」
「ま、お前がはぐれても探してはやらんがな。
どうせ女を追いまわしてはぐれただけだろうから」
そう言ってくすりと笑う浮竹。
つながれていた手が、少しだけ名残惜しげに離れた。
「ちょっと、いいところなんだから!」
またもや拗ねる京楽がおかしくて、咲も笑った。
街も、人も、自分たちも、今日はひどく陽気だ。
「たこ焼きうまいよ!」
「綿菓子はいかが?」
「ヨーヨーだよ!」
あちこちから誘いがかかる。
目が回りそうだ。
「あ、ラムネだ」
浮竹が足を止める。
「飲んだことあるか?」
尋ねられた二人は首を横に振る。
その様子を見て、浮竹は屋台のおじさんに声をかけた。
「おじさん、3本!」
「あいよ!」
おじさんの手から3本のラムネを受け取り、先ず一本、栓を開ける。
ぽん
軽い音のあと、しゅわわわーと泡が弾ける様子に、2人は見入った。
「きれい……」
「だろ?
弟妹を連れて祭りに来ても、必ず買ってやるんだ」
差し出された瓶を両手で包む。
ひやりと冷たい、硬いのに柔らかさを感じる滑らかな手触りにそっと瓶を撫でた。
浮竹はもう2本続けてあけて、京楽に1本渡す。
「これはなかなか刺激的だねぇ」
飲んでみた京楽が目を瞬かせた。
咲も恐る恐る口にしてみる。
今まで嗅いだ事のない爽やかで甘い香りと、しゅわしゅわと口の中で弾ける感覚に、やはり目を瞬かせた。
覗き込んでくる浮竹に、おいしいと笑って見せると、相手は一瞬目を見開いてから慌てたように微笑んで頷いた。
「あ、すっごくいい匂いがする」
ラムネを片手に京楽がきょろきょろと辺りを見回す。
「烏賊焼きだな」
浮竹がくんくんと嗅いで頷く。
「烏賊かぁ、いいねぇ食べに行こうよ。
こっちかな」
「そうだな」
人の間を縫うように進んでいく。
しかしこれだけの人の中を進んだことのない咲は、早くも二人から遅れをとってしまう。
「京、楽!」
その袖をつかもうと腕を伸ばしたのに、空をつかんだ。
ラムネの瓶を落としかけて、慌てて両手でつかむ。
そして、はっと名前を呼んだ。
「浮竹っ!」
白い頭も、人垣に飲み込まれて見えなくなってしまった。
慌てて追いかけようとするも、もがくほど人の波に流されてしまう。
(何を食べようと思ったんだっけ……?)
思いだそうとするけれど、焦れば焦るほど思い出せない。
こんなにたくさんの人がいるのに、あの二人は傍にいない。
それがなんだか急に怖くなった。
「浮竹っ……」
自分でも驚くほど情けない声が漏れる。
「どうしたの?」
背後からかけられた声に咲は跳びあがらんばかりに驚いた。
つるんと落としかけたラムネの瓶は、相手の手にすっぽり収まる。
「……君、か」
相手も咲が誰だかようやく認識した、というように目を見開き、それから頭を張って溜息をついた。
呼んでいた名前から粗方の事情を察したらしい。
「沖田、三、席……」
「あいつとはぐれたってとこ?
とりあえず立ち止まってちゃ邪魔だから、進みなよ」
瑠璃色の浴衣に身を包む彼に背中を押されて歩き出すと、向こうから声が聞こえた。
「おい総司、何言ってんだ。
知り合いか?」
背の高い紅い髪の葡萄色の浴衣の男が回り込んできて、咲の顔を覗き込む。
どこかで見覚えがある顔だ。
「六番隊の子。
浮竹の同期」
「ってことは……もしかしてあの見学会の時迷子になった!?」
続いてやってきたもう一人の、若草色の浴衣を着たポニーテールの若い男もどこか見覚えがあると思っていたらどうやら記憶は正しいようで、慌てて頭を下げる。
「そ、その節は、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした!」
「いいや、こっちも悪かったさ。
恐かったろ?」
「いえ、私の身勝手が起因ですので……」
「そんな院生のほんの少しの出来心が命取りになる環境の護廷が悪いさ。
それに、今思えば、だろ」
そう言って優しく笑いかける赤い髪の男。
この中では一番年長かもしれない。
「俺は原田佐之助。
こっちは藤堂平助だ。
お前の名は確か……」
「卯ノ花咲です」
「そうだったな。
それにしても普段が死覇装だけに新鮮だな、よく似合っている」
原田が背をかがめて咲の顔を覗き込むので、恥ずかしくなって俯いた。
それが楽しいのか、男はにやりと笑った。
「一人で来たのか?」
「それが、浮竹と京楽と来たのですが、はぐれてしまって……」
「あいつもこんなとこ来るんだ」
沖田がぽつりとつぶやいた。
彼とどことなく上手くいっていないような話は、浮竹から聞いていた。
正しく言うならば、仕事はうまくいっているらしい。
両者ともに才能があるためか、現場に出ても互いが互いの弱点を補いながら言葉も不要なくらいの立ち回りだと聞いた。
ただ性格が合わないのか微妙な関係に留まっているらしい。
「この中で探すのは大変だな。
ったく、手ぐらいつないどけよなー」
あたりを見回す藤堂に、咲は慌てて首を振った。
「いえ、子どもではあるまいし私が悪いので」
「じゃあ俺が」
話途中の咲の手を、大きな手包みこんだ。
剣ダコがくすぐったいのは同じだが、京楽よりやや体温が低く、大きく感じる。
「これで安心だろ?」
温かな笑顔に至近距離で微笑まれ、咲は顔を染めながら溢れそうなほど目を見開く。
「あっ佐之さんぬけがけっ」
藤堂の言葉に我に返る。
「せめて役得と言え」
眉をしかめる原田に、頬が遂に真っ赤に染まる。
「あ、の!」
どもりながらも声をかければ。
「嫌か?」
意地悪そうな笑顔を返されて、言葉さえ出す、首をぶんぶんと勢いよく横に振った。
「この中で探すのは無理だとあいつも分かっているだろう。
向こうもそれなりに楽しんでから帰るさ。
せっかくだから、卯ノ花も楽しもうな」
ぽふんと頭の上に手を置かれ、咲はやはり赤い頬のまま、今度は首を小さく縦に振った。
しばらく歩けば人が減ってきた。
「ここで一くんたちと待ち合わせしてるんだよね」
小高い場所にある大きな木の下。
人はまばらで、祭囃子も遠くに聞こえる。
「もう大丈夫だな」
いつの間にか自然になってしまっていた原田の大きな手が、咲から離れる。
「あの、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、その頭をぽんぽんと撫でられる。
「いいってことよ」
咲には兄と呼べる存在などいるはずがないけれど、自分に兄がいたらこんな風なのだろうかと、くすぐったくなった。