斬魄刀異聞過去編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「もう一度だ!」
「はい!」
六番隊の中でも、志波は不思議とよく鍛錬に付き合ってくれた。
他に付き合ってくれると言えば、響河くらいなものだ。
他の隊士は響河や志波の顔色を伺って、申し訳くらいに付き合う程度。
根本的に、咲とあまり関わりたくはないのだ。
だから志波自身もひどくまじめな性分で、同じくまじめな咲に付き合ってくれているだけかもしれないと、咲は思っていた。
理由はどうであれとにかくありがたい。
元柳斎の元で指導を受けるようになって、京楽も浮竹もめきめきと腕を上げた。
咲にも教えてもらったことを教えてくれるが、元柳斎自体が個人に合ったことを教えるため、彼らほど能力の向上には役に立たない。
何としてでも置いて行かれたくはない咲にとって、志波や響河の鍛錬は何にも代えがたい貴重な時間だ。
最近では志波相手であれば5回に1度は咲が勝つようになってきた。
逆に志波が焦って鍛錬に励んでいるほどである。
それが嬉しいのは、自分の思い上がり故だろうとは思うが。
(嬉しいものは、嬉しいんだ)
「お前、急に強くなったな」
水をごくごくと飲んだ志波が、唐突に言った。
汗を拭いていた咲はキョトンとしてしまう。
「急、ではないか。
期待の新人だったからな。
でも、1月前くらいからの伸び率が高い。
剣もずいぶん重くなったし、お前自身の心意気が違う。
響河殿も褒めておられた」
まさかこんな形で褒められるとは思っていなかったから驚いた。
元より、会話はほとんどないのだ。
志波は体で学べという姿勢が強い。
打ち合って学べ、怪我して学べ、といった指導の仕方である。
だからこんな風に話したのも、初めてといってもいいかもしれない。
「ありがとうございます」
慌てて深く頭を下げる。
1月前と言えば、京楽と浮竹の個人指導が始まったころからだ。
確かにあの頃から余計に必死になった。
「お前はなぜ死神になった?」
唐突な問いかけに、咲は目を瞬かせる。
「私は卯ノ花隊長に拾われ、こうして生きていることができます。
烈様に恩返しがしたくて、私にできることを精一杯やろうと思って、死神になりました」
「俺はな、卯ノ花」
志波は咲を睨んだ。
彼は不思議だ。
他の隊士と違って練習に付き合ってくれるのに、他の隊士と同じか、それ以上に、咲を軽蔑しているように感じる。
「お前の力は認める。
席こそないが、うちの隊でも十番台の席に値する実力がある」
彼は強くてまっすぐな目をしている。
何かを護ろうとする、強い目だ。
(京楽や、浮竹と同じ)
自分を庇おうと背を向けた時の二人の目に、よく似ているのだ。
それは、響河を守ると誓っているからかもしれない。
「だが、信用はできん」
「充分です」
咲は志波を見つめて言った。
「信用していただけるだけの力を早く」
「違う」
志波は言葉を遮って強く否定した。
「俺はお前を信用しないのは、その出自ゆえだ」
咲は息を呑んだ。
「なぜ朽木家が六番隊の隊長、副隊長を歴任しているのか、分かるか」
「……朽木家の方は霊圧が高く、強い力をお持ちだからでしょうか」
「違う」
志波は咲の正面にやってきた。
身体の大きな志波を、咲は見上げるが、怯むことはない。
ここで怯んだら負けだと、本能が訴えた。
「ここが強い」
志波が、咲の心臓あたりを拳でたたいた。
その強さに体がよろめき、歯を食いしばる。
自然と睨み上げるようになった。
「なぜだか分かるか」
突き放すように発された言葉に、咲は彼らを思い出す。
凛とした姿の、隊長。
優しくも芯の通った、副隊長。
ふと、烈の言葉が思い出された。
ーあなたの求める強さとは、何ですかー
ーあなたが求める強さとは何なのか、その頭で、身体で、しっかり学んできなさい。
己の中で強さを理解せぬままでは、護挺隊士は務まりませんよー
「誇りだ。
朽木家として生まれ、朽木家を背負い、六番隊を背負う誇りだ。
朽木の血を引く、誇りだ」
志波の手が、今度は自分の心臓をたたく。
「俺にもある。
志波の血を引く誇りが。
だから清く正しく強くあろうとする。
……だがお前は違う。
ただ独りだ」
咲は拳を握り締めた。
「養子になったとはいえど、何にも縛られないお前が、俺は信用できん」
貴族はたくさんのものに縛られている。
それがひどく窮屈で苦しいものだとばかり見てきた咲にとって、志波の言葉は強烈だった。
六番隊のため、家のため、響河のためと、人一倍努力している志波を見てきたからこそ、彼に信用できないと言われても、怒りはなかった。
彼は彼なりに、大切な物を護るために咲を疑うのだ。
咲の練習に多くの時間を割くのも、咲を見張るためであり、六番隊のため、ひいては響河のためなのだろう。
だが彼の言うその心の強さの理由は、家を背負う誇りは、咲にはどう足掻いても手に入れることはできない。
つまりは彼から永遠に信用されることはなく、彼の言う強き隊士には永遠になれない。
沈黙が舞い降り、双方睨み合う。
「……志波殿に信用されなくて構いません。
信用なんて、必要ない」
咲が唸るように呟いた。
「烈様の、そして響河殿のお役に立つために、私は強くなると決めたんです。
私が決めた。
誰に強いられたでもなく、誰かのためでもなく、私はーー私があの方達の役に立ちたいから!!」
その気迫に志波は目を細めた。
再び双方睨み合う。
相手が歩み寄ることが無いことは、両者理解していたし、自分が歩み寄る気もさらさらなかった。
2人は平行線で、きっとこれからもそうだと確信していた。
同時にそれ以上離れることもないとまた理解していた。
互いの強さの理由さ違えど、2人の目的は同じだし、互いの実直さも痛感していた。
志波は微かに口の端を上げた。
「ではその決意見せてみろ」
「はい!」
腹の底から返事をして、咲は勢いよく打ち込んだ。
「おや、蒼純はここではないのか?」
庭に突然現れた死神に、咲は目を瞬かせた。
白い肌に、高くで結われた美しいブロンズの髪が背中の中ほどまで垂れている。
瞳は黒真珠のようにやわらかく、深い黒色だった。
こんなに美しい死神を見たのは初めてだと思った。
明翠は慣れた様子で微笑んだ。
「こんにちは、
兄上はこちらではございませんわ」
「そうか」
短く答えた月雫は咲に目を止め、訝しげに細めた。
慌てて咲は手を付き、頭を下げる。
ここに現れ、明翠と対等の立場で会話をできる時点で、相手は咲よりも確実に上の身分なのである。
「初めてお目にかかります。
六番隊の卯ノ花咲と申します」
視線がその鋭さをなくしたことが分かる。
「お前が」
そして砂を踏みしめる音がして、すぐそばで声がした。
「頭を上げろ」
頭を上げようとした咲は反射的に抜刀し、明翠をかばうように刃を受け止めていた。
腕がしびれる。
「ほほう」
至近距離で咲を覗き込む漆黒の瞳は楽しげに細められた。
「これはこれは、なるほど。
銀嶺殿も納得の腕だな。
ーー面白い!」
何が何だか分からぬままに、相手は刀を納めた。
「霞大路月雫。
一番隊五席だ」
霞大路家と言えば、五大貴族に次ぐ上流貴族。
長女は宝石名に千代という名、それ以下も同じく宝石の名を持つことで知られる。
月雫は月の雫、つまり真珠を意味する名前である。
「兄上の幼馴染なのです」
にこやかな明翠に咲も刀を納め、月雫に深々と頭を下げた。
試された、といったところだろう。
「こちらにおらぬとなれば私室か……
またな、明翠、卯ノ花!」
明るく笑って一瞬で消えた。
さすが五席、すばらしい瞬歩だ。
彼女は咲のことを知っている様子だった。
一番隊にいるのだから当然かもしれない。
更木出身であることもきっと知っているだろう。
それでも、嫌な顔をしなかった。
桜も、知世もそうだった。
(不思議だ)
他の貴族たちは大抵眉をひそめるというのに。
上流貴族の余裕故だろうか。
「今度のお茶会には月雫さんもお呼びしましょうね」
咲は曖昧に笑ってうなずいた。
「咲さん」
急に名を呼ばれて目を瞬かせる。
明翠はその様子に、溜息をついた。
「全てが平和に収まって、月雫様や兄上、響河様と、微笑みあう穏やかな日々が早く来ればいいのに」
考えもしなかった。
烈や響河の役に立つことばかりを考える咲にとって、平和は自分の視野の外だった。
そんな咲の頬を、明翠はそっと撫で、剣ダコだらけの手をそっと包んだ。
「強きものは、忘れてはなりません。
……何のための、強さかを」
透き通った翠の瞳が、光を受けて神秘的に輝く。
この人はいつも大切な家族の帰りを待っていたのだろう。
強さを求め、また強くあり続けることを求められる朽木の名を背負う家族を、ずっと心配してきたに違いない。
すぐそばで、彼らの強さを見つめ続けてきたのだろう。
(私はまだ理解していない)
鍛練に明け暮れ、少しでも実力を付けようと努めているが、烈や明翠の言うのはきっともっと根本的な話だ。
いったいどうしたらその答えに辿り付けるのか、皆目見当もつかないが、銀嶺も蒼純も、そして響河も、おそらく答えを導き出しているのだろう。
上司らの強い背中が思い出された。
