斬魄刀異聞過去編
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「いらっしゃい、咲さん」
案内された先の部屋で明翠、桜、そしてもう一人、桜と同じくらいの歳の娘が待っていた。
咲は深くお辞儀をした。
「本日はお招きありがとうございます」
「いえいえ、さぁこちらへどうぞ」
呼ばれて恐縮しながら明翠と桜の間に座る。
来るまでにいろいろとあったが、無事に時間にも遅れることなくついた。
思わず瞬歩で逃げ出してしまってから、その行動が自分は死神だと言っているようなものだと思いだし、頭を抱えたくなったが、ここまで来たら相手が今日のことを早々に忘れてくれることを祈るのみだ。
取り合えず、目の前の相手に集中する。
上流貴族の令嬢の集まりだ。
失敗は許されない。
「初めて御目にかかります。
卯ノ花咲と申します」
そして深く頭を下げる。
目の前にいる少女は、白い肌に長い黒髪、そして生まれのよさを感じさせる上品な空気を持つ。
歳の頃は桜と変わらないだろう。
「始めまして、咲さん。
大道寺知世ですわ」
聞き覚えのある名字だと思う。
「知世ちゃんのお母さんは十番隊の副隊長さんなんだよ」
桜がすかさず紹介してくれる。
「それはそれは。
いつもお世話になっております」
(京楽が凄腕だと言っていたあの副隊長の……)
咲も挨拶はしたことはあるが、親子で雰囲気はずいぶん違うと思う。
十三番隊が人事を引き受けているように、十番隊は経理を担当している。
業務の長は実質副隊長が勤めているのが通例で、人事であれば土方、経理であれば大道寺だ。
そして副隊長は大抵凄腕である。
大道寺は気が強く、男性に負けない戦闘力を持つのだと聞いた。
書類のミスを見つけられた時はゲンコツをくらったと、京楽がぼやいており、娘の知世に声をかけた時には斬られかけたとも言っていた。
浮竹ならまだしも、京楽ではそうなるだろうなぁと笑ったものだ。
死神の世界で女が上り詰めるには、実力も、家名も、何もかもを持っていなければならないこの時代。
大道寺は相当の実力者である。
「京楽さんにもお話はうかがっていましたが、素敵なお嬢さんですこと」
やわらかく目が細められ、咲は首を振った。
「滅相もございません」
「私も初めてお会いした時は驚いたんですよ」
明翠も口を挟む。
「とても強い、有望な新人だと響河様がおっしゃっていたから。
もう少し歳も重ねた、男勝りで大柄な方だと思っていたの。
なのにずいぶんとお若くて、小柄な方でしょう?」
褒められることに慣れておらず、咲は頬を赤らめて俯いてしまった。
「本当に咲さんも虚と戦ったりするの?」
桜の問いに、咲はまだ赤味の引かない顔を小さく縦に振った。
「はい」
「素晴らしい成績だと母が褒めておりました」
知世が静かに言った。
「それは、響河殿と朱鷺和殿のお陰に御座います。
特に響河殿には、拳魂走鬼だけでなく、戦術などの面においても、右に出るものはおりません」
明翠は嬉しそうに微笑んだ。
「響河様は、本当に素敵な次期当主だと思います。
私も兄がいつも明翠様を見習えというから、お兄ちゃんも響河様を見習え!って言ってやるんです」
拳を握りしめる桜に、本当にこの兄妹は仲がいい、と思う。
「お兄様がいらっしゃるお二人は本当にうらやましいですわ」
知世が咲の方を、同意を求めるように向いた。
「はい。
私もそう思います」
むしろ家族自体を持たない私にとっては、何から何までが羨ましいことである。
「でも私、咲さんがうらやましい。
だって烈様のお側にいられるんだもん!」
桜が目を輝かせたので、咲は目を瞬かせた。
「桜ちゃんの憧れの方は、烈様ですものね」
知世がオホホホホ、と笑う。
「だって、烈様はとってもきれいで、強くて、優しくて、一緒にいるとはにゃーんってなっちゃうんだもん。
私も烈様みたいな大人の女性になりたいの!」
決意に燃える様子は、ひどく愛らしく、彼女の存在だって咲にすれば憧れの部類に入る。
それと同時に自分の憧れの烈をそんなに思ってもらえることが嬉しくなる。
「烈様は……世界で一番、です」
頬を赤らめてそう呟く咲の手を、桜はがしっと握った。
その目はキラキラと輝いていて。
「私もそう思う!!」
「楽しいお話はお茶とお菓子を召し上がりながらいかがですか?」
そんな二人に、やわらかな声がかかった。
気づけば4人の前には色とりどりの菓子と、今まで飲んだ事のないような香りの茶が並べられている。
まるで妹を見るような優しい目を向ける明翠に、咲と桜は恥ずかしげに笑った。
知世も嬉しそうに笑った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「いただきます」
目の前には可愛らしい和菓子から咲が今まで見たことのないような菓子まで並んでいる。
「こちらはマシュマロ、マカロン、それからチョコレートに……」
明翠の示す先には、かわいらしいお菓子ばかりだ。
「マショマロお勧めだよ」
桜の言葉に、咲は手に取り、パクリと食べてみる。
その今まで食べたことのない触感に目を見開き、甘さに頬を緩めた。
「お……おいしいです」
「でしょう?」
更木にいたころは、食事の際には料理が綺麗に盛りつけられていることすら知らなかった。
果物や草を食べ、人の懐にある飯を奪って食べた。
卯ノ花家に拾われてからは、烈や谷口に作法を学んだ。
指導にあたる谷口は厳しい人で、妥協は許さなかったが、それ以外ではよく甘やかしてくれた。
そのひとつにおやつがある。
烈も忙しくて家に帰ることはあまりないが、それでも帰ってくるときには必ずお菓子をくれた。
和菓子が中心で、咲にとって心待ちにするごちそうだった。
だがやはり二人の感覚は大人のもので、若い娘には目の前にあるキラキラしたお菓子がとにかく魅力的に見える。
「マシュマロは初めてですか?」
明翠が優しく問いかける。
「はい。
不思議な食感ですが、甘くてとてもおいしいです」
「それは良かったです。
お二人もどうぞ」
それぞれが思い思いのお菓子を口に運ぶ。
甘く贅沢なこの時間は、咲にとって初めてのものだった。
しばらくこれがおいしい、あれがいい、とお菓子の話に花が咲いた後、はっと桜が思い出したように咲を見た。
「咲さんも烈様のファンクラブの会員にならない?」
きょとんとする咲。
「ふぁ、ふぁんくらぶ……とはなんですか?」
「ええっと……」
「皆さんで、お茶をしながら烈様は素敵ですねとお話したり、烈様がお好きな生け花を学んだり、烈様を目指して治癒の勉強をしたりするのです!」
定義となると困る桜に、知世が助け船を出す。
「今ね、会員が私と、明翠さんと、知世ちゃんの3人なの。
咲さんもどうかな?」
なんだかよくは分からないが、烈が好きな人が集まるのだから嬉しいし、ここにいるメンバーだけなのならば問題もなかろうと思う。
「もし御迷惑でなければ……是非とも」
「やった!」
ガッツポーズをする桜に、他の二人は拍手を送る。
こんなに烈のことを大切に思う人がいることが、嬉しいだけでなく誇らしくも思う。
「こちらが烈様ファンクラブの会員証ですわ」
知世が差しだしたのは、烈の写真がプリントされたカードだ。
隊長羽織に身を包み、優しく微笑むその姿に、咲は自然と笑顔になり、思わずそっと写真を抱きしめた。
「咲さんって何でもできるんだね」
琴を弾き終えた桜が驚いたように目を瞬かせた。
「いえ、卯ノ花家で教育していただいただけでございます」
咲は横笛から唇を離すと、首を振ってそう答えた。
その姿は、更木育ちとはとても思えない優美なものだった。
「もしかして、生け花は烈様に指導していただいていたの?」
「はい。
烈様の足元にも及びませんが」
「いいなぁ!」
人に羨ましがられることなど皆無の咲にとって、素直にそれを表現する桜の存在はひどく新鮮だ。
頬を赤らめながら、小さく首を振るのが精いっぱいである。
そんな様子を知世と明翠はほほえましく見つめていた。
「本当に頑張り屋さんなのですね。
たしなみも深く、文武両道だなんて。
私も頑張らなくては」
ほほほ、と笑う知世に、咲はまた首をぶんぶんと横に振る。
「そんな、私など、まだまだに御座います」
「でも、咲さんはなんでも頑張り過ぎですよ。
響河様もそうですが、頑張りすぎる方は心配です。
命はたった一つしかないのですから、ご自分を大切になさってくださいね」
あまりにもったいない言葉に、咲は言葉を発することができない。
「私達はお友達なのですから、もう少し楽になさってくださいな」
明翠が優しくそういうので、思わず目を瞬かせた。
「おともだち……?」
「そうですよ」
温かな瞳は、今まで自分にない響きを与えた。
「そんな」
「ダメなの?」
今度は桜が残念そうな声を上げる。
「ダメとか、そういう問題では!」
「それじゃあ決まりだね」
胸の前で手を合わせ、微笑む少女に、咲は開いた口がふさがらない。
どんなに卯ノ花家で指導されようと、更木生まれになんの代わりもないはずなのに、彼女達はどこまでも咲を受け入れてくれる。
(どうして……)
どうして自分は更木で生まれてしまったのだろう。
どうして彼女達はこんなによくしてくれるのだろう。
どうしようもない疑問に、咲は手を握り締めた。
「不思議ですわ」
帰っていく咲の背中を見て、知世は呟き、それに桜は首を傾げる。
「たとえば、私たちが急に更木に住むことになったとして、たとえ咲さんが一緒だったとしても、その世界の中で生きていけるはずがありませんわ。
逆の方がまだ容易いかもしれませんが、それでも不思議です。
これほどまでに普通の生活に溶け込まれているとは」
「そうだね。
考えてみれば……」
咲は桜でも憧れてしまうような淑やかな振る舞いさえ見せる。
それは烈にどこか似ていて、とてもではないが、更木生まれだとは思えない。
「私たちは生まれてからこの方、たくさんのお稽古やお勉強をしてきました。
だからこそ、作法も、音楽も、教養も身につけています。
ですがあの方は霊術院に行かれていた時間を数えても、人として生きてわずか5年。
その間に学業の傍ら、上流貴族と渡り合えるだけの才を身に付けられました。
それも、朽木家の方々のお眼鏡に適うほどの」
朽木家は五大貴族の中でも多方面にわたり強い力を持つ。
体面も大切になるような家柄だ。
副隊長以上になると、たとえ中流、下流貴族出身でも上流貴族に匹敵する。
席官であれば、中流貴族程度。
護挺に入隊した時点で、下級貴族と同等程度の身分があることにはなるだろう。
だから咲も、下流貴族程度の身分と言えば確かにそうなのかもしれない。
たとえそうであっても、あの朽木家が更木出身の少女に目をかける理由は、護挺でも皆が首をかしげるところである。
知世は見た目こそ母親に似ていないが、観察眼に優れていて、こんなところはそっくりだと明翠は思う。
だからこそ、こんな若さで母の代わりに社長を継いだのだ。
「お会いして、謎は深まるばかりですわ」
そう言って知世は意味深な笑みを明翠に向ける。
「知世さんには敵いませんね。
でも、噂の方はさすがに嘘です」
明翠は困ったように笑った。
「私も流石にとは思っていたのですが、明翠さんのお口から実際にうかがえて安心いたしました」
「ねぇ、噂って?」
問いかける桜に、明翠が口を開いた。
「咲さんと我が家が親しくお付き合いする理由についてです。
……お父上の隠し子ではないかと」
桜が目を瞬かせた。
「あの銀嶺様が?
まさかぁ!」
「あのお堅いお父上がそんなことできるわけありませんし、誰に産ませた子であろうとも流石に子どもを放っておくこともなさいません。
朽木の血が流れる以上、手を離すことなど以ての外」
朽木の血など、欲しがる者は山ほどいる。
隠し子の存在すら、大金で取引されてしまうほどの価値が十二分にある。
だからこそ、安易に子どもを作ってしまうような失態はしないし、作ってしまったら放置するはずがないのだ。
何代か前の当主は使用人の娘に子どもを産ませた。
その際には側室として迎え、子どもも死神として三席まで登るだけ力をつけたと聞く。
「でも、同じ血が流れていればいいなと、思ってしまいます。
咲さんのことは、私も大好きですから」
明翠の冗談めかした言葉に、桜と知世も安心したように微笑んだ。
「本当に不思議な方」
もう背中は見えない道の向こうを、3人は静かに見つめていた。
