斬魄刀異聞過去編
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朽木邸の縁側の、いつの間にか定位置となった場所に座り、咲は明翠を見た。
今日は白地に紫の菖模様の着物だ。
本当に何を着ても似合う、といつ見ても溜息が漏れるほど美しい深窓の姫君。
そして明翠は他人の心にひどく敏感である。
蝶よ花よと育てられたにもかかわらず人への思いやりを欠くことのないその心に、響河は惹かれたのだろうと咲は思ったし、自身も強く惹かれていた。
木之元三席の妹の桜は、彼女よりも年下のせいか、もっとかわいらしい印象がある。
どこか幼さも残す様子がどこまでも愛らしく、可愛がる木之本三席の気持ちはよくわかると咲も思う。
2人の持つ、自分にはない美しさ。
それに気づく度、無意識に鍛錬に力を入れていた。
自分は違うのだと。
護る側の人間なのだと。
彼女たちの幸せをも護ることが、自分の役目だと。
「今日はどんなお話を致しましょうか」
「お仕事中の兄上や響河様のことが聞きたいわ」
いつの間にか自分は明翠の話相手となってしまった。
こうして朽木家に足しげく通うのも本来ありえないはずの、立場の違う自分がと、時折心中暗くなる。
明翠への強い憧れの一方で、目眩がする程大きな彼女との差に、咲は時折戸惑い、今日もまた彼女の美しい翠の瞳から目を逸らした。
「でも、何かあったんでしょう?」
「え?」
「なんだか寂しそうな顔をされています」
舞い降りた沈黙は肯定していることに他ならず、それがまた気まずい。
彼女の言う通りだ。
数日前、二人が呼び出された理由を今日知った。
早番で帰っていつも通り鍛錬をしようとしたとき、告げられたのだ。
元柳斎先生のもとで鍛錬を受ける、と。
「お力にはなれないかもしれませんが、うかがうことはできますわ」
優しい笑顔に、咲は何度か口を開いては閉じた。
そんな様子も、ただただゆったりと待ってくれる存在に、咲は手を握り締める。
「同期が2人おりまして、彼らは席があります。
私は更木出身の身。
席が与えられぬのは当然と存じます。
彼らはこの度、総隊長から特別な指導を受けることが決まりました」
静かにうなずいてくれる様子に、咲は言葉を続ける。
「当然のことなのです。
私とは身分が違うし、男性です。
でも、それを寂しく思ってしまった。
……私がひどく傲慢でございました。
そんな傲慢な自分がまた、辛いので、ございます」
言っていて苦しさと恥ずかしさがないまぜになって、尻すぼみになってしまった。
耳まで赤くなっているのが分かる。
言わなければよかったと、後悔が押し寄せる。
言ってしまえばなんだかそれがひどくのしかかってくるような気がした。
自分の言葉によって、己の愚かさを突き付けられたような。
(出自という変えられぬものにこだわっても仕方がないのに。
その条件をいまさら変えることなど無理なのに。
こうして親しくしてもらえることが本来どれほどの奇跡か)
「傲慢なはずないわ」
明翠が静かに言った。
咲は驚いて顔を上げる。
「何も恥ずかしいことでもありません。
普通のことです。
私もお兄様や響河様だけ特別なんて言われたらいやだわ。
ましてや、貴女はその恵まれた方たちと同列に並べるほど努力したのよ。
その溝を埋めるほどの、努力を。
それを無視されるのですから、腹が立って当然だわ」
柳眉を寄せて、すねた顔をする明翠に、咲は呆気にとられる。
「そうよ、ずるいわ。
そうとなったら……私たちも何か、ずるいと思わせるようなこと、しましょう」
きらりと翠の瞳が光る。
予想外の展開に、咲は目を瞬かせた。
「そうですね……桜さんとも親しいのでしょう?」
「いえ、親しくは!
ときどき作ってきてくださったお弁当を一緒にいただくだけで」
「充分です。
では今度一緒にお茶会いたしましょう。
私と、桜さんと……それから親しいお友達がいるからその方と、4人で。
女の子だけの特権よ」
ウインクする様子は茶目っけたっぷりであまりに美しく、常であれば自分の立場上そんな事は許されないと言わねばならないのに、すっかり見惚れて頷いてしまった。
「もう時間だよ」
背後からかけられた声に、咲は驚いて立ち上がる。
「ふ、副隊長!」
穏やかな笑顔は明翠によく似て美しいと、最近思う。
性別こそ違えど、同じ血を引くのだ、美しくないはずがない。
「お疲れ様です」
慌てて頭を下げた。
「いいよ。
それより、今日は午後から休みだろう。
早く上がりなさい」
「は、はい」
突然の休みは明翠がもぎ取ったものだった。
一番下っ端である咲はいくら有給休暇が与えられていても使いにくい。
それをお茶会のため、と言って簡単に兄蒼純に迫ったのだ。
予想外の行動に、咲が激しい眩暈を覚えたのも記憶に新しい。
またそれを快諾する上司にも眩暈を覚えた。
とは言え実際貴族が多い護廷であるから、その付き合いの為に休みを取ることはよくよくある事。
咲が縁遠いだけの話だ。
「明翠がずいぶん楽しみにしていたよ。
ありがとう」
お礼を言われる見当がつかず、咲はあわてて首を振る。
「突然のお休みに加え、ご招待いただき、誠にありがとうございます」
「君が話し相手になってくれるから、彼女も楽しいようだ。
響河などは妹がお前がいる方が楽しそうに見えると言って若干焼いていたが」
本当は咲は響河とともに虚の討伐任務が当てられていたが、休みの都合で残念ながら居残り書類組に回ってしまった。
こんな事でいいのだろうかと心の中で悶々と悩む咲の頭を、響河は馬鹿だなとにやりと笑ってかき混ぜてから討伐に向かった。
「妹夫婦が世話をかけるな」
穏やかな笑みに、何をおっしゃるとちぎれんばかりに首を振るも、こんなところで油を売っていてははだめだと背中を押され、執務室を出た。
久しぶりに卯ノ花家に家に帰ると谷口が着物を用意して待っていた。
「今日は朽木家でのお茶会ですもの。
楽しみですね」
この人はいつも、咲の晴れ着を準備してくれる。
着付けもお手の物で、新しく流行りの帯結びや髪形にしてくれるのだ。
今日の着物は縹の生地に垣文や蛇篭文に流水、そして菊や牡丹、桜が描かれたもの。
銀の糸で七宝文の刺繍が入った灰色の帯に、藤色の帯締め。
短い髪も器用に顔の周りを編みこんで、帯締めとおそろいの小さな藤色の花飾りをつけてくれる。
「今日の帯は、とても良い品ですよ。
烈様がお若い頃に使われていたものなのです」
思いもよらぬ言葉に、咲は驚く。
「私が使ってもいいのですか?」
「もちろんです。
烈様がお若い頃に使われていて、もうお使いにならないものについては、全て咲にと仰せつかっておりますから。
貴方がお仕事ばかりでなかなか活躍する機会がなかったのですけれど」
にこにこと微笑む谷口に、咲は頬を染めて帯を見る。
烈はこの帯をして誰と出かけたのだろう。
どんなところに出かけたのだろう。
その上品な文様や優しい手触りは、烈を思い出させ、そうすると自然と嬉しくて頬が緩む。
「貴方もたまにはうちに顔を出しなさいね。
男性ばかりの場所だと、なかなかお洒落にまで気を回せないでしょうから」
「でも……」
咲は元字塾に1部屋あてがわれている。
ようやく烈に世話にならずに、自分の力で食べていける場所を見つけたのだ。
一度そこに住み始めると、どうも卯ノ花邸に足を向けづらい。
気を遣うことはないと何度言われても、やはり気を遣ってしまうのだ。
挨拶に行かないのも逆に失礼だと、邪魔にならない程度に顔を出して谷口と話すことはある。
そして卯ノ花によろしく伝えてくれと、ただそれだけ言い残し、また仕事へ戻りがちだ。
まだまだ弱いのに烈に顔向けできない、というのが咲の根底にある。
浮竹も京楽も席を取れたのに、自分にはないというのも大きい。
会う暇があるなら鍛錬をして、少しでも早く恩返しをと思ってしまうのだ。
「烈様は、最近反抗期なのかしらとお嘆きでしたよ。
霊術院に入るまではよく後ろをついて離れなかったのに、と」
何も知らなかったあの頃は、拾ってくれた美しい烈に憧れて、いつも烈を探していた。
見つければ出来るだけそばにいたかった。
今思うと、隊長で上流貴族の方に、なんと厚かましい、と恥ずかしくなる。
「何を気にしているのか知りませんけれど、烈様にとって貴方はたった一人の娘なのですから」
咲は恥ずかしげにうつむいて、小さく、はい、と返事をした。
最後に、院生時代に烈がくれた紅を差す。
それだけで一気に女性らしい顔になる。
死覇装を着ていると、化粧っけもなく、怪我も絶えず、一見少年かとも見えてしまう咲。
まだまだ子どもだと思っていたが、こうしてきちんと身なりを整えれば、数年後が楽しみになるような美しさを秘めている。
「さぁ、いってらっしゃいませ」
朽木家に出入りしても見劣りすることはないだろうと、谷口は自信を持って送りだした。
今日は白地に紫の菖模様の着物だ。
本当に何を着ても似合う、といつ見ても溜息が漏れるほど美しい深窓の姫君。
そして明翠は他人の心にひどく敏感である。
蝶よ花よと育てられたにもかかわらず人への思いやりを欠くことのないその心に、響河は惹かれたのだろうと咲は思ったし、自身も強く惹かれていた。
木之元三席の妹の桜は、彼女よりも年下のせいか、もっとかわいらしい印象がある。
どこか幼さも残す様子がどこまでも愛らしく、可愛がる木之本三席の気持ちはよくわかると咲も思う。
2人の持つ、自分にはない美しさ。
それに気づく度、無意識に鍛錬に力を入れていた。
自分は違うのだと。
護る側の人間なのだと。
彼女たちの幸せをも護ることが、自分の役目だと。
「今日はどんなお話を致しましょうか」
「お仕事中の兄上や響河様のことが聞きたいわ」
いつの間にか自分は明翠の話相手となってしまった。
こうして朽木家に足しげく通うのも本来ありえないはずの、立場の違う自分がと、時折心中暗くなる。
明翠への強い憧れの一方で、目眩がする程大きな彼女との差に、咲は時折戸惑い、今日もまた彼女の美しい翠の瞳から目を逸らした。
「でも、何かあったんでしょう?」
「え?」
「なんだか寂しそうな顔をされています」
舞い降りた沈黙は肯定していることに他ならず、それがまた気まずい。
彼女の言う通りだ。
数日前、二人が呼び出された理由を今日知った。
早番で帰っていつも通り鍛錬をしようとしたとき、告げられたのだ。
元柳斎先生のもとで鍛錬を受ける、と。
「お力にはなれないかもしれませんが、うかがうことはできますわ」
優しい笑顔に、咲は何度か口を開いては閉じた。
そんな様子も、ただただゆったりと待ってくれる存在に、咲は手を握り締める。
「同期が2人おりまして、彼らは席があります。
私は更木出身の身。
席が与えられぬのは当然と存じます。
彼らはこの度、総隊長から特別な指導を受けることが決まりました」
静かにうなずいてくれる様子に、咲は言葉を続ける。
「当然のことなのです。
私とは身分が違うし、男性です。
でも、それを寂しく思ってしまった。
……私がひどく傲慢でございました。
そんな傲慢な自分がまた、辛いので、ございます」
言っていて苦しさと恥ずかしさがないまぜになって、尻すぼみになってしまった。
耳まで赤くなっているのが分かる。
言わなければよかったと、後悔が押し寄せる。
言ってしまえばなんだかそれがひどくのしかかってくるような気がした。
自分の言葉によって、己の愚かさを突き付けられたような。
(出自という変えられぬものにこだわっても仕方がないのに。
その条件をいまさら変えることなど無理なのに。
こうして親しくしてもらえることが本来どれほどの奇跡か)
「傲慢なはずないわ」
明翠が静かに言った。
咲は驚いて顔を上げる。
「何も恥ずかしいことでもありません。
普通のことです。
私もお兄様や響河様だけ特別なんて言われたらいやだわ。
ましてや、貴女はその恵まれた方たちと同列に並べるほど努力したのよ。
その溝を埋めるほどの、努力を。
それを無視されるのですから、腹が立って当然だわ」
柳眉を寄せて、すねた顔をする明翠に、咲は呆気にとられる。
「そうよ、ずるいわ。
そうとなったら……私たちも何か、ずるいと思わせるようなこと、しましょう」
きらりと翠の瞳が光る。
予想外の展開に、咲は目を瞬かせた。
「そうですね……桜さんとも親しいのでしょう?」
「いえ、親しくは!
ときどき作ってきてくださったお弁当を一緒にいただくだけで」
「充分です。
では今度一緒にお茶会いたしましょう。
私と、桜さんと……それから親しいお友達がいるからその方と、4人で。
女の子だけの特権よ」
ウインクする様子は茶目っけたっぷりであまりに美しく、常であれば自分の立場上そんな事は許されないと言わねばならないのに、すっかり見惚れて頷いてしまった。
「もう時間だよ」
背後からかけられた声に、咲は驚いて立ち上がる。
「ふ、副隊長!」
穏やかな笑顔は明翠によく似て美しいと、最近思う。
性別こそ違えど、同じ血を引くのだ、美しくないはずがない。
「お疲れ様です」
慌てて頭を下げた。
「いいよ。
それより、今日は午後から休みだろう。
早く上がりなさい」
「は、はい」
突然の休みは明翠がもぎ取ったものだった。
一番下っ端である咲はいくら有給休暇が与えられていても使いにくい。
それをお茶会のため、と言って簡単に兄蒼純に迫ったのだ。
予想外の行動に、咲が激しい眩暈を覚えたのも記憶に新しい。
またそれを快諾する上司にも眩暈を覚えた。
とは言え実際貴族が多い護廷であるから、その付き合いの為に休みを取ることはよくよくある事。
咲が縁遠いだけの話だ。
「明翠がずいぶん楽しみにしていたよ。
ありがとう」
お礼を言われる見当がつかず、咲はあわてて首を振る。
「突然のお休みに加え、ご招待いただき、誠にありがとうございます」
「君が話し相手になってくれるから、彼女も楽しいようだ。
響河などは妹がお前がいる方が楽しそうに見えると言って若干焼いていたが」
本当は咲は響河とともに虚の討伐任務が当てられていたが、休みの都合で残念ながら居残り書類組に回ってしまった。
こんな事でいいのだろうかと心の中で悶々と悩む咲の頭を、響河は馬鹿だなとにやりと笑ってかき混ぜてから討伐に向かった。
「妹夫婦が世話をかけるな」
穏やかな笑みに、何をおっしゃるとちぎれんばかりに首を振るも、こんなところで油を売っていてははだめだと背中を押され、執務室を出た。
久しぶりに卯ノ花家に家に帰ると谷口が着物を用意して待っていた。
「今日は朽木家でのお茶会ですもの。
楽しみですね」
この人はいつも、咲の晴れ着を準備してくれる。
着付けもお手の物で、新しく流行りの帯結びや髪形にしてくれるのだ。
今日の着物は縹の生地に垣文や蛇篭文に流水、そして菊や牡丹、桜が描かれたもの。
銀の糸で七宝文の刺繍が入った灰色の帯に、藤色の帯締め。
短い髪も器用に顔の周りを編みこんで、帯締めとおそろいの小さな藤色の花飾りをつけてくれる。
「今日の帯は、とても良い品ですよ。
烈様がお若い頃に使われていたものなのです」
思いもよらぬ言葉に、咲は驚く。
「私が使ってもいいのですか?」
「もちろんです。
烈様がお若い頃に使われていて、もうお使いにならないものについては、全て咲にと仰せつかっておりますから。
貴方がお仕事ばかりでなかなか活躍する機会がなかったのですけれど」
にこにこと微笑む谷口に、咲は頬を染めて帯を見る。
烈はこの帯をして誰と出かけたのだろう。
どんなところに出かけたのだろう。
その上品な文様や優しい手触りは、烈を思い出させ、そうすると自然と嬉しくて頬が緩む。
「貴方もたまにはうちに顔を出しなさいね。
男性ばかりの場所だと、なかなかお洒落にまで気を回せないでしょうから」
「でも……」
咲は元字塾に1部屋あてがわれている。
ようやく烈に世話にならずに、自分の力で食べていける場所を見つけたのだ。
一度そこに住み始めると、どうも卯ノ花邸に足を向けづらい。
気を遣うことはないと何度言われても、やはり気を遣ってしまうのだ。
挨拶に行かないのも逆に失礼だと、邪魔にならない程度に顔を出して谷口と話すことはある。
そして卯ノ花によろしく伝えてくれと、ただそれだけ言い残し、また仕事へ戻りがちだ。
まだまだ弱いのに烈に顔向けできない、というのが咲の根底にある。
浮竹も京楽も席を取れたのに、自分にはないというのも大きい。
会う暇があるなら鍛錬をして、少しでも早く恩返しをと思ってしまうのだ。
「烈様は、最近反抗期なのかしらとお嘆きでしたよ。
霊術院に入るまではよく後ろをついて離れなかったのに、と」
何も知らなかったあの頃は、拾ってくれた美しい烈に憧れて、いつも烈を探していた。
見つければ出来るだけそばにいたかった。
今思うと、隊長で上流貴族の方に、なんと厚かましい、と恥ずかしくなる。
「何を気にしているのか知りませんけれど、烈様にとって貴方はたった一人の娘なのですから」
咲は恥ずかしげにうつむいて、小さく、はい、と返事をした。
最後に、院生時代に烈がくれた紅を差す。
それだけで一気に女性らしい顔になる。
死覇装を着ていると、化粧っけもなく、怪我も絶えず、一見少年かとも見えてしまう咲。
まだまだ子どもだと思っていたが、こうしてきちんと身なりを整えれば、数年後が楽しみになるような美しさを秘めている。
「さぁ、いってらっしゃいませ」
朽木家に出入りしても見劣りすることはないだろうと、谷口は自信を持って送りだした。
