斬魄刀異聞過去編
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「山本総隊長が」
「山じぃが」
「「直接指導!?」」
浮竹と京楽が目を瞬かせた。
昔、道場がまだ小さかったころは、元柳斎も直接指導を行っていた。
京楽もそのころに何度か指導を受けたことはある。
しかし門下が増えた現在はそれは難しい。
「席官になったものだけに与えられる特権だ」
日野の言葉に、二人は目を見開く。
「それはつまり、咲は……」
「受けられぬ」
ぴしゃりと突き放すように、二人の正面に座す元柳斎が言った。
その勢いに押されることなく、浮竹と京楽は師の細い目を見つめる。
京楽は幼いころより面識があるし、上流貴族だ。
自分が突っぱねようと目をそらすことはないことは、元柳斎にも想像はついた。
だが、浮竹は違う。
下流貴族であり、圧倒的な力の差が両者の間には存在する。
それでもなお、鳶色の瞳は、まっすぐと元柳斎を見つめている。
そこにある純粋な思いと強さは、これからの伸びしろを感じさせるものだった。
「善き眼をした者よ、十四郎。
そなたの思うことを言うてみよ」
試しにそう声をかけてみれば、浮竹は軽く一礼をし、きりりと元柳斎を見上げた。
「咲には高い実力があります。
白打では私も京楽もかないません。
最近では歩法、剣術、鬼道の力も上げ、席官として十分の実力が認められてもおかしくはありません」
言外に、咲が席がないことを訴えている。
その肝の据わった様子に、元柳斎はどこか満足げにひげをなでた。
「浮竹の言うとおりだよ、山じぃ。
僕たちに引けを取ることはありえないよ。
席がないのも、更木出身だからでしょ?」
睨むように見上げるのは京楽だ。
「だからどうしたというのじゃ」
「そんなくだらないことで才能をつぶすなって言いたいの」
反抗的に見上げてくる目は、昔に比べるとずいぶんと生き生きしていると感じた。
兄とは違う自分像を作り上げようと、迷子のように何かを探していた瞳とは違う。
彼自身も、出自の枠から物を見てしまいがちに違いない。
そして聡い京楽であれば、そのことも気づいているだろう。
(己の理想の姿と、今までの慣習に縛られる己との間でのいらだちを隠せぬか。
若いの、実に若い)
その点は、下級貴族という生まれもあり、浮竹のほうが柔軟性に富んでいるだろうと思う。
「おい京楽!」
さすがに言いすぎだと隣でなだめる友の姿に、元柳斎は善き出会いを得たな、と心の中で独り呟いた。
「それが暗黙の了解、いわば掟じゃ。」
貴族制度があるからこそ、この社会は成り立っているといっても過言ではない。
その事を若い2人はまだ理解してはいないだろう。
「……そんな掟、糞喰らえだ」
「京楽!」
耳に聞こえた生意気な声に、元柳斎は面白い、と杖で床を叩く。
「たかが友達と同列に並ばれぬことを厭う小童の面倒など見きれぬ。
今すぐここから去るがよい!」
浮竹ががばっと京楽の頭をひっつかんで床にこすりつけた。
「申し訳ございません!
お前も謝れ!」
「謝らないよ。
謝るべきは山じいのほうだ」
楽しそうだが自由なのもほどほどにする必要がある。
「少々灸をすえる必要がありそうじゃの」
立ち上がろうとする元柳斎の前に、日野が立った。
「お待ちください、元柳斎先生。
こいつらには俺のほうからよく言い聞かせときます。
ですからご指導に関してはなにとぞ」
さすがに自分のために頭を下げる先輩に、京楽も口をつぐんだ。
静寂が舞い降りる。
「……よかろう。
もし謝りに来ることができれば、考えてやってもよい」
そう言ってやると、京楽と浮竹は睨むように元柳斎を見上げた。
それがひどく面白く、山本は思わず鼻で笑う。
「ありがとうございます。
失礼いたします」
そそくさと日野は二人を追いだした。
道場の師範部屋に元柳斎はひとり残り、柱につけられた大きな傷をじっと眺める。
昔を思い出すように、愛おしい誰かを想い出すように。
「肝が冷えたぜ」
とりあえず、と日野の部屋に連れてきた後輩二人を眺め、苦笑を浮かべる。
「まさか元柳斎先生にあれだけ抗議するとはな」
「……申し訳ありません」
浮竹の寄せられた眉、不服そうな京楽の顔。
「さぁて、どうするか」
しばらくの間をおいて、京楽が口を開いた。
「ここは違うと思ったんです。
元字塾は実力の世界だと。
だから咲を選抜組に入れてくれた。
だから僕たちと同じように扱ってくれるんだと。
山じいは、そういうところはしっかりしていると思っていた」
苦虫を噛むような顔に、日野は小さく笑いながら一つうなずいた。
「……俺もです」
浮竹がそれに同意を示す。
「ここまでこれだけ一緒に扱ってくれていたのに、あまりに突然で。
席がないことまでは黙っていました。
咲は女です。
いくら実力があっても、やはり男社会の死神の中で席が得にくいことは理解しています。
卯ノ花家の養子となったのも、入隊が決定してからでした。
ですから、その両方が原因で席がないことは、悔しいけれど仕方がないとは思うんです。
でも、今回は違う。
道場内での話ではないですか」
こちらは京楽ほど取り乱してはいないようだ。
(貴族とはいえ下級貴族出身。
このような扱いには慣れている節もあるのだろう)
日野は彼にもひとつうなずいた。
「元字塾から優秀な生徒が出ることは、山じいにとっても有益なはずだ」
しかしその京楽の言葉には頭を振った。
「元柳斎先生が塾長である限り、ここはただの道場ではねぇ。
護挺をより強く、確固たるものにするための場だぜ。
……お前たちもよく他の隊士の声に耳を傾けろ」
「彼らの声が何だというんだ!」
憤りを隠せない京楽は、どうやら心当たりがあるようだ。
浮竹はと言えば、そんな京楽の様子に驚く。
元より聡く、自分の感情をうまく処理しているかに見える京楽の行動が意外だったに違いない。
「確かに、お前の言うことは正論ではあるかもしれねぇ。
だが、慣習はそれを異端と見るぜ」
日野は静かに二人を見下ろす。
「変えられるのは未来だけだ。
お前たちが何のために護挺に来たのか、俺は知らねぇ。
でもな、お前たちは元柳斎先生のもとで教えてもらうことが叶わなかった友人を守る力を、ここでつけられるかもしれねぇんだぜ?
出自がどうだ、家がどうだ、そんなの確かに関係ねぇ。
だが、今あるその規則に、小童が反発してどうなる?
何が得られる?
何が守れる?
強くなれるのか?
冷静に考えろーー今、お前たちにできることは何だ?」
京楽は沈痛な面持ちでうなだれた。
その肩に触れる手がある。
「俺たちはずっと咲に教えてやったじゃないか。
剣も、座学も、鬼道も、それから歩法と白打も。
あいつのは喧嘩体術みたいなもんだったからな」
浮竹はにこやかに言う。
「そのかわりいろんなことを教えてもらったな。
一緒にいるだけで世界が違って見えただろう?」
京楽が不安げな顔を上げる。
「なんて顔してんだ、馬鹿野郎」
眩しい笑顔はいつも通りで、京楽は思わずつられて不器用に笑った。
悩んでいることが馬鹿みたいに思える。
「馬鹿だなんて、いくらなんでも失礼だよ」
「そうか?」
(この二人は、否、三人は、いつか変えてくれるだろうな)
明るく笑いあう姿に、日野は目を細めた。
「「申し訳ございませんでしたっ!」」
額を床にこすりつける青年二人を前に、山本は片目を開けた。
日野をちらりと見ると、得意げな笑顔を浮かべている。
どうやら本当に納得したらしい。
(理由は分からんが、よしとするかの)
「頭を上げい。
まずは十四郎から。
早く竹刀を持たんか」
立ち上がった山本に二人は呆気にとられ、それから慌てて立ち上がった。
「「よろしくお願いいたします!!」」
「うむ」
何も構えず立つ元柳斎に竹刀を構えた浮竹は戸惑いを見せる。
「どこからでもかかって来るが良い」
そう声をかければ浮竹は竹刀を握り直し、元柳斎を睨みつけ、師は良い目だ気に入った。
そして素早く踏み込んだ鋭い一撃をなんなく軽くかわす。
今まで何度こうして門下生の相手をしただろう。
その度に遠い日、己が全力で挑むにも関わらず、一切の構えさえとらず、かわした女を思い出す。
彼女は言った。
「まだまだーー
真剣味がたらん」
「はい!」
自分はこんな素直には答えなかった。
何を言う、と掴み掛かろうとして逃げられた。
彼女の淡い笑みが懐かしい。
黒い瞳が光を受けて潤み、それが美しかった。
柔らかな黒髪が、彼女が動く度揺れて、躍起になった。
若い頃の姿が、目の前の2人に重なる。
いつかまた彼女に出会えるだろう。
だがそれは過去とは異なる関係性だ。
決して過去を匂わせてはならないと、元柳斎は心に決めていた。
どうか今度こそ、彼女が自己犠牲の果てに消えることのない事をーー祈っていた。
