斬魄刀異聞過去編
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今日は3人そろって早番だった。
夕食後、軽く汗を流そうと道場で竹刀を振る。
自分の隊で練習することが増えたため、昔のように3人で鍛錬する機会は減った。
だからこそ、たまの鍛錬は相手の成長がよく見える。
特に上司の色がよく表れた成長の仕方をする。
たとえば、鬼道が得意な木之元に学ぶ京楽はやはり鬼道が伸びた。
歩法が優れる朽木響河に学ぶ咲はやはり歩法の上達が早い。
浮竹はといえば、さすがに神童と呼ばれていた沖田に指導されているだけあって剣の腕が伸びた。
それが面白くもあり、競争心をあおりもするし、やる気にもつながる。
互いの学んだことを共有することも多く、それぞれの上司を驚かせることもあった。
二十席の浮竹と京楽だが、咲とは実質互角だ。
更木出身ということだけで席が与えられなかったということは、二人も勘付いている。
だからこそ、3人で力をつけるために励む。
一刻も早く、咲の実力を認めさせるために。
そんな貴重な鍛錬の最中だった。
「京楽!
浮竹!」
打ちあいをしていた咲と京楽が手を止める。
審判をしていた浮竹も何事かと振り返った。
呼びに来たのは日野だった。
七席、それも一番隊の七席となると忙しいのだろう。
山本や獄寺ほど元字塾には顔を出さない。
そして彼が来るのは大抵大切な知らせを持ってくる時だった。
「ご無沙汰しております!」
浮竹の声とともに、他の二人も頭を下げた。
「そう硬くなるなよ」
明るく笑う先輩は他の隊士に増して女性に人気だという話を入隊してから知った。
それもそうだろうと納得してしまう、完璧な笑顔だ。
「空太刀……じゃなかった、卯ノ花も頑張ってるじゃねぇか」
その言葉に咲は首を横に振った。
「まだまだ頑張ります!」
その強い意志のこもった瞳に、日野は目を細める。
「いい意気込みだ。
……おいてけぼり喰らうんじゃねぇぞ。」
いつになく真剣なまなざしに、咲は姿勢をただした。
「はいっ!」
しばらく咲を見つめてから、日野は浮竹と京楽に目を映す。
「浮竹と京楽、来い」
呼ばれなかった名前に二人は眉をひそめ、咲は固まる。
「あの、咲は?」
「……二人だけだ」
その言い方だけで、自分たちと咲の間に、無理矢理壁が作られてしまったことを二人は感じ、立ち尽くす。
しかし日野は3人をちらりと見ただけで歩きだした。
「あっ、」
「待ってください!」
京楽と浮竹が焦って呼ぶ。
「……急いで」
後ろからかけられた小さな声に、二人は振り返る。
視線の先には、やわらかく微笑んだ咲。
「よくわからないけれど、きっといい知らせだろう。
逃しちゃ、だめだ」
浮竹はうつむき、京楽は上を見た。
困ったときの二人の癖だ。
だから。
「早く!」
その肩を押す。
二人はうなずくと廊下の角を折れる日野の背中を追いかけた。
咲は二つの背中が角を曲がると、道場に戻った。
たったひとりの道場は、ひどく広くて寒々しい。
薄々わかっていた。
自分が更木出身だから席を与えてもらえなかったこと。
卯ノ花家の養子として、他者からまだ認めてもらえていないこと。
響河や道場での先輩など、極少数の者を除いて、咲を獣であるかのように恐れていること。
だがその一方で、自分の戦闘力が更木で培われたのは事実だし、そのおかげで烈に拾ってもらえた。
霊術院に入り、護廷にまで入れた。
浮竹や京楽に出会えた。
「……席なんか、いらない」
竹刀を固く握りしめる。
きっと更木生まれ故の苦悩は自分だけではない。
周りの人達から見た自分は諸刃の剣なのだろうことはわかっていた。
更木生まれの獣、更木育ちの戦闘力ーー
上手く使えれば護廷に貢献するだろうし、逆とならば強敵にもなりうる。
だからこそ三席の響河が表向きは指導役として、実際の所はおそらく監視役としてついているのだろう。
自分が人だと思い出させてくれた人が言っていた。
ーあなたが求める強さとは何なのか、その頭で、身体で、しっかり学んできなさい。
己の中で強さを理解せぬままでは、護挺隊士は務まりませんよー
咲にはまだ、強さの意味はわからない。
でも、自分が弱いことは分かった。
こんなことで心を揺るがすようでは、だめだ。
自分を初めて人として扱ってくれた、烈のために。
「強く、なる……」
(烈様のように)
自分の命を助けてくれた、響河のために。
「強くなる」
(響河殿のように)
そして、自分と一緒に命をかけて戦ってくれる、二人のために。
「強くなるッ!」
竹刀を振った。
弱い自分を、切り裂くために。
廊下を走りながら、京楽はふと、昨日の出来事を思い出す。
咲と一緒に出勤した際に、たまたま席が2つ上の先輩に会い、挨拶をしたのだ。
その日の昼食、廊下を歩いていると執務室からちらりと聞こえた。
「京楽はなんであんな女とつるむんだろうな」
「更木出身だろ?」
「言葉が通じる時点で驚き」
思わず執務室の扉の前で足を止めた。
彼らは決して貴族を鼻にかける者たちではなかった。
ただ、貴族として当然のことながら己の家には誇りを持っていた。
それだけだった。
卒業とともに席を与えられている京楽にも親切にし、気さくで食事をおごってくれることもある。
共に鍛錬に励み、指導もしてくれる。
木之元も信頼を置く部下達で、隊長や副隊長も期待している隊士たちだった。
「同期の
「それだけ?
ずいぶんと優しい奴だな」
笑いがはじけた。
京楽は動くことができない。
「あんなのとつるんでちゃ、たとえ卒業と同時に席を用意されていたとしても高が知れているな」
「そうか?
うちの隊長も認める才だぜ。
あの人の見る目は狂っちゃいないさ。
木之元三席もかわいがっているだろ」
「だがお人好しも度が過ぎちゃやってられん。
誰か言ってやれよ」
眩暈がした。
浮竹なら、中に堂々と入って行って、言っただろうか。
咲は違う、と。
あの子は貴方達が思っているような子ではないと。
たしなみも深く、心優しく、趣を理解し、貴族と称しても何ら遜色ない。
その上努力家で、才能もあり、信頼もできる。
(咲は、違う)
何と違うのかと、京楽ははっとする。
先輩たちが言う姿とは違うのか、それとも、他の更木の住人とは違うのか。
もし後者を含むのであれば、自分も先輩たちの同類である。
つまりその出自で人を判断していることになる。
本当に後者を含むことはないのか。
その問いを、京楽は胸を張って否定することはできなかった。