斬魄刀異聞過去編
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なんやかんやと明翠の質問が尽きず、あっという間にすっかり遅くなってしまった。
「泊っていかれては?」
「い、いいえ!
お食事までいただいて、その上泊めていただくなど!」
ぶんぶんと首を横に振る。
「遠慮はいらない。
泊って行ったらどうだ?
今から元字塾に帰ろうと思うとずいぶんかかるだろう」
彼が言うことはもっともだが、その言葉に甘えるわけにはいかない。
何度も繰り返すが、ここは六番隊の隊長、副隊長、三席の家で、五大貴族の朽木邸なのだ。
「で、ですが!」
「いけませんか……?」
明翠に寂しそうにそう尋ねられては、咲も首を横に振りにくい。
結局、そのままずるずると泊ることになってしまった。
(実にいいお湯だった……)
朽木家の素晴らしい檜風呂で暖まった咲は縁側を歩きながら美しい庭と星空を眺める。
風呂から貸してもらった客間までは少し距離があるのだ。
この夜の美しい景色を楽しむためなのかもしれない。
池にはきらきらと月光が輝き、星がゆらゆらと瞬く。
静かに揺れる花達は、もう眠りについたのだろう。
「いかがなさいました。
何かご不満の様子」
微かに聞こえてくる響河の声に、咲は息を殺す。
更木で生きてきたこともあり、日常的に気配を消す癖があった。
そのせいだろう。
咲が近づいたことが気づかれなかったようだ。
声のほうを見ればしばらく先の障子に、人影がゆらゆらと映っている。
「うむ、なぜあの時単独で攻撃に出たのだ」
話の相手は銀嶺だ。
“あの時”というのは、推測するに咲が同行した戦闘のことだろう。
ここは朽木家。
当然両者が話すこともあるだろうが、咲が聞いていい話ばかりではあるまい。
だからといってこの場から去るにも、動けば気配が漏れかねない。
ただじっとしているのが一番無難だ。
「私とこの自らの斬魂刀の力があれば、必ずやあの状況を一変できると思ったからです」
ー己の力を最大限に発揮し、お役に立つために努めるのみだ。
それが今、俺達にできることー
そう言った響河らしい言葉だと思った。
自分の力を役立てるべく、命を張り、役目を努める。
「響河よ、大いなる力を持つ者がそれを使いこなすために、何を必要とするか分かるか」
しかし銀嶺の声色から、それをよしとしていないことは伝わってくる。
「なんでしょう」
「心だ。
力を持つ者は大いなる力を支配し、時にその力に支配される。
互いの関係を新に成り立たせるには、己の力を過信しないことが大切なのだ。
主の力が優れているのは充分に承知している。
しかしその力を使いこなすだけの心がまだ足りん。
今回のことはその悪例であったと思え。
主はすでに我らが家名を背負う重責ある身なのだぞ」
(いったい、響河殿のどこが足りないのだろうか)
咲にはどれだけ考えても思い当たる節などなかった。
彼は強く、彼は優しい。
彼は厳しく、彼は気さくだ。
彼についていきたいと思わせる魅力が備わっている様に思える。
部下思いで、護挺のことも考え、自分にできることを精一杯努めようとしている。
新入隊士の、それも更木育ちの咲にさえ平等に接してくれる。
(なのにいったい、何が……
部下も皆彼を慕って……)
はっと胸に手をやる。
ここに巣喰った恐怖を思い出したのだ。
恐ろしい程の彼の力ーーあれは自分だけが感じてものだろうか。
「しかし」
「もうよい、さがれ」
反論の余地もなく、切り返されてしまったのだろうかと思ったのも一瞬。
「……失礼致します」
響河が出てくる気配に、咲は咄嗟に庭の桜の木の上に飛び上がり隠れる。
思案気な響河は咲には気づかず木の前を通り過ぎて行った。
彼の姿が廊下を折れて消えたころ、咲に緊張が走り、身構える。
それは俄かに襲った殺気によるものだった。
「誰だ」
さっきまで室内にいるはずだった銀嶺が、いつの間にか縁側にいて刀に手をかけている。
(まずい!!)
咲は転がり落ちるように木から地面に降り、ひれ伏した。
「申し訳ございません!」
小さな、でも切羽詰まった声で短く言う。
「卯ノ花?
そういえば明翠がひきとめた客がいると言っていたが、お主であったか」
どこか呆れたような声に、咲は頭を上げることもできない。
「はい!
部屋に帰る途中耳に入り、部屋の前を通るわけにいかず、気配を消しておりました。
決して盗み聞きをするつもりなど!」
「よい。
お主のようなものが聞いたところで大した益にもならぬ話だ。
頭を上げよ。
風呂の帰りだろう?
冷めてしまう」
隊長からのあまりにもったいない言葉に恐る恐る顔を上げる。
そこにはいつも通りの銀嶺の顔があった。
もう刀から手は離されている。
「いい加減こちらに上がれ」
その手が示すのは、彼の隣。
あまり何度も声をかけさせるのも失礼だと、咲は慌てて土を払い、銀嶺から少し距離をとって縁側に平伏そうとして、銀嶺の鋭い視線に少し躊躇った後正座した。
彼とこうして落ち着いて話すのは初めてだ。
もっと厳しい人かと思っていたが、階級にも寛容なのかもしれない。
「お前は、あの時どうすべきだったと思う?」
静かな問いかけに、咲は考える。
「分かりません。
……ただ響河殿の力は強大であられます。
強大な力は人に恐怖を与えかねません」
あの惨事を見ていた、自分以外の隊士たちも、響河を恐ろしく感じたに違いない。
「私はそれを恐ろしく思います」
恐怖は真の忠誠からは遠い感情だ。
その類の忠誠でつながる部下は、機会があれば逃げ出そうともがく。
主人を命を張って守ろうなど、考えることはない。
「その口ぶりを聞いていると、まるでお前は響河が恐ろしくはないように聞こえる」
銀嶺は隣の咲を見おろした。
咲はじっと星を眺めていて、まるでその向こうに答えがあるとでも思っているかのようだ。
(不思議な娘だ)
黒い瞳はきらきらと星の光を受けている。
きっと更木の森の中にいようと、彼女の瞳はこうして美しかったに違いない。
「はい」
咲は銀嶺のほうに顔を向け、淡く微笑んだ。
「もう恐ろしくありません」
はっきりとした答えが、夜に響く。
もう、という言葉に、やはり彼女も恐れていたのだろうことがうかがえた。
これは死神が、否、死神の実力者として生き残っていく者が、誰しも通る道なのだ。
人を殺す上司に対する恐怖。
多くの死神がこの恐怖を越えられず、消えてゆく。
「今の私が恐ろしいのは、響河殿に対する恐怖です。
……私が抱いていたような」
だからこそ気付いたのだ。
“恐怖”の恐ろしさを。
(聡い子だ)
多くの部下を持った響河も、これほどの部下を持つのは初めてだろう。
銀嶺の沈黙をどうとったのか、咲は、はっとして、刀を握り締めた。
彼女の漆黒の瞳に、静かに炎が見えた気がした。
「私が命をかけて響河殿をお守り致します」
潜在能力的にはいつの日か響河を越えていくだろうが、今はまだ彼の足元にも及ばない。
そんな新入隊員の、幼く愚かな、そしてどこまでも純真な誓いはあまりにも可愛らしく聞こえ、流石の銀嶺も目元を緩ませた。
「……頼むぞ」
