斬魄刀異聞過去編
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咲は足の下から男を睨みつける。
この男の実力は大したものではない。
響河と比べ物にならないことはその霊圧からも察された。
そしてどれほど離れていても、三席の響河の霊圧探知能力であれば、咲が放つ霊圧にも気づくはずだ。
(朽木三席が来てくだされば……!)
咲は目を閉じ、精一杯霊圧を跳ね上げる。
その大きさに男がたじろぐ。
「……生意気な。
この程度の霊圧で私が」
しかし男の言葉はそこで止まった。
咲の体に、バタバタバタっと、生ぬるい何かがかかる。
そして顔の上から足が滑り、体が軽くなった。
どさりと、人が倒れる音がする。
「遅くなってすまない」
耳に届く声は、この強い声は。
「朽、木……三席……」
目に入った血をぬぐい、身体を起こす。
めまいはするが、頼もしい背中が見えた。
襟元を飾る赤は、血の赤とよく似ているけれど、それよりもずっと美しかった。
「馬鹿野郎、響河殿のお手を煩わせやがって」
舌打ちと共に聞こえてくる声は、志波のものだ。
「立てるか」
足に力を入れ立ちあがろうとすると、近くの死体に足を取られよろめく。
宙に泳いだ咲の手を、誰かが取った。
驚いて目を上げると、眉間を潜めた志波がいる。
どこか心配そうな顔に見えるのは気のせいだろうか。
ぐいっと引き寄せられて、バランスを取り戻す。
まだ少ししびれはあるが、動けないほどではない。
「あの、ありがとうございます」
その言葉に力強い手は離れていく。
自分のような獣の事は嫌いではなかったのか、なのになぜこの人は躊躇わずに触れるのだろうという疑問に、彼にじっと視線を向けてしまう。
「早く構えねぇか」
仏頂面はもう敵を見ていて、咲もあわてて破涙贄遠を抜刀する。
「殺るぞ」
響河がにやりと笑う。
「「はいっ!」」
志波と咲は声を合わせて返事をし、そして咲は思わず隣を見た。
睨み返してくる長い下睫毛の瞳に、思わず目を瞬かせる。
「早く始解しろ!」
結ばれた口元は先ほどの心配そうな顔の片鱗もないけれど、それでもその目は、宴会の時ほど咲を拒んではいない。
それだけで不思議と心が温かい。
咲は両手で破涙贄遠を握った。
「悲涙流れし 血を啜れ いざ目覚めよ 破涙贄遠!」
現れた象牙のように美しくも彼女の体格にしては大きすぎる西洋槍に、志波も響河も目を見開く。
振りまわすには無謀だと思わざるをえないのだ。
だが直後、戦い始めた姿を見て、その心配は霧散する。
体の一部のように扱い、席官を含め次々と先輩であるはずの死神を倒して行く姿は、席がないのが不思議なくらいだった。
「おい、卯ノ花」
ふと敵を倒した咲に声がかけられる。
響河を振り向けば、彼はひどく鋭い目をしていた。
「殺せ」
咲は首をかしげる。
その視線の先で、響河は一人の倒れ伏す男を冷たい目で見下ろした。
それはさきほど咲が倒した男だ。
致命傷は与えていないが、当分は戦えないよう足にはある程度の傷を負わせたうえで、気絶させた。
響河は斬魂刀を振りあげる。
咲は目を見開いた。
「生かすのは一人でいい。
収容しきれない」
次の瞬間振り下ろされた刀。
男は一瞬びくりと反応し、絶命した。
(それが、理由……?)
刀を振り下ろし俯いている響河に好機だと思ったのか、敵が背後から切りかかる。
響河は襲いかかってくる男を一撃で仕留めた。
そう、彼は確実に全員殺しているのだ。
「見ていればわかる。
お前は人を殺したことはあるだろう」
美しい緑色の目が、鋭く咲を射抜いた。
確かに、生きるために何十人も殺してきた。
もしかしたら百人以上殺してきたかもしれない。
咲を殺そうと襲いかかってくる虚だけではなく、多くの人も殺した。
捕えた食事を奪おうとする者も、売り飛ばすために捕えようとする者も、必要とあらば破涙贄遠で刺し殺してきた。
でもそれは生きるためだった。
敵も自分も、生きるために命を賭けたのだ。
だから咲は、その賭けに勝っただけだと自分に言い聞かせてきた。
咲の足元で気絶していた男の手が、刀を握り締める。
「殺せ。
命令だ」
鋭い瞳は、咲を殺しかねない力がある。
足元の男が身体を起こしたのはその時だった。
咲は目を細め、そして迷うことなく、破涙贄遠を振り下ろす。
一瞬だった。
死神だった男は、死んだ。
「それでいい」
響河のどこか労わるような声に背中を押され、咲は再び刀を振りあげた。
「まさか初日にこうなるとはね」
沖田が頭を掻いた。
「全くだ」
同意するのは木之本。
「奴らも手の込んだことをしてくれる」
ため息をつくのは響河。
順に浮竹、京楽、咲の直属の上司である。
ちなみに彼らがいるのは四番隊の一室で、怪我した部下の治療が無事に終わったと報告を受けたところだった。
「これって、僕たちに落ち度はないよね」
「目を離すなっていう方が無理だ。
報告もなしに勝手に動きやがって」
「ほんとだよ。
団体行動から指導しろとでも言うの?」
毒づく沖田と木之本に、響河が苦笑を浮かべる。
「まぁまぁ、まだまだ若いっていうことだろう」
気丈に振舞っていた3人を思い出す。
彼らはまだ新入隊士だ。
団体行動の基礎もなっていない。
しかし、その目を見れば彼らがすでに“死神”であることくらい、上司達は理解していた。
事を片付けて一番初めに四番隊についたのは浮竹だった。
治療を受けていたところに京楽が運ばれてきた。
「お前もか」
目を瞬かせる浮竹。
「まぁね。
やっぱり浮竹は偉いねぇ」
沖田と藤堂がいるのを見てそう苦笑する京楽は、浮竹や咲も襲われていることに勘付いていたのだろう。
その上状況を見て、浮竹が上司に連絡をした上で行動をしていたであろうことも理解したのだろう。
なかなかの切れ者だ、と沖田は思う。
「大丈夫か?
お前にしては珍しい」
背負われてきた京楽に眉をひそめる。
「なぁに、大したことはないよ。
そっちこそ、胸は大丈夫かい?」
「ああ、おかげでな」
初めて人を殺したとは思えない眩しい笑顔に、京楽もほっと安堵の笑みを浮かべた。
しばらくして今度は咲がやってきた時にはその血濡れた姿に流石の2人も驚いたようだ。
思わず治療中のベットから降りようとして、浮竹が隊士に押し戻された。
「大丈夫。
ちょっと罠にかかってしまっただけで、血は私のではないから」
困ったように笑う咲に、2人はほっとしたように微笑む。
3人は、3人きりだった。
絶対的な信頼と、友情の中に、彼らは居た。
自分たちの仲間であり先輩である死神に殺されかけた彼らの依存度が、互いに高まったのは今見ただけの響河達にも感じられた。
それは経験から来る予想でもあった。
明日にでも、むしろ正に今さっき消されてもおかしくはなかったその関係はひどく脆く、だからこそ眩しく、切ない。
響河は少し離れた所で、心配そうに目を細めた。
(入隊初日に死神を殺す感覚とは、どんなものだろうか。
もしかしたら慣れた仲間を殺すよりは、早いうちに殺す対象として認識していられる方が楽なのかもしれない。
しかし憧れていたであろう死神を殺すのもまた、辛いのかもしれない)
自隊に入った咲はまだ少女の面影を残している。
彼女に先輩を殺す命令を出すのはあまりに
(もっと強くならなければならない。)
最近の結論はそればかりだ。
焦りを覚えながらも、それは身を滅ぼすものだと響河は理解していた。
必要なのは焦りではなく、事実を受け入れ先は進む事だと。
だが心はなかなかそれにはついていかない。
襲われた3人は冗談を言い合い、次第に表情の解れてきたようだ。
彼らの力はやはり群を抜いていて、彼らの力を借りればこの混乱は切り抜けていけるかもしれないという考えが不意に頭を過ぎり、響河は自嘲した。