学院編Ⅰ
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「飛び級……ですか」
職員室に個人的に呼び出しをされるのは初めてのことだった。
担任以外の教師は自分の仕事をしつつも、どこか緊張した様子でこちらをうかがっている。
「ああ。
新しい取り組みで、今年度の春に始まる制度だ。
先日視察に来られた朽木銀嶺殿がお前を推薦してくださった」
やはり朽木の方だったか、歳を召されていた方が銀嶺殿だろうか、もう一人のお方は御子息だろうか、などぼんやり考えつつ、担任の眼差しから拒否権等存在しないことを感じた。
もちろん、拒否をする気など、初めからさらさらない。
「謹んでお受けいたします」
返答に、職員室全体が安堵したのを感じた。
同じ死神を目指す生徒なのだとわかってはいても、やはり流魂街出身、それも更木出身の者であることへの偏見は教師の間でも大きい。
成績がずば抜けていい分、どこか恐怖心のようなものを抱いている者も少なくはないのだ。
「失礼します」
「失礼しまぁす」
聞きなれた二つの声が戸口の方でし、思わず振り返った。
「やぁ」
「お、空太刀じゃないか」
京楽と浮竹が微笑みを向け、咲は会釈を返す。
二人は自分の担任の教師に呼ばれたらしく、そちらの方へと歩いて行った。
「知り合いか?」
担任の小声に、咲は、はい、と返す。
「彼らも飛び級の推薦を受けている。
およそ、その話だろう」
(自分が受ける話を、あの二人が受けぬはずがない)
自分のことではないが、どこか誇らしい。
「君の才能は驚くべきものだ」
二人を見ていたところにかけられた言葉に、咲は担任に目を戻す。
彼とこうして話をしたことはなかった。
いつもどこか距離を置いていて関わりを持つことさえなかったが、こうして見てみると咲を蔑んでいる様ではない。
「しっかり励みなさい」
何かをしてくれる人ではない。
でも、彼自身は自分に不利益を被る人でもない。
上流貴族でもない彼に何もできないことは、咲も分かっている。
だから級友たちのことで彼を恨むつもりはないし、おそらくこの格差は一生付きまとうだろうことも分かっている。
ただ一言の励ましが、彼にできる全てだということも、よく分かっている。
「はい」
咲は一礼して職員室から出た。
しばらく歩くと、後ろから名前を呼ばれ、振り返る。
京楽と浮竹だ。
「空太刀も飛び級の話だろう?」
嬉しそうな浮竹の言葉に、咲も自然と笑顔になる。
「はい」
「やっぱりねぇ。
空太刀はボク達よりもよっぽどできがいいんだから。
面倒なことなっちゃったなぁ」
頭を掻きながらぼやく京楽に浮竹と咲は顔を見合せて笑った。
「その分早く授業や宿題から解放されるぞ」
「それもまぁ良いかもしれないねぇ。
ま、やるからには一番楽できるとこ目指しますか」
そう言っている瞳が、決して楽なことばかりを考えていないことは、咲も感じていた。
「そうだ、空太刀。
実技も俺達と一緒に練習しないか?
先生に頼んで放課後に道場を貸してもらっているんだ」
「そりゃいいねぇ。
ボクも一回空太刀とやってみたいよ」
「なぁ、いいだろう?」
鳶色の瞳が、顔を覗き込む。
そのしぐさに心が温かくなって、咲は小さくひとつ頷いた。
「気をつけないとすぐに追い抜かれちゃいそうだ」
「そうとなったら早速今日からだな。
俺たちも気を抜けないぞ!」
ぐっと拳を握りしめる浮竹と、それを優しく微笑んで見る京楽。
「終業後、第3剣道場においで。
今日はそこで斬術の練習をすることになっているんだ」
前に一度見た二人の試合がまた見れると思うと、それに加えてもらえるかもしれないと思うと、咲の胸は高鳴った。
「よろしくお願いいたします」
じゃあまたな、早くおいでね、と手を振って去っていく二人。
咲の少し先を行く彼らは、優しくて温かい彼らは、咲の憧れだった。
だが、その温かい気持ちの中、ひとつの失敗に気づく。
(掃除……)
1組から3組に週替わりで回ってくる掃除当番。
(確か今日から1組だ)
断らなければと思った時には、2人の姿はすでになく、始業の時間も迫っている。
とにかく授業が最優先だと頭を振って教室に走り出した。
道場の戸が開けられる音に肩を跳ねさせ、バケツの中に雑巾を落としてしまう。
振り返れば京楽と浮竹が立っていた。
「空太刀、お前……」
驚いた顔の浮竹と、眉をしかめて頭を掻く京楽。
咲は咄嗟に頭を下げた。
「申し訳ございません!」
道場に響く声。
二人の足音が近づいてくるも、なんと言われるかが怖くて頭があげられない。
授業終わりに先に2人の元に断りに行こうかと思ったが、級友たちの手前、それはできなかった。
連絡することはかなわず、急いで掃除を終わらせようと躍起になっていたが、広い道場の掃除だ。
そう早く終わるはずがない。
結果先輩からの誘いに、無断で遅れている。
自分の上に差す影がひどく大きく感じた。
自分よりも強いその気配に身が竦む。
ゆったりと気配が動く。
(殴られる!!)
咄嗟に頭をかばったが衝撃は襲ってこない。
少しの間をおいてから肩に置かれた手。
驚いて面を上げれば、鳶色の瞳が安心させるように弧を描いた。
「手伝うよ」
咲の目がこれでもかというほど見開かれる。
「3人でやれば早く終わるしね。
掃除なんて久しぶりで張り切っちゃうなぁ」
雑巾を絞り始めた京楽。
肩から温もりが消え、白い背中が倉庫の方に遠ざかっていく。
「確か雑巾は倉庫にあったよな……」
座り込んでいる咲を尻目に、2人は掃除を始める。
はっと我に返った咲は慌てて彼らの腕をつかんだ。
「お、お待ちください!」
きょとんとする浮竹。
首をかしげる京楽。
「これは私の仕事です。
お二人がされることではありません」
その言葉に、2人は顔を見合わせた。
「お前がそれで勉強する時間が削られてしまうなら、俺達がしなくていいことでも手伝うよ」
「それではお二人の勉強時間が」
「生憎ボクそんなに勉強好きじゃないし」
「ですが」
不意に頭に重みが加わる。
みれば頭に伸びているのは自分が掴んでいるのと反対の、浮竹の手だった。
「お前は何も気にしなくていいんだ」
穏やかな鳶色の瞳が、咲を見つめる。
それは自分を包みこんでしまうような優しさに溢れていて、それに気づいた咲は無意識に2人の手をつかむ力を弱めた。
どうしてこんな優しい彼らが、自分を殴るだなんて思ってしまったのだろう。
反射的にとった行動であれ、頭をかばった事を申し訳なく思った。
「ボク達が一緒に勉強したいんだからさ」
隣で同じように優しいこげ茶色の瞳も自分を見ている。
「申し訳ございません」
咲は深く頭を下げる。
するとくすりと小さな笑い声がした。
「あのね、こういう時は謝るんじゃなくて、お礼を言って欲しいもんさ」
恐る恐る頭を上げると、片目をつぶって見せる京楽。
苦笑を浮かべながらも眉尻を下げている浮竹。
それがなんだかひどくくすぐったくて、咲はまた俯いてしまった。
「えっと、その……ありがとうございます」
二人の顔をもう一度見るのはどうも恥ずかしくて、くるりと背を向けて倉庫に雑巾をとりに走った。
「あんなに素直ないい子なのに、どうして1年生は彼女のことを受け入れられないんだろう?
先生方も気づいておられるだろうに」
ため息交じりに呟く浮竹。
その横で、小さく首を振る京楽。
「だからだよ。
彼女は素直すぎる。
自分や、持っている能力を隠すことや、権力になびくことができないんだ。
それをしたところでいつもぎこちないから、全てが外に漏れてしまっている。
あの子は本当に剣魂走鬼どれもよく出来る。
怖いくらいにね。
主席を取るよう親からきつく言われている子や、血のにじむような努力をして入学した子にとっちゃあ堪らないよ。
それに加えて更木出身ということもあって、恐ろしくも見えるだろう。
交友関係がうまくいかないのは十分ありうる話だよ。
先生方だって上流貴族の子にまで逆らっていられないだろうし」
よく切れる友人の言葉に、浮竹は辛そうに目を細める。
「悲それもそうか……
彼女の心が折れてしまう前に、護挺に入れればいいのだろうが」
ポンと肩に手を置かれ、京楽の方を向けば、茶色い瞳が挑戦的に見返してきた。
「だから飛び級を頑張るって決めたんじゃないか。
言いだしっぺは浮竹だぞぉ。
絶対あの子も一緒に一緒に護挺に入るって」
「そうだな。
よし!
掃除だ掃除!精神鍛錬だ」
ゴシゴシと床を拭き始めれば、小さな足音が駆けてくる。
2人が彼女を見れば、すまなそうに眉尻を下げた。
「本当に申し訳あり……」
言いかけた言葉を飲み込んで首を振る。
「あの、その……ありがとうございます。
頑張ります!」
小さく蹲って一生懸命床を磨く彼女に、思わず2人の頬が緩んだ。
