虚圏調査隊編
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「それ、見せて」
「これですか?」
2年ほど経ってようやく現れた咲のことを、2人は忘れもせず歓迎した。
互いに別れた時と何一つ変わっていなかった。
種族さえ超えた孤独に苛まれる者たちは、互いに惹かれ合うのだろう。
だが今回の遠征はまだ先へ進むつもりだ。
名残惜しいがそろそろここを立たねばならない。
結果が振るわなければ李梅に疑われるだろう。
それは避けなければならない。
咲は最後にと髪から風車をはずす。
「きれー」
赤いそれは、確かにモノクロの虚界では見慣れぬものだろう。
「もらったんです」
その言葉にスタークが僅かに反応する。
「だれ?
死神?」
「ええ。
死神に」
「それ、どんな人?」
「え……?
そうですね、酒飲みで、適当で、女遊びが激しくて、めんどくさがりやで、サボり魔で、寂しがり屋?」
本人が聞いたら、そりゃないよぉ、と情けない顔をするだろうと思い、咲はくすりと笑った。
「でも、頭がよくて、強くて、先見性もあって、それから……優しい人、かな」
「じゃあスタークみたいだね」
咲がふっとスタークを見上げた。
相手もじっと咲を見ていた。
「……ええ、似ているかもしれません」
スタークは目を瞬かせた。
「なんて名前なの?」
「京楽」
「きょーらく?」
「そう」
「名前は全然似てないや」
「そうだね」
その時、スタークは始めて彼女が懐かしそうに空を見上げるのを見た。
哀愁と悲壮感を漂わせる彼女が、愛おしそうに目を細める相手に、彼は酷く心を乱された。
初めて孤独から救い出してくれた人には、帰るべき場所と待つべき人があるのだと。
「……でもまだまだずっと、向こうには帰れませんから」
その言葉に救われると同時に、胸を締め付けられる。
「ここにいなよ、ずっと」
リリネットが明るく言った。
咲は少し驚いた顔をして、それから困った様に笑った。
「そうですね、その方がーー向いているかも」
「寂しいなら、一緒にいよう。
ここだって悪くないよ、一緒ならさ!」
必死な言葉に咲は眉尻を下げた。
自分も、何も背負わない身ならばここに残ったことだろう。
昔更木にいた頃ならーー
だが、今は違う。
彼女の言葉に従えないと言おうとして、急速に近づく気配に目を見開く。
「逃げて!」
咲の悲鳴にスタークとリリネットが跳ぶ。
「ーー今なんつった?」
恐ろしく冷たい声だった。
二人が先までいた場所には、小柄な男が一人立っていた。
辺りの砂は陥没していて、さらさらと男の方へと流れている。
「道を誤ったか」
李梅は射殺さんばかりの目に刀を構え直す。
咲は目を細めた。
リリネットとスタークに再会して3日。
彼に見つかるとは思わなかった。
拠点からは咲の早い足で駆けても1週間かかる道だ。
偶然居合わせたはずはない。
となれば早くから目をつけられていた可能性が高い。
ーー50年近い時を共に過ごしたはずなのに、彼は咲を疑い続けていたことになる。
その事実は胸に深く刺さるが、彼は正しかったとも思う。
自分はこうして、虚と馴れ合ったのだから。
彼のぶれない強さが好きで、感情に流されない理性的なところを尊敬し、自分もそうありたいと思っていた。
それがこうして刃を交える理由になろうとも、その思いは変わらない。
「根本的にあいつらは虚でてめぇは死神だ。
その時点で敵なんだ。
今がどうとか、関係ねぇ。
いずれ必ず敵になる。
刃を交え、殺すことになる」
彼の目は熱を持たないが、上司として確かに咲を思っていた。
それがわかっていても、咲は彼に従うことはできない。
それは彼女の育ちが更木で、彼より余程虚に近い生活をしていたからかもしれない。
あまりに孤独が彼女を蝕み過ぎたのかもしれない。
「彼らは知恵を持ちます。
そして尸魂界来ないと言った。
ーー殺す必要ないと判断しました」
「そいつらがそう言っただけだろう。
状況は変わりうる。
これだけ力を持つ奴等を野放しにはできない」
「でも」
「邪魔するなら、斬るだけだ。
ーーお前を」
彼の目は殺意を帯び、辺りの温度は下がる。
「逃げて」
その目から視線をそらすことなく、咲は刀を構え、腰を落とした。
「バカ言うな。
あんたら仲間なんだろ!」
「あなたたちが逃げおおせたらこの戦いは終わり。
逃げて、逃げて、逃げて。
二度とここに来ないで」
「いやだよ、そんなのワケわかんないじゃん!」
「早く!」
噛み殺す様な咲の言葉にスタークが舌打ちをしてリリネットを抱え走り出す。
後ろを向いたままのリリネットには、次の瞬間、咲と李梅が鍔迫合いをしているのが見えた。
「咲ーー!!!」
リリネットの悲鳴の様な木霊を残し、二人の姿は消えた。
「てめぇ、自分が何してるかわかってんのかッ!!!」
李梅の鋭い瞳に怯むことはない。
「あいつらがいつの日か、俺達を殺しに来るかも知れねぇ。
てめぇもーーあの京楽も、殺されるかも知れねぇんだぞ!」
「でも同じくらい助けられることもあるかも知れません。
死神同士で殺しあうご時世、何があるかわかりませんから」
「わからねぇやつだな。
てめぇは多くの命を救えるかも知れねぇ一手を不意にしたんだぞ!」
「なら、死神はどうなんですか。
隊長と呼ばれる地位にあろうと、妬みや嫉みから隊士を手にかける者もいるではないですか。
相手を陥れ、心を殺し、悪者として祭り上げ、殺すことも厭わない隊長格もいるではないですか!」
咲は刀を押し返す。
「勝手に彼らの巣にまで入り込み、掻き回す私達こそ悪者だ。
彼らは彼らの運命に生きるだけなのにッ!」
李梅は歯軋りをした。
彼女の痛々しい程の純粋さを、彼は心憎く思っていた。
誰よりも信念を貫こうとする姿を評価していた。
だが彼女は孤独過ぎた。
あまりに虐げられ過ぎた。
残酷な死神を目の当たりにして、その純粋な心は鋭く痩せ細ったのだと、李梅は思った。
「彼らは孤独を知っている。
だから殺さない。
戦いもしない!」
ーー同族よりも虚に肩入れするほどまでに。
「なにやってんだ!」
打ち合おうとする咲と李梅の剣を、雅忘人が剣と鞘でとめる。
「おい李梅!」
「やめろ、こいつは俺たちの敵だ」
「なに言って」
「こいつは例の霊圧の虚を発見したにも関わらず逃がした。
虚と友情ごっこだとッ!!」
雅忘人は目を見開く。
「違うッ!!!」
咲が噛み付く。
「こいつは人殺しだ。
俺達と虚の命を天秤にかけやがったッ!!」
「ーー人など数えきれないくらい殺したッ!!」
咲が鋭く反論した。
李梅と雅忘人は思わず瞠目する。
「上司も、先輩も、切った。
命令もされた。
懇願もされた。
彼らが逆賊とならぬ様、独断で刺しもした。
私は大罪人でしかないッ!!
だがあの虚は殺す必要がない。
知能を持ち、戦いを嫌い、仲間を探していただけだ!」
「てめぇもう一度言ってみろ!」
雅忘人を振り切って、李梅が刀を振り上げる。
「切るべきものを切り、切るべきでないものは切らない!
私はもう、失いたくないッ!!」
咲はそれを確実に受け止め、驚くほどの速さで切り返す。
その刃先は李梅の頬を掠め、その実力に雅忘人は眉を顰める。
彼女は極限になると実力を追い上げてくるタイプだ。
これは無傷では済まないだろうと。
「てめぇの判断基準は狂ってる!」
李梅の紫電が確実に咲を狙う。
対する咲も、姿勢を低くし刀を構えて走る。
雅忘人は一瞬で、覚悟を決めた。
「やめろ!」
視界がなくなるほど砂埃が舞う。
雅忘人が両者の間に入り、李梅の殺意漲る刀を受け止めた。
咲の刃は微かに雅忘人の衣を裂いていたが、彼を切り裂く直前で止まっていた。
ーー雅忘人は無防備な背中を咲に晒して、李梅の刀を受け止めていたのだ。
李梅は目を見開く。
目の前の男は、李梅の実力より咲の実力の方が上だと判断した。
彼女は自分達を裏切る筈がないと確信したからこそ、そして彼女の実力ならば自分を殺さず刀を止められるだろうと確信したからこそ、背を向けたのだ。
3人とも肩で激しく息をしていた。
3人とも、無傷だった。
「もういい」
緊張で溢れた汗が伝うのもそのままに、雅忘人はそう静かに李梅に言った。
「これで分かっただろう。
彼女は俺達の味方だ。
決して裏切らない。
判断基準は確かに褒められた物ではないかもしれない。
俺達がかけがえのない仲間で、護り合う対象である事は紛れもない事実だ」
今まで全幅の信頼を置き、互いの背中を預けてきた男ーー彼の中で、咲はいつの間にかかけがえのない仲間となっていた。
雅忘人の肩越しに咲を見れば、彼女は澄んだ瞳で李梅を見つめ返した。
彼女は孤独に蝕まれ、それでもなお信念に忠実であった。
虐げられ踏み躙られた過去に苦しみ、迷いながらも、戦い続けている。
自分達と共に、護り続けている。
彼女の蝕まれた心を疑いながらも、彼女を憎からず思っていた自分は愚かで、そしてーー
李梅は派手に舌打ちをし、刀を引いた。
それが全て答えだと雅忘人は咲を振り返り一つ頷く。
咲も小さく頷くと、歩き出す2人の後を少し離れて追う。
縮まるようで縮まらず、また丘を越えるときには少し縮まるその3つの長い影は、3人の関係の様だった。
