墨染桜編
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早めに現世に来て、任務を終えてから彼らのところに立ち寄るのが日課だった。
お土産を持って訪れれば、月島は駆け寄って喜び、銀城はそれを穏やかに見つめる。
様々な苦しみや痛みとは隔絶されたような、質素でも穏やかな3人だけの世界がそこにはあった。
秀九郎が寝たのを確認すると、咲と銀城は顔を見合わせて微笑み合い、壁に背を持たせて並んで座った。
「知り合いが結婚したんだ。
ここだけの話、私がきっかけを作った幼馴染同士で、互いをずっと支えあって生きてきたらしいんだ。
びっくりするくらいの身分違いの恋で、まさか本当にこうなるとは思ってもみなかったんだけどね」
「よくそんな身分違いの2人を会わせたな」
咲は膝を抱き寄せて、2人の出会いを思い出した。
まだ咲に抱きついてくる様な子どもだった緋真。
よく鍛錬をせがんだ白哉。
緋真を匿う宿に白哉を連れて行き、わざとらしく咳払いをする彼に緋真が怪訝そうに挨拶したのが始まりで、いきなり口論に発展したのだ。
全てが懐かしい。
「会わせるつもりははじめはなかったよ。
会いに行こうと思ったら着いてきちゃっただけ。
でも初めて会った時から、すぐ喧嘩をして……今思えばとても馬が合っていたっけ」
当たり前の様な幼い2人の日々は、今となっては勿体無いほど懐かしい思い出だ。
「本当に、互いが一番大切で、互いのために生きようって、そう決めたんじゃないかな」
美しい2人の、身分を超えた、そして病を押しての大恋愛の末の結婚。
全ての人の話題を攫う、一大ニュースだ。
幸せそうに言葉を紡ぐ女が、銀城はとても愛おしいと思った。
その柔らかで真っ直ぐな黒髪も、月の光に影を作るまつ毛も、白い肌も、赤い唇もーーその全てが心の傷を癒やす。
できるならばずっとこのまま、彼女を匿ってしまいたいと願っているが、銀城も分かっていた。
彼女の言葉の真意が、自分たちも同じように結婚して幸せになろう、ではないということは。
愛おしい女から目を離し、天井を見上げ、目を閉じる。
数々の思い出が蘇る。
そのどれもがあまりに温かく、現実味がないほど幸せだった。
そして何より彼女の話す2人と異なるのは、自分達2人の間に常にいたもう一つの大切な存在だ。
再び咲に目を戻すと、彼女も真剣な眼差しで銀城を見上げていた。
手を伸ばし、華奢な体を抱き寄せる。
腕の中にすっぽりおさまるような身体で、彼女は異端として多くを背負ってここまでやってきた。
異端児同士、上手くやっていける自信はあった。
だが、2人には互いよりも守りたいものがあった。
「……俺等とは違うんだな」
「うん、違うんだ、私達とは」
強い言葉に、銀城は腕を緩める。
見上げてくる黒い瞳は、固い決意を滲ませ、淡い月光を受けて煌めいた。
「秀九郎さんを、よろしく頼むね。
……今まで決心がつかなくてごめん。
彼の健やかな成長を、心から願ってる。
だから逃げて、今すぐに」
頷こうとしたその時だった。
「だめだ!」
2人ははっと声の方を見る。
「なんで、どうして!
3人で逃げればいいだろ!」
飛び起きた月島が2人に駆け寄る。
「私には首輪が着けられているんだ」
首に巻かれた銀白風花紗を緩める。
もう何年も陽を浴びていない陶磁器の様な白い肌に、真っ赤な首輪が現れ、月島はぎょっとした。
それだけ長い間彼女はこの首輪を隠して生きてきた。
それは知識として知っていたことだけれど、実際に目の当たりにすると怒りが湧き上がる。
「私は罪人だ。
概ねの居場所は掴まれている。
今までは首輪の主人達の信頼により、彼らの目を避けて会ってきたけれど、彼らが私に違和感を覚え始めている。
これ以上の接触は危険だ」
「そんなの嫌だよ!」
「私も離れたくなんかない、でも秀九郎さんが本当に大切だから……
血のつながった家族のいない私にはまるで息子の様だった、だから」
「違う!違う!
親子のような思いっていうのは、離れ難い気持ちのはずだ!」
月島は栞をポケットから取り出した。
見る間に刀に姿を変える。
その瞬間、銀城は恐ろしい仮説を導いた。
彼が、完現術で赤の他人であった自分達に温かく美しい過去を作り上げ、そこに家族の様な人間関係を作り上げたーーと。
「やめろ」
銀城は掠れた声で言った。
咲に振り下ろされた刀。
「秀九郎さんーー」
甘んじて切られる咲。
だが血が流れることはない。
(いつからだ?
今まで彼女は何度切られた?
俺もだ、俺は一体いつからーー)
背筋が凍る。
赤の他人で敵である彼女をこれほど愛した事が全て、目の前の子の仕業なのだとしたら、この感情はなんなのだろう。
これほど愛おしいのに、これが作られた感情で、彼女は本来ただの敵なのだとしたらーー
ぱらぱらと床に落ちる水滴の音に、銀城は咲を見る。
両手で顔を覆いその隙間から涙を溢れさせる姿に、胸が締め付けられ、咄嗟に抱きしめる。
「……私は、大切だ……誰よりも貴方達が……
だから……だから離れなければならないんだ。
嫌なんだよ!大切な人を傷つけたくない!!貴方達を傷つけたくない!!!」
絞り出す様な声、その苦しみは、おそらく実際に彼女が経験した過去と、完現術が作り出した甘い過去の相乗効果によるのだろう。
だがどんな過去を挟もうと、どれだけ濃厚な思い出にしようと、おそらく彼女の選択は変わらない。
過去に関わらず、これこそが彼女自身の選択なのだ。
愛おしいものの命の為ならば自分は身を引く。
処罰される可能性だって多分にあるにも関わらず自らが囮になる気なのだろう。
なんとしても彼を守りたいから。
その事実を突きつけられた月島は愕然とした。
歳の割に大人びて賢い彼が、初めて自分の能力の恐ろしさとその限界に向き合ったのだ。
一言で言えば彼は、高い己の能力と咲と銀城の深い愛情にーー絶望した。
お土産を持って訪れれば、月島は駆け寄って喜び、銀城はそれを穏やかに見つめる。
様々な苦しみや痛みとは隔絶されたような、質素でも穏やかな3人だけの世界がそこにはあった。
秀九郎が寝たのを確認すると、咲と銀城は顔を見合わせて微笑み合い、壁に背を持たせて並んで座った。
「知り合いが結婚したんだ。
ここだけの話、私がきっかけを作った幼馴染同士で、互いをずっと支えあって生きてきたらしいんだ。
びっくりするくらいの身分違いの恋で、まさか本当にこうなるとは思ってもみなかったんだけどね」
「よくそんな身分違いの2人を会わせたな」
咲は膝を抱き寄せて、2人の出会いを思い出した。
まだ咲に抱きついてくる様な子どもだった緋真。
よく鍛錬をせがんだ白哉。
緋真を匿う宿に白哉を連れて行き、わざとらしく咳払いをする彼に緋真が怪訝そうに挨拶したのが始まりで、いきなり口論に発展したのだ。
全てが懐かしい。
「会わせるつもりははじめはなかったよ。
会いに行こうと思ったら着いてきちゃっただけ。
でも初めて会った時から、すぐ喧嘩をして……今思えばとても馬が合っていたっけ」
当たり前の様な幼い2人の日々は、今となっては勿体無いほど懐かしい思い出だ。
「本当に、互いが一番大切で、互いのために生きようって、そう決めたんじゃないかな」
美しい2人の、身分を超えた、そして病を押しての大恋愛の末の結婚。
全ての人の話題を攫う、一大ニュースだ。
幸せそうに言葉を紡ぐ女が、銀城はとても愛おしいと思った。
その柔らかで真っ直ぐな黒髪も、月の光に影を作るまつ毛も、白い肌も、赤い唇もーーその全てが心の傷を癒やす。
できるならばずっとこのまま、彼女を匿ってしまいたいと願っているが、銀城も分かっていた。
彼女の言葉の真意が、自分たちも同じように結婚して幸せになろう、ではないということは。
愛おしい女から目を離し、天井を見上げ、目を閉じる。
数々の思い出が蘇る。
そのどれもがあまりに温かく、現実味がないほど幸せだった。
そして何より彼女の話す2人と異なるのは、自分達2人の間に常にいたもう一つの大切な存在だ。
再び咲に目を戻すと、彼女も真剣な眼差しで銀城を見上げていた。
手を伸ばし、華奢な体を抱き寄せる。
腕の中にすっぽりおさまるような身体で、彼女は異端として多くを背負ってここまでやってきた。
異端児同士、上手くやっていける自信はあった。
だが、2人には互いよりも守りたいものがあった。
「……俺等とは違うんだな」
「うん、違うんだ、私達とは」
強い言葉に、銀城は腕を緩める。
見上げてくる黒い瞳は、固い決意を滲ませ、淡い月光を受けて煌めいた。
「秀九郎さんを、よろしく頼むね。
……今まで決心がつかなくてごめん。
彼の健やかな成長を、心から願ってる。
だから逃げて、今すぐに」
頷こうとしたその時だった。
「だめだ!」
2人ははっと声の方を見る。
「なんで、どうして!
3人で逃げればいいだろ!」
飛び起きた月島が2人に駆け寄る。
「私には首輪が着けられているんだ」
首に巻かれた銀白風花紗を緩める。
もう何年も陽を浴びていない陶磁器の様な白い肌に、真っ赤な首輪が現れ、月島はぎょっとした。
それだけ長い間彼女はこの首輪を隠して生きてきた。
それは知識として知っていたことだけれど、実際に目の当たりにすると怒りが湧き上がる。
「私は罪人だ。
概ねの居場所は掴まれている。
今までは首輪の主人達の信頼により、彼らの目を避けて会ってきたけれど、彼らが私に違和感を覚え始めている。
これ以上の接触は危険だ」
「そんなの嫌だよ!」
「私も離れたくなんかない、でも秀九郎さんが本当に大切だから……
血のつながった家族のいない私にはまるで息子の様だった、だから」
「違う!違う!
親子のような思いっていうのは、離れ難い気持ちのはずだ!」
月島は栞をポケットから取り出した。
見る間に刀に姿を変える。
その瞬間、銀城は恐ろしい仮説を導いた。
彼が、完現術で赤の他人であった自分達に温かく美しい過去を作り上げ、そこに家族の様な人間関係を作り上げたーーと。
「やめろ」
銀城は掠れた声で言った。
咲に振り下ろされた刀。
「秀九郎さんーー」
甘んじて切られる咲。
だが血が流れることはない。
(いつからだ?
今まで彼女は何度切られた?
俺もだ、俺は一体いつからーー)
背筋が凍る。
赤の他人で敵である彼女をこれほど愛した事が全て、目の前の子の仕業なのだとしたら、この感情はなんなのだろう。
これほど愛おしいのに、これが作られた感情で、彼女は本来ただの敵なのだとしたらーー
ぱらぱらと床に落ちる水滴の音に、銀城は咲を見る。
両手で顔を覆いその隙間から涙を溢れさせる姿に、胸が締め付けられ、咄嗟に抱きしめる。
「……私は、大切だ……誰よりも貴方達が……
だから……だから離れなければならないんだ。
嫌なんだよ!大切な人を傷つけたくない!!貴方達を傷つけたくない!!!」
絞り出す様な声、その苦しみは、おそらく実際に彼女が経験した過去と、完現術が作り出した甘い過去の相乗効果によるのだろう。
だがどんな過去を挟もうと、どれだけ濃厚な思い出にしようと、おそらく彼女の選択は変わらない。
過去に関わらず、これこそが彼女自身の選択なのだ。
愛おしいものの命の為ならば自分は身を引く。
処罰される可能性だって多分にあるにも関わらず自らが囮になる気なのだろう。
なんとしても彼を守りたいから。
その事実を突きつけられた月島は愕然とした。
歳の割に大人びて賢い彼が、初めて自分の能力の恐ろしさとその限界に向き合ったのだ。
一言で言えば彼は、高い己の能力と咲と銀城の深い愛情にーー絶望した。