墨染桜編
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「おい京楽」
隊首会が終わって各々去っていく部屋で、浮竹は友に声をかけた。
「やぁ浮竹ぇ。
ボクも声をかけようと思っていたんだ。
時間はあるかい」
「ああ」
互いに話があることはすぐ分かったし、その表情を見る限りどうやらそれは同じ人についてであろう事が知れた。
その横を、チラリと目を向け、黙礼して藍染が通り過ぎた。
部屋に残った2人は視線を合わせただけで行き先を決め、瞬歩で雨渇堂へと場所を変えた。
静かに室内に入り、向かい合って腰を下ろす。
辺りに人の気配はない。
「様子がおかしい」
「結構前からだ」
「ああ。
初めは些細なことだった。
だがいつの間にかじわじわと彼女の何かが変えられているような気がしてならない」
「君もそう思うかい」
2人は頷きあう。
「まるで影のない、柔らかい表情をするだろう。
それを背筋が寒くなるようなと言うのもおかしな話だが……」
「確かに複雑な気持ちになるけどね。
……でも仕方あるまい。
それがボクらが生きた時代さ」
浮竹は暗い表情で頷いた。
「藍染が相手かとも思ったんだが、どこか違う気がする」
「君が言うんだ、間違いないだろうね」
「どういう意味だそれは」
「人を見る目は確かだからさぁ。
よ、護廷の裏の総隊長!」
「馬鹿なこと言うなよ。
……相手に目星はついていない。
ただ、なんというか、違和感だけがあるんだ」
「うまく言えないんだけど、なんか、過去から変わっちゃったみたいな違和感だけがある。
実際、僕との関係についての記憶がどうもおかしい気がするんだよ。
言及は避けるけれども、誰かにすり替わっているような違和感さえ覚える」
二人はそこに歩み寄る一つの気配にどうしようか考えたが、気配を消すことなく口をつぐんで入り口に目を向けた。
「浮竹、京楽、兄らに話がある」
入り口から掛けられた声に、2人は頷きあった。
「入ってくれ」
「なんだい、久しぶりだね」
「緋真ちゃんは元気かい」
室内に入ってきた白哉の表情も浮かない。
「咲のことだ。
単刀直入に聞く。
様子がおかしいとは思わないか」
二人は顔を見合わせた。
「ボクらもちょうどその話をしていたところさ」
「いつから気づいていた」
「いつだろうな。
1年ほど前かもしれない。
初めはほんの、小さな違和感だったんだが、それがだんだん大きくなって来ている。
だが確証がつかめないままここまで来てしまったんだよ」
「私もだ。
確かに……考えてみると1年ほど経つように思う」
「時期は一緒ってこと?
どんなことの後だったかとか覚えてる?」
「確かあの日は……」
白哉はふと口元に手をやり、浮竹は髪をかきあげ、記憶を辿る。
「現世への遠征」
二人の声が重なり、3人は目を見開く。
「ボクらはもっと早く話し合うべきだったようだね」
京楽が溜息混じりに苦笑する。
「今日だ」
浮竹がぽつりと呟く。
白哉が頷いた。
「直近の現世任務は、今日の21時。
空座町だーー」
「時間は」
「彼女はもう立った。
半刻ほど前だ」
「流石
赤色従首輪の主人である事を揶揄ったのは京楽で、白哉は鋭い視線を返す。
浮竹はまぁまぁ、と2人を手で宥める。
「でもボクはダメだ、もうすぐ四番隊との合同訓練がある」
「私もだ、会議がある」
「じゃあ……暇な俺が行くか」
暇なわけではないのは百も承知の冗談だ。
時間を定めた約束の類がないという話に過ぎない。
「まぁ理性の塊みたいな君だから、1人でも心配いらないと思うけど」
「どう言う意味だそれは」
「敵を即死させたりせずにちゃんと話を聞いてくれそうだなってこと」
「確かにな。
見かけによらず兄の拷問の腕は確からしい」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
浮竹は2人の視線を受けて悲しげに目尻を垂れた。
過去彼の上司であった副隊長土方歳三は鬼の副隊長の異名で名を馳せ、拷問の腕が凄まじかったと言われている。
彼の下で働いた浮竹も当然その技術を学んでいる。
明るい笑顔の彼の裏に凄まじい拷問の腕があるとは、彼の近しい人かもしくは、拷問された者知らない。
裏を返せば彼が拷問する事は滅多になく、相当のケースに、限られるということでもある。
3人は外へ出た。
よく晴れた良い夜だ。
「行ってくるよ」
悲しげな決意に満ちた表情で、浮竹は2人に背中を向けた。