斬魄刀異聞過去編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おいあれ……」
「確か卯ノ花家の養子になったっていう……」
「今年の卒業次席が3番で……」
「でも、あれだろ、更木出身で……」
会場に近づけば聞こえる会話。
貴族の情報網の恐ろしさを知る。
(正式に養子になったのは、まだ3日前の話なのに。
他人の家のーー拾い子の話なのに)
上流貴族の卯ノ花家ともなると、噂になって当然と言うことは、まだ咲には理解できない。
「空太刀……じゃなかった、咲!!」
「え?どこだい?」
不意にかかった声。
それと共にこそこそとした囁き声が搔き消える。
咲は声のする方を振り返った。
「浮竹!
京楽!」
学生服でも、藍色の訓練着でもない。
黒い黒い死覇装を纏う2人。
唯それだけで、大人になってしまったように見えた。
光を吸収するはずの黒いそれが、ひどく眩しく見える。
駆けよれば2人とも、深い笑みを湛えた。
「良く似合ってる」
「本当だねぇ」
まるで兄のような反応の2人に、咲も目を細めた。
「2人だって、なんか大人みたい」
「みたいだなんて失礼な。
どこから見ても立派な紳士じゃないの」
「お前が紳士?」
「なんだい浮竹ぇ、意地の悪いことを言うもんじゃないさ」
呑気な会話に緊張もほぐれる。
やはり3人集まると心強い。
「それにしても」
京楽がちらりと辺りに目をやると、向けられていた好奇の視線は一瞬で散り、思わずため息をつく。
「まぁ……気にするな」
浮竹も肩をすくませる。
今年の新隊員として、3人は周りからかなりの視線を感じていた。
護挺に入ると言うこと。
それ自体が霊術院で優秀な成績を修めていたことを示す。
その中でも席が準備されての入隊は、創立以来初だ。
注目されても仕方がない。
その上、咲の出自も特異だ。
同期となる新入隊士だけでなく、会場に来ている隊士達も3人を気にしているようだった。
流石に噂話をしているのは新入隊士ばかりであったが。
「あれが今年のトップ3だろ。
白髪と茶髪と黒髪の女」
「6年1組に飛び級してきたっていう?」
「そうそう。
しかも2人には用意されているって聞いたぞ」
「2人ってどの?」
「馬鹿、男に決まってんだろ」
「でも1組の友達に、あの女はかなり腕が立つって聞いたよ。
実践でも男にも負けないとか」
「でもあいつは」
「おい、聞こえるぞ!」
「……さてそろそろ行こうか」
さりげない京楽の言葉に、3人は会場整理係の声に従い歩き出す。
飛び級の主席は浮竹だったし、卒業時も浮竹が主席だったため、答辞は浮竹が読んだ。
入隊試験は京楽が主席であり、入隊の決意表明を行う。
それぞれは事前に通知されていた隊の列へと入る。
浮竹は十三番隊、京楽は十番隊、咲は六番隊だ。
咲だけでなく、口には出さないが2人も別の隊になったことを残念に思っているのだろう。
ーまたねー
ーあとでなー
そんな声が聞こえそうな穏やかな視線に、咲は淡く微笑んで、ひとつ、頷いた。
入隊式は山本元柳斎の挨拶と京楽の決意表明という、例年通り簡素なものだった。
こういう時、総隊長である山本が無駄に権力を振り翳そうとしないことを幸いだと、十三番隊三席沖田総司は思っていた。
どちらかと言うとメインは、その後に控えている各隊での説明会や宴の方なのだと、一見堅物にみえつつも理解しているのだろう。
だがそんな素振りを全く見せない頑固さこそが彼の威厳であるとも、また思っていた。
他の隊も大差ないだろうが、お祭り好きの隊士も多い十三番隊。
ここ数日は歓迎会の話でもちきりだったし、何より浮竹が配属になることも話題をさらっていた。
あまりに騒がしいから土方が雷を落とす羽目になり、近藤が苦笑していたのも記憶に新しい。
そんな彼が浮竹を既に可愛がっているらしい事を土方から聞き、実際に剣も交わらせた。
成程そこらの隊士よりは余程強いし、彼には人を惹きつける力があるのは認めざるを得ない。
近藤が目をつけるのも納得できなくはないのだ。
だが沖田は幼少の頃から誰よりも近藤を敬愛し、彼のために剣の腕を磨いてきた。
近藤が試衛館の道場主であった頃からずっとそばに居たし、彼が護廷一筋で行くと決めたなら迷わず着いてきた。
彼の為に生きていると言っても過言ではない。
なのに近藤は浮竹の体が悪いと聞いて烈を説得して治療をさせていると言うし、その際には顔を出したりなんかもしているらしい。
これがおもしろくなくて、なんだと言うのか。
ところがその新入隊士を沖田につけるのだと、敬愛する近藤は笑顔で言った。
困った人だ、と思う。
まるで試されているようだ、と。
多くの新入隊士の中で、一際目立つ白髪。
それはその白さ故だけではなく、彼の存在感だろう。
鳶色の瞳と目が合う。
逸らすのも癪で見つめ返すと、相手は少し驚いた顔をしてから笑顔になって会釈した。
虚を突かれ思わず溜息をつく。
何かかが大きく変わる予感がした。
山上末雪の件で事情聴取をした京楽を八番隊に配属し、二十席を与えると聞いた時はただ、へぇ、と思っただけだったが、彼を自分の直属の部下とすると隊長である李玖楼に言われた時は驚いた。
だがすぐに確かに妥当であると思い返す。
上流貴族かつ霊術院きっての優秀な人材であれば、体調副隊長が指導するわけにはいかないのだから、三席の木本桃也をおいて他に見るべき者はいないだろう。
だが案外嫌ではない。
ただの上流貴族のぼんぼんであればもちろん願い下げだが、あの取り調べの時にみた様子であれば、きっとこの先何か大きなものを掴んでくれそうな気がしていた。
例年通りの決意表明を述べる京楽。
歳の割に物おじせず、主席だからと言って鼻にかける様子でもない。
真剣な眼差しと、何かを背負うような深く張りのある声。
もはや恒例である決意表明だが、会場はしんと静まり返ってその全てを聞いてきた。
彼の言葉は例年通りのものであるのに、隊士達が皆聞き入り、心に強く働きかける。
彼はきっと、この殺伐とした護廷でもしぶとく己の命を灯し続け、信念という剣を貫き、そして何かを成すだろう。
彼が壇上から降りると、自然と拍手が起こった。
彼は人を動かす力がある。
目を見張るような実力は試験結果から知った。
この動乱の世を生き残れば、いずれ人の上に立つようになるだろう。
「京楽をもらったんだってな」
拍手の間に聞こえた囁き声に振り返ると、六番隊三席朽木響河がいた。
朽木家に婿入りしたと最近話題だが、これが政略結婚ではなく恋愛結婚だったと言うのだから世を騒がせた。
当の本人は結婚する為に時期当主の道を選んだのだと言う。
長い付き合いになる桃也は付き合っていた頃の2人も知っているし、響河が朽木の名を欲しさに結婚するような男ではないことも、また知っている。
世間がなんと言おうと、彼は時に不安になる程情に篤く、権力の為に女性の心を奪おうなどと言うことはしない。
真っ直ぐで素直な男なのだ。
「そっちこそ、卯ノ花もらったんだろ」
そういえば嬉しそうに笑った。
解散のアナウンスが流れる。
新入隊士をそろそろ迎えに行かねばならない。
「また相談に乗ってくれ」
「そっちもな」
軽く手を上げて、2人はそれぞれの隊士の元へと向かった。
「それでは、各隊舎へ移動する」
そのアナウンスの後、しばらくして咲達の前にも隊士が立った。
「朽木響河、六番隊の三席だ。
話は移動してからにする。
ついてこい」
見覚えのある顔、首を飾る赤い布に、やはりそうか、と咲は複雑な心境になる。
護挺の見学会の際には六番隊、特に彼、朽木響河には大きな迷惑をかけた。
あれほど親切にしてくれた人の元で働けると思うととても嬉しいことではあるが、あの時は咲が更木出身であることも知らないに違いなかった。
もし自分の出自を知ればおそらく、前のように接してはもらえまい。
せめて迷惑をかけないように、なんとか頑張らねば、と前を向く。
六番隊の新入隊員は咲を含め5人だ。
皆も上流貴族出身だろう。
雰囲気でわかる。
だからこそ、咲はなぜ自分がこの隊に配属になったのか理解できなかった。
六番隊自体上流貴族が多く、名実ともに持つものが配属される傾向がある。
京楽であれば家柄も充分であり、配属に値しただろうに、というのが本音だ。
ああ見えて業務になれば真面目に取り組むであろうことも知っている。
(なぜ私が)
思わず俯きかけるが、その思いは隊舎の前に立つと立ち消える。
前に訪れた時と同じで、塵一つなく、厳格な佇まいを見せた。
これからはここが自分の職場になるのだ。
緊張がジワリと足から這い上がる。
新入隊士の列の1番後ろで門をくぐる。
「訓練場に所属する班のメンバーが来ているから、紹介する」
その言葉に、新入隊士に緊張が走るのが分かった。
六番隊の一員になると言うことが、誇らしく、またその名に恥じぬよう努めが果たせるか重荷でもあった。
カラカラカラ
軽い音を立てて引き戸が開く。
中には整列した隊士たちの姿があった。
ごくりと、無意識に唾を呑みこむ。
その隊士たちの最前列に、白い人を見つけた。
(朽木、銀嶺隊長ーー)
そしてその向こうに見える、
(蒼純副隊長ーー)
班のメンバーが、と聞いていたので、予想外の登場に新入隊員達は目を見開く。
2人の4つの瞳が、新入隊士を順捉え、そしてそれが最後の咲で止められた。
鋭い瞳は、咲を探るように見つめる。
まるで心の中まで斬り込む刀のようだ。
どきりと心臓が高鳴る。
慌てて一礼してから訓練場に足を踏み入れた。
不思議な縁があるものだ、と咲は思う。
咲が1年生の時に霊術院に視察に来たのも、この二人だったはずだ。
授業を見学していた覚えがある。
そして、銀嶺が咲を飛び級試験に推薦してくれたのだ。
(あれがなければ、私は京楽と浮竹と同級生になることも、こうして護挺に入ることもできなかったかもしれない)
その上、先日は見学会の時には迷子になったところも助けてもらっている。
(これ以上ご迷惑をおかけしないように本当に気をつけなければ)
隊長達と対面で向かい合う形で立たされ、みな動きが硬くなる。
凛とした空気に、緊張で体が思うように動かないのだ。
「私が六番隊隊長、朽木銀嶺」
しん、とした声が、ぴしりと空間に響く。
「副隊長朽木蒼純」
温かな、でも凛とした声が、空間を丸める。
このバランスがこの隊をまとめているのだろう。
「そなたたちは今日より、六番隊隊士として働く。
学生気分はこの場で捨ててもらおう。
護挺は甘くはない。
初年度の死亡率は3割。
2年目はその生存者のうちの2割。
10年間で隊士の6割は死ぬ。
死なずとも二度と戦えぬ身体となるものも多い。
内部での反乱も多く、お前たちは最も危険な時期の入隊者だともいえる」
入隊式でも同じような話を聞いた。
その死亡率は、反乱の激化から今年は更に上をいくだろうということも。
銀嶺の目が5人を見渡す。
ここにいる5人の内、今年中に2人消えるかもしれない。
もしかしたらーーもっと。
「後悔のないよう、日々精進せよ」
その言葉に、5人は大きな声で返事をした。