墨染桜編
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話は少し前、白哉と緋真の披露宴の前に遡る。
「邪魔するよ」
「まぁ京楽様、それから卯ノ花様!
お久しぶりでございます」
2人がやってきたのは流魂街の老舗の呉服屋ーー緋真の奉公先だった店だ。
咲は片手をあげる京楽の後ろでぺこりと頭を下げた。
前を歩く背中は僅かに咲を振り返る。
菅笠を被っていないのに、京楽は癖のように顔の少し上に手を上げて、それから所在なさげに前髪をかき上げて困ったように笑った。
笠を少し持ち上げるつもりだったのだろう。
おかしくて咲もくすりと笑った。
死覇装では悪目立ちする為、2人は私服で訪れたのだ。
「今日は彼女に仕立ててもらいたくてね。
何、緋真ちゃんのお披露目に来ていく服なんだけどさ」
「まぁ、それは張り切らねばなりませんね」
「だろう?
きっとここで仕立てたと知ったら、あの子も喜ぶよ」
「さぁどうぞどうぞ」
「お邪魔します」
「桜の季節だから、それに合う色味がいいね。
でも落ち着きは欲しい」
奥へと進む京楽の後ろをついていく。
既製品を購入することはあっても、着物を一から作ってもらうことは少ない。
私服を着る機会も少ない身だから、手持ちの烈のお古で済ませようと思っていた。
そんなことを言えば京楽は、勿体無い、と眉尻を下げ、せっかくなのだからとここまで連れてこられた次第だ。
京楽には朽木邸の桜の庭木の上から覗かせてもらうことは伝えてあった。
「でしたらこの辺りか……」
主人が広げる反物は、どれも質もセンスも間違いない。
緋真が四大貴族の朽木家でも見劣りしない着物選びをこなせるに違いなく、奉公先に適切だった。
「これか、それかこれか……」
ずっと目を細め、真剣な眼差しで無骨な指が布地を示す。
彼は死神として刀を振るう時、誰をも寄せ付けない残忍なほどの切れ味を見せるが、こうして貴族らしく芸術に触れる時の真剣な視線もまた同じく玄人のようだと思う。
瞳に映り込む着物の柄までもが美しく、瞬きする様子までじっと見つめてしまう。
「この柄がいいな。
もう少し藤色に近いものはあるかい」
「少々お待ちください」
「おっと、君の着物なのにボクばかり見ていては仕方ないな。
どうだい?」
ちらりと横目を向けられ、咲は困ったように微笑む。
彼の選ぶものに文句はない。
自分より彼の方がセンスが良いことは知っている。
着物の柄よりも、彼を見ている方がずっと面白く充足感が得られるのだといえば、彼は笑うだろうか。
主人が新しく2種類の布を持ってきた。
「このくらいの色味がお好みでしょうか。
こちらの柄もございます」
「どちらも良いねぇ。
ふぅむ……どうだい」
彼に促されて近くで布地を見る。
藤色の生地に白を基調とした橘の刺繍が施されたもの。
それより少し淡い色で糸巻きの模様のもの。
扇面模様の美しいもの。
「どれも本当に素敵ですね」
「うん。
どれもよく似合いそうだ。
いっそのこと全部作るかい」
耳元で囁かれ、思わず首をすくめた。
「そんな贅沢な。
貴方の方がセンスがいいから選んで欲しいな」
「お姫様の願いとあらば」
「また冗談を」
2人は顔を見合わせて笑った。
「選んでおくよ、その間に採寸してもらうといい」
促されるまま、女将に連れられて部屋に入った。
肌着になって採寸してもらう。
慣れないもので照れ臭い。
「お幾らくらいになりそうですか」
「京楽様がご内密にと」
彼が内密にと言うという事はおそらく、彼が支払うつもりなのだろう。
「そんな」
「お待ちください、まだお着物が」
慌てて部屋を出ようとして、肌着のままであったことを思い出し、慌てて着る。
女将が小さく笑った。
「そう慌てずに。
感謝の言葉を伝えるのに遅れることなんてまだありませんから」
「違います、私は同期のよしみで世話になってばかりなんです。
だからこれ以上はあまりに申し訳なくて」
「おや」
女将は驚いたように手を止め彼女を見つめた。
今まで京楽の贈り物を用意したことは数知れず。
だが、こんな風に彼が念入りに選ぶのは初めてだ。
その表情からも、彼女に並々ならぬ思いを傾けていることは明白。
対して贈られる方はと言えば、贈り物を拒む、それもただの同期としか思っていない。
こんな女性を見たのは初めてだ。
これはもしかすると、京楽のほうがかなり熱を上げているのだろう、と一人納得する。
得意先であれば、彼の恋を応援するのは当然の事。
女将は小さく微笑んで、止めていた手を再度動かした。
「こういうことは、受け取られるほうが喜ばれますよ。
申し訳ないと思うのならば尚の事、受け取られてはいかがでしょうか。
そしてその意味を少しでも考えられたほうが、喜ばれることといます」
「意味……?」
次に手を止めたのは咲だった。
「はい、着物を贈られた京楽様の想いです」
かなりストレートに指摘され、咲は先日彼の離れでの出来事を思い出し、かあっと頬を染めた。
その様子に、思っている程のお節介は不要かもしれない、と女将は微笑ましく思う。
「そんな、私は、ただの、ただの同期で……本当に」
「どうしたんだい?」
ふいに襖を挟んだ向こうから聞えた京楽の声に、咲は肩を震わせるほど驚き、女将を笑わせた。
「女同士の話ですよ、京楽様」
「そう?
それは残念」
そっと襖に指を滑らせる男。
霊圧の変化も、好いた女の喜怒哀楽も、読み違えることはない。
だからこそ薄い一枚の襖がもどかしく思った。
下げられた眉尻の下で、細められた目が鈍く光る。
「……でも、秘密なんて言われると見たくなるねぇ」
こんな時でなければ彼女に悪戯なんてできないと低い声でそう言って、襖の引き手に手をかけわざと音を立てる。
咲の霊圧がぴくりと揺れた。
これはかなり動揺しているらしい。
女将がくすりと笑う声もする。
「もう少しお待ちくださいね」
「はいよぉ」
目尻は切なげに下げ、口の端はにんまりと上げ、男は襖に背を向け、表の方へと戻っていった。
「あの……」
「なんだい」
穏やかな焦茶色の瞳が自分を見おろす。
いつもの派手な色味とはまるで違う熨目色の落ち着いた着物は、彼を別人のようにも見せ、この姿が本来のようにも見せた。
隣の温もりが空気を介して伝わってくるような距離。
戸惑いさえも伝わってしまうことだろう。
「なぁに気にしなさんな。
ボクが勝手に選ばせてもらった着物だよ」
そっと宥めるような声色に、小さくなる。
「でも、申し訳なくて」
「ならまた出かける時に見せてくれればいい。
目の保養になるさ」
「保養だなんて、まさか」
自分に向けられるあまりに穏やかな瞳に、咲は微かに頬を染めて俯く。
溢れた髪を耳に掛ける仕草を、京楽はじっと見つめていた。
「君は変わらないなぁ、ほんと」
吐息のような声におずおずと視線を上げる。
どちらともなく立ち止まっていた。
思ったよりもずっと近くに男がいた。
声とは打って変わって、視線はどこか鋭く暗い。
心の奥底まで見透かそうとする、浮竹とよく似た瞳。
彼らは何かを探ろうとしている。
表に出したつもりはないが、おそらく空悟や秀九郎の事に勘付かれた可能性が高い。
隠しても誤魔化しても無駄だろう。
彼らは鋭く聡い。
自分など、いくらでも掌で転がせる実力がある。
「ごめんなさい」
もう逃げるしかない。
全てにけりをつけ、知られても問題ない状況に早くしてしまわなければならない。
男は深くため息をつき、そして瞬歩で消えた女の残した微かな霊圧を浴びるように、歩みをすすめた。
「邪魔するよ」
「まぁ京楽様、それから卯ノ花様!
お久しぶりでございます」
2人がやってきたのは流魂街の老舗の呉服屋ーー緋真の奉公先だった店だ。
咲は片手をあげる京楽の後ろでぺこりと頭を下げた。
前を歩く背中は僅かに咲を振り返る。
菅笠を被っていないのに、京楽は癖のように顔の少し上に手を上げて、それから所在なさげに前髪をかき上げて困ったように笑った。
笠を少し持ち上げるつもりだったのだろう。
おかしくて咲もくすりと笑った。
死覇装では悪目立ちする為、2人は私服で訪れたのだ。
「今日は彼女に仕立ててもらいたくてね。
何、緋真ちゃんのお披露目に来ていく服なんだけどさ」
「まぁ、それは張り切らねばなりませんね」
「だろう?
きっとここで仕立てたと知ったら、あの子も喜ぶよ」
「さぁどうぞどうぞ」
「お邪魔します」
「桜の季節だから、それに合う色味がいいね。
でも落ち着きは欲しい」
奥へと進む京楽の後ろをついていく。
既製品を購入することはあっても、着物を一から作ってもらうことは少ない。
私服を着る機会も少ない身だから、手持ちの烈のお古で済ませようと思っていた。
そんなことを言えば京楽は、勿体無い、と眉尻を下げ、せっかくなのだからとここまで連れてこられた次第だ。
京楽には朽木邸の桜の庭木の上から覗かせてもらうことは伝えてあった。
「でしたらこの辺りか……」
主人が広げる反物は、どれも質もセンスも間違いない。
緋真が四大貴族の朽木家でも見劣りしない着物選びをこなせるに違いなく、奉公先に適切だった。
「これか、それかこれか……」
ずっと目を細め、真剣な眼差しで無骨な指が布地を示す。
彼は死神として刀を振るう時、誰をも寄せ付けない残忍なほどの切れ味を見せるが、こうして貴族らしく芸術に触れる時の真剣な視線もまた同じく玄人のようだと思う。
瞳に映り込む着物の柄までもが美しく、瞬きする様子までじっと見つめてしまう。
「この柄がいいな。
もう少し藤色に近いものはあるかい」
「少々お待ちください」
「おっと、君の着物なのにボクばかり見ていては仕方ないな。
どうだい?」
ちらりと横目を向けられ、咲は困ったように微笑む。
彼の選ぶものに文句はない。
自分より彼の方がセンスが良いことは知っている。
着物の柄よりも、彼を見ている方がずっと面白く充足感が得られるのだといえば、彼は笑うだろうか。
主人が新しく2種類の布を持ってきた。
「このくらいの色味がお好みでしょうか。
こちらの柄もございます」
「どちらも良いねぇ。
ふぅむ……どうだい」
彼に促されて近くで布地を見る。
藤色の生地に白を基調とした橘の刺繍が施されたもの。
それより少し淡い色で糸巻きの模様のもの。
扇面模様の美しいもの。
「どれも本当に素敵ですね」
「うん。
どれもよく似合いそうだ。
いっそのこと全部作るかい」
耳元で囁かれ、思わず首をすくめた。
「そんな贅沢な。
貴方の方がセンスがいいから選んで欲しいな」
「お姫様の願いとあらば」
「また冗談を」
2人は顔を見合わせて笑った。
「選んでおくよ、その間に採寸してもらうといい」
促されるまま、女将に連れられて部屋に入った。
肌着になって採寸してもらう。
慣れないもので照れ臭い。
「お幾らくらいになりそうですか」
「京楽様がご内密にと」
彼が内密にと言うという事はおそらく、彼が支払うつもりなのだろう。
「そんな」
「お待ちください、まだお着物が」
慌てて部屋を出ようとして、肌着のままであったことを思い出し、慌てて着る。
女将が小さく笑った。
「そう慌てずに。
感謝の言葉を伝えるのに遅れることなんてまだありませんから」
「違います、私は同期のよしみで世話になってばかりなんです。
だからこれ以上はあまりに申し訳なくて」
「おや」
女将は驚いたように手を止め彼女を見つめた。
今まで京楽の贈り物を用意したことは数知れず。
だが、こんな風に彼が念入りに選ぶのは初めてだ。
その表情からも、彼女に並々ならぬ思いを傾けていることは明白。
対して贈られる方はと言えば、贈り物を拒む、それもただの同期としか思っていない。
こんな女性を見たのは初めてだ。
これはもしかすると、京楽のほうがかなり熱を上げているのだろう、と一人納得する。
得意先であれば、彼の恋を応援するのは当然の事。
女将は小さく微笑んで、止めていた手を再度動かした。
「こういうことは、受け取られるほうが喜ばれますよ。
申し訳ないと思うのならば尚の事、受け取られてはいかがでしょうか。
そしてその意味を少しでも考えられたほうが、喜ばれることといます」
「意味……?」
次に手を止めたのは咲だった。
「はい、着物を贈られた京楽様の想いです」
かなりストレートに指摘され、咲は先日彼の離れでの出来事を思い出し、かあっと頬を染めた。
その様子に、思っている程のお節介は不要かもしれない、と女将は微笑ましく思う。
「そんな、私は、ただの、ただの同期で……本当に」
「どうしたんだい?」
ふいに襖を挟んだ向こうから聞えた京楽の声に、咲は肩を震わせるほど驚き、女将を笑わせた。
「女同士の話ですよ、京楽様」
「そう?
それは残念」
そっと襖に指を滑らせる男。
霊圧の変化も、好いた女の喜怒哀楽も、読み違えることはない。
だからこそ薄い一枚の襖がもどかしく思った。
下げられた眉尻の下で、細められた目が鈍く光る。
「……でも、秘密なんて言われると見たくなるねぇ」
こんな時でなければ彼女に悪戯なんてできないと低い声でそう言って、襖の引き手に手をかけわざと音を立てる。
咲の霊圧がぴくりと揺れた。
これはかなり動揺しているらしい。
女将がくすりと笑う声もする。
「もう少しお待ちくださいね」
「はいよぉ」
目尻は切なげに下げ、口の端はにんまりと上げ、男は襖に背を向け、表の方へと戻っていった。
「あの……」
「なんだい」
穏やかな焦茶色の瞳が自分を見おろす。
いつもの派手な色味とはまるで違う熨目色の落ち着いた着物は、彼を別人のようにも見せ、この姿が本来のようにも見せた。
隣の温もりが空気を介して伝わってくるような距離。
戸惑いさえも伝わってしまうことだろう。
「なぁに気にしなさんな。
ボクが勝手に選ばせてもらった着物だよ」
そっと宥めるような声色に、小さくなる。
「でも、申し訳なくて」
「ならまた出かける時に見せてくれればいい。
目の保養になるさ」
「保養だなんて、まさか」
自分に向けられるあまりに穏やかな瞳に、咲は微かに頬を染めて俯く。
溢れた髪を耳に掛ける仕草を、京楽はじっと見つめていた。
「君は変わらないなぁ、ほんと」
吐息のような声におずおずと視線を上げる。
どちらともなく立ち止まっていた。
思ったよりもずっと近くに男がいた。
声とは打って変わって、視線はどこか鋭く暗い。
心の奥底まで見透かそうとする、浮竹とよく似た瞳。
彼らは何かを探ろうとしている。
表に出したつもりはないが、おそらく空悟や秀九郎の事に勘付かれた可能性が高い。
隠しても誤魔化しても無駄だろう。
彼らは鋭く聡い。
自分など、いくらでも掌で転がせる実力がある。
「ごめんなさい」
もう逃げるしかない。
全てにけりをつけ、知られても問題ない状況に早くしてしまわなければならない。
男は深くため息をつき、そして瞬歩で消えた女の残した微かな霊圧を浴びるように、歩みをすすめた。