墨染桜編
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「やあ、久しぶりだね」
かけられた声に振り返り、桜花の間から下を見下ろした。
今咲が座っているのは庭の隅にある桜の巨木で、ひっそりと、しかし華麗に花を咲かせている。
それに隠れてしまうような藤鼠色の着物に身を包み、気配を消す咲に気づく人などいないだろうと高を括っていた。
見下ろした先にいる正装に身を包んだその人は、この場らしい晴れやかな笑みを綺麗に作っていた。
咲は慌てて飛び降り片膝をついて頭を下げた。
あたりにはもう人影はなく、ただただ余韻に浸っていた咲と、朽木家のものが片づけに数名残っているだけであった。
「やめておくれよ、今日はただ、二人の若者の門出を祝う参列者じゃないか。
僕も、そして、君も」
さっと咲の身なりを示すように視線が動かされ、少しの躊躇いの後立ち上がる。
彼の言う通り、それは美しく仕立てられた真新しい着物で、京楽に連れて行かれた緋真の奉公先でしつらえてもらった。
控えめだが今日の式に相応しい品だ。
おずおずと見上げると、相手の瞳の奥に灯る慈しみに、咲は彼もまた同じ感情なのだと目を細める。
「素晴らしい式だったね」
「はい」
四大貴族ともなれば、結婚に当たって世間へのお披露目は欠かせない。
それが今日、美しい桜咲く庭で執り行われたのだ。
白哉の両親である蒼純と月雫の時には、その美しさを伝え聞いたものだった。
今回参列することは新郎新婦たっての願いではあったが、流石に罪人が座することは辞退した。
ただでさえ流魂街出身の新婦だ。
必要以上に波風を立てたくなかった。
その代り、約束通り木の上からこっそりと覗いていた。
それに気づいた2人はひどく嬉しそうにはにかんだものだった。
藍染はゆっくりを歩き出し、咲もそれに従った。
「君も思い出していたんだね、蒼純副隊長のことを」
「……はい」
「覚えているかい、例の案件では僕の部下と君がともに任務に当たったろう。
あの部下の話に涙ぐんでいた君のことも、思い出したんだ。
君は覚えていないかもしれないが……」
咲は驚いて目を見開く。
当時彼の部下として五番隊に所属していた如月。
獏爻刀の研究に携わり、多くの被験者の命を奪う悲惨な研究を告発をしようとして死んだ妹の無念を晴らすべく、生きて潜入任務を成し遂げると言い切った時のことだ。
なぜ涙ぐんだのか、彼は後日、咲に尋ねた。
ー実を言いますと、私は怨まれる側なんです。私を怨む子が、あの方のようにご立派になられる事を、思わず願ってしまいましたー
ー君にとって、その子はとても大切な存在なんだね。
辛い覚悟を決める程ー
ーはい。とてもー
確か、そんなやり取りをしたはずだ。
「……いえ、覚えておりますが、まさか藍染隊長が覚えていらっしゃるとは」
「覚えているさ、印象的だった」
そのしっとりとした、いつもより幾分低めの声が思ったより近くでして、驚いて顔を上げる。
「今日も」
ふと彼の指の腹が目じりを撫でてまた眼を見開く。
それを見た男は、嬉しそうに微笑んだ。
「それほど彼らの姿は、君の心に響いたかい」
「……っはい。
願った通り、ご立派になられました」
ー死をただの怨みに終わらせず、その命を奪った悪を絶つ道を、そして自分の生きる道を見据えていらっしゃいます。
覚悟をされているその強さに心打たれましたー
その時に言った、まさにその通りになった。
男は、そうか、と心から嬉しそうな表情で頷いた。
「奥方も美しいお方だったね。
流魂街出身と噂では聞いたが、上流貴族のご令嬢だといわれても何一つ疑うことができないよ。
あの頑固で仏頂面の朽木副隊長と、いったいどんな恋物語があったのやら」
くすりと笑う姿に、咲もつられて笑った。
「確かに、傍から結果だけを見ると疑問しか湧かないでしょうが、あのお二人にはきっと、あのお二人しかありえなかったのでしょう」
「訳知り顔だね」
「幼いころよりお二人を存じ上げておりますから」
「幼馴染なのか!」
「これ以上聞かないでください、副隊長に叱られてしまいます」
そう困り顔でいえば、藍染は目を細めてそっと背を屈めて咲の耳に口を近づけた。
「では僕たち2人だけの秘密だね」
掛かる吐息に思わず耳を抑え、見上げる。
相手が楽しげに笑うものだから、思わず赤面する。
年甲斐もないその初心な仕草をしてしまったことがまた、恥ずかしさを増長させた。
「飲んでいらっしゃいますね」
取り繕うように慌ててそう言う。
「祝宴だからね」
まだ笑いが収まりきらない様子のまま、そう流し目で言われ、顔を背ける。
彼の人柄故に、多くの人から好かれている。
隊長格の中では特に親しみやすく、だがその実力は本物だ。
だがそれを鼻にかけることはしない。
一人ひとりの隊士と誠実に向き合う姿は、隊長の鑑ともいえるだろう。
当然多くの女性からも、また違った意味で、人気である。
そんな彼だ。
こんな触れ合い等遊びのようなもので、それに転がされる自分が、咲は恥ずかしかった。