墨染桜編
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「返事を聞きに来た」
枕元に立つ美しい男を、緋真は臆することなく見上げた。
彼は美しさだけではなく、富も権力も力も全てを手にしていた。
それでも尚、努力を怠らない精神力をも持ち合わせていた。
今に至るまでの己の弱さを克服する、その涙ぐましい努力を傍らで見つめてきた。
彼女はこの男を超える人間を、知らなかった。
それほどまでに尊敬し、同時に愛してきた。
だから答えは、決まっていた。
「前と変わりありません。
貴方の家にご迷惑をかけるような真似をしてまで生きたくはありませんし、万が一の事の覚悟は出来ています」
町医者に匙を投げられたとは思えないほどはっきりした声だった。
だから白哉は、いつもすくりと伸びているにも関わらず、姿勢を自然と改めた。
そして静かに手をつき、頭を垂れた。
驚いたのは緋真だ。
慌てて床から体を起こし、その肩を押す。
その力はあまりに弱弱しく、白哉はピクリとも動かない。
「白哉様、何を」
「違うのだ、私が耐えられんのだ」
絞り出すような声に、男の後頭部を見つめる緋真は目を見開く。
「お前がおらぬ世界で私は生きて行くことはできない。
想像さえつかぬ。
どうか頼む。
お前の為に手を尽くしたい。
出来ることを全てしなければ、私は己を恨み辛むだろう。
死ぬまで己を呪うだろう。
だから緋真、私と共に生きてくれ。
職務がある為常に隣にあることはできん。
それでも出来る限り共におり、お前を幸せにすると誓う。
お前の言う通り四大貴族の肩書きが予想できない多くの苦難がお前を襲うやもしれん。
それでも私は、お前と共に在りたい。
お前を不幸にしても、共にありたいのだ。
お前がいれば、私は強くあれる。
全ては私のー-私の我儘だ、分かっている」
そこまで一気にいうと、肩を抑える緋真の手をつかみ、わずかに顔を上げた。
「それでも、愚かにも願わずにはおられぬのだ。
頼む、私にお前の命をくれー-緋真」
緋真を見上げるその縋りつくような瞳を受けて、無意識に彼の頭に手を伸ばした。
そして一瞬ためらった後、そっと抱き寄せる。
男は女を包み込むよう、ひしと抱き寄せた。
緋真は白哉の背中に手を回す。
大きな背中だ。
いつもすくりと伸びた強い背中だが、今日は違う。
小さく震えているようにさえ、感じられた。
同じことを感じた日があった。
確か、父を#咲#に殺されたのだと、彼が告げた日であった。
その時、彼が闇に飲まれることのないよう、支えようと心に誓ったのは自分だった。
「……わかりました、白哉様。
この命の全てを、貴男に差し上げます。
身も心も、その全てをーー愛おしい貴男だから」