墨染桜編
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「若様はお気持ちを緋真様に伝えられましたか」
不自然に話を変えられて、白哉は小さな溜息をついた。
彼女にとってこの手の話題は避けたいものであることは知っているので、あえて深追いはしないことにしている。
「伝えているつもりだ」
「ただ結婚してほしい、というお話ではなくてですよ。
なぜ結婚して欲しいのか……貴族の掟を破ってまで、四大貴族の妻という重圧を強いてまでなぜーー彼女が押し殺した恋慕を掘り起こしてまで、なぜ」
白哉は黙り込んだ。
妻になってほしいと告げた日、緋真は泣いた。
それは嬉し涙ではなかったのは確かだが、その明確な理由は白哉にはわかってはいなかった。
彼女と激しい口論になる等、随分と久しぶりの事だった。
あの時、確かに妻になる事の利点や、今後の処遇について考えうる限り説明した。
彼女はそれを聞くことさえ苦しいようで、激しく拒絶した。
咲の言う気持ちや理由の話など、する間もなかった。
「素直になってください。
貴方がただ1人、選ぼうとしているのですから」
その慈しみの表情は、白哉と緋真、2人へのものだと白哉は感じた。
だからこそ少しの間を空けてから一つ、小さく頷く。
それに満足げに微笑んで、咲はずっと疑問に思っていた事を口に出した。
「そういえば、緋真さんのご病気はいったい?」
「お前にまだ言っていなかったか。
魂魄の一部に傷が付いており、それが長い時間をかけて体を蝕んできたらしい。
魂魄が傷つく事等、通常ではありえん話だ。
町医者は匙を投げたが、松本先生に頼めばおそらく何か治療のきっかけが掴めるのではないかと思っている」
咲の脳裏に緋真と出会った時の事が走馬灯の様に蘇った。
夕暮れ時の南流魂街78地区戌吊。
彼女を連れた人攫いは、おそらく虚化の実験台にされて死んだ。
その側にいた彼女は被害には遭わなかったと安堵したのだ。
あったのは外傷だけだと思っていた。
だが、
あの時にきちんと、例えば四番隊で見てもらっていればもしかしたらーー
「心当たりがあるのか」
静かな、でも黙秘を許さぬ声が咲の耳に届き、弾かれたように顔を上げる。
鋭い漆黒の瞳が、咲を見つめていた。
その瞳が、また過去を思い出させる。
謎の
もしかしたら、その謎を解く手掛かりになるかもしれないという考えが頭をよぎる。
そして同時に、やはり早くに緋真を四番隊に診せていればあの悲劇も起こらなかったのではという一抹の可能性にーーそれが一抹の可能性に過ぎないにも関わらずーー息が詰まるほどの後悔を覚えた。
「隊長には……私の方からも申しあげます」
何とかそう絞り出す。
「どうした、顔色が」
立ち上がった白哉の、大きく節張った、色白の手が伸びてくる。
その手が昔、自分の頭を撫でてくれた蒼純の手に重なって、思わず後退した。
その足音で我に帰る。
目の前にいるのは彼の愛息であると。
顔を見ることを怖れ、俯く。
これ以上平静を欠くわけにはにはいかない、と。
「失礼します」
咲は深く頭を下げ、瞬歩で姿を眩ました。
虚しく宙に止まる手をそっと下ろし、白哉は表情を険しくした。