墨染桜編
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「そんなことが……」
言葉を失う咲から白哉は目を逸らした。
咲は、銀嶺が霞大路家の件を知りながら、愛息の生きる間はその息子への思い故に調査を行わなかったのだろうと確信していた。
隊長としての銀嶺自身がそれを許せない為に決して口にすることはないが、それが真実だと信じている。
だが白哉はその真逆を思っているのだ。
それを知ってなお、銀嶺が真実を口にしないと言うのならば、咲が勝手にものを言うべきでは無い。
言うべきではないけれど、このすれ違いはあまりに辛い。
咲は少し言葉を探して、口を開いた。
「銀嶺隊長は、本当に蒼純副隊長を大切にしておられました。
大切に、心から大切になさっておいででした」
「嘘だ。
では何故……何故霞大路家の妻などを!」
咲は虚をつかれたように目を見開いた。
その一言に、彼の苦悩を見たからだ。
白哉も口を滑らしたと思ったのか口をつぐんで目を見開く。
沈黙が舞い降りた。
「……愚かと思うか。
こんな齢になってなお、母の生まれをーー己の生まれを問うとは」
項垂れた姿と低い掠れ声に、咲は首を振る。
祖父の命令により父が潜入の為に結婚した相手から生まれ、大きな闇を孕む家の血を引くのだとしたら ーー その事実はどれ程彼の誇りを傷つけただろう。
どれ程の悩みを生んだだろう。
朽木を背負うと今まで血の滲むような努力を重ねた自分は、本当に相応しいのだろうかと。
そもそも自分は、望まれて生まれてきたのだろうかと。
母のいない彼が、父を喪った彼が、次期当主の重圧に耐え必死に励んできた分、その事実は胸に突き刺さったに違い無い。
それは彼が大人であろうと副隊長であろうと、1人の人である以上無理もない話だ。
「私は、若様のお母様にもお会いしたことがあります。
蒼純副隊長とその奥方様は幼馴染であったそうです。
それは美しくて強いお二人で、本当にお似合いでした。
誰よりも互いを深く愛しておられた。
だからこそ後妻をとられる事もなく、ただたった1人の貴方と言う御子を育てられたのではないでしょうか」
貴族であれば子供は複数持つのは当たり前だ。
血を絶やさない為にも、保険をかける必要がある。
だが、白哉は一人っ子だ。
それは、蒼純がいつしか母の事で悩むであろう愛息へ、人生と朽木家をかけたメッセージだったに違いない。
「亡き妻への愛と、貴方への信頼故に」
白哉は静かに目を閉じて、俯いた。
「……許せ。
くだらん戯言だ」
きっと消化するには時間のかかる話だ。
それでも彼は前を向かなければならない。
朽木家次期当主として、副隊長として。
咲にできるのは、彼の父との最期の約束通り、ただ彼に忠義を尽くし、守る事だけだ。
「私にとって、若様のお言葉ひとつたりともくだらないことなどありません」
そう言えば、白哉は僅かに顔を咲に向け、目元を緩ませた。