学院編Ⅲ
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「入隊試験合格、おめでとう」
そう言って微笑むのは、京楽家の当主。
つまり、春水の兄だ。
「ありがとうございます」
京楽が頭を下げる。
「このような会を催してくださり、光栄です」
続いて浮竹が言い、咲はそれに従って頭を下げる。
「君たちの力を生かしていくのはこれからだ。
これから死神としての誇りを胸に、任務についていきなさい」
「はい」
入隊試験合格を知った京楽家が、浮竹と咲を誘い、宴を開いた。
それぞれの家族も招かれている。
京楽と浮竹には入隊と同時に席も用意されているということで、家族の歓びは大きいだろう。
咲はいつもの練習が姿とは打って変わって慣れぬ華やかな着物に身を包む。
自分には似合わないのではないかという不安をよそに、彼女は誰から見ても貴族の娘であった。
隣に座る浮竹と京楽も、家紋の入った正装に身を包んでいる。
若々しい3人の姿は、誰が見ても褒めることだろう。
「空太刀」
桜に見入っていた咲はその声に振り返る。
「京楽くん、浮竹」
静かに2人に歩み寄る。
着物のせいか、その歩き方はいつもよりもずっと女性らしく、薄く施された化粧もとても美しかった。
そっと手を差し出す京楽。
他の女性に見せるデレンとした風ではない。
紳士的な落ち着いた表情。
少し伸びていた髪も後ろに流して整えられ、思慮深そうな瞳が優しく細められる。
「いい加減、ボクも呼び捨てがいいな」
咲は目を瞬かせてから、恥ずかしげに微笑んだ。
「……京楽」
「よし、いい子だ」
そして咲は戸惑いがちに、そっと手を重ねた。
「庭に、降りよう」
浮竹の提案に、2人もうなずく。
桜の木が、池に花弁を散らす。
「美しい」
浮竹は伸び始めた髪を後ろでゆるく束ねていた。
長めの前髪に桜の花弁が触れたが、それは一瞬で風に煽られ、静かに池に落ちた。
「ほんと……だ、ごめんなさい。
浮竹も綺麗だよって言おうと思っていたら足を滑らせちゃった」
「大丈夫か、挫いてないか」
「うん」
吐息まで聞こえる距離で、美しい漆黒の瞳が甘えるように細められる。
焚き染められた香、それを介して伝わってくるような彼女の淡い体温、衣擦れの音ーー普段稽古で触れ合うことだってあるはずなのに、頬に朱が差す。
そっと彼女の姿勢を立て直すのを手伝ってから思わず顔を背けた。
「全く、浮竹ったら可愛いねぇ」
手すりに肘をついて年寄り臭く呟く友の助け船に思わず喰らいつく。
「う……うるさい!」
そうでもしなければ真面目な自分は切り抜けられそうに無かった。
「こういうときはね、『美しい君と釣り合うために努力してるんだよ、これでも』って言うのさ。
そうしたら女の子は喜んでくれるんだよ」
大人の男らしい顔をする京楽に、浮竹はどこか恥ずかしくなって赤い顔を桜に向けた。
「護廷に入れば、いろんな男性に会うと思うけど、甘い言葉になんかのっちゃだめだよ。
浮竹みたいな奥手な方がずっといい」
「お前っ黙っていればっ……」
「京楽は褒めてるんだよ、浮竹のことを。
でも、私なんかにそんな甘い言葉をささやいてくれる人なんていないから大丈夫」
笑いをこらえながら咲はそう返す。
「そんなはずないだろう。君はこんなにきれいなのに」
「そんなことないわ。京楽さまこそ、春の精のよう……」
そして2人はおかしそうに笑った。
そう、この会話は決して恋人同士のものではない。
友人としての冗談。
それを3人はよく分かっている。
「もう空太刀、呼び捨てにしろって言ったよね」
「あ、ごめんなさい」
「浮竹も、ずっとそっぽ向かないで。
ほら、向こうの橋の方に行こう。
眺めがいいんだ」
京楽が歩きだす。
咲は小さく首をかしげて浮竹を見上げる。
「ああ」
浮竹も歩きだそうとして、ふわりと降りてきた花びらに一つのことを思い出す。
「ちょっと待ってくれ。
縛道の六十三・鎖条鎖縛」
2人はその詠唱に、ああ、と思い出す。
「懐かしい」
浮竹は昨年よりずっと早くそして上手く花冠を作った。
それだけ、この1年で3人は練習を積んだのだ。
「ほら」
そっと咲の頭に乗せてやる。
「ありがとう」
嬉しそうに笑う姿も、ずっと自然になった。
貴族としての、先輩として京楽と浮竹を見ていた彼女は、友として見るようになっていた。
それが2人にとってとても嬉しいことだった。
たとえ主席や次席であっても、まだまだ自分たちは弱い。
たとえ席が用意されていようと、経験の浅い自分達が、どれだけ生き残れるのだろう。
血に魘される恐怖に、これからも縛られ続けるのだろう。
それでも、自分たちで選んだ道から、引き返すことはできない。
出来るはずがない。
そのなかで、肩を寄せ合える存在が、何よりも大切だった。
庭に出ていく子供たちの姿に、室内に残る保護者達は顔を見合わせて微笑み合った。
「本当に、咲がお世話になりました」
卯ノ花が軽く頭を下げる。
「いや、礼を言わねばならぬのはこちらの方です。
咲さんに触発されて、うちのもようやく勉学に集中してくれたのだから」
京楽の兄はくくく、と楽しげに笑った。
「十四郎も、毎日がとても楽しいと漏らしております。
病のことも、時には忘れたようにのびのびとしていて。
親として嬉しいばかりです」
朗らかな様子が息子とよく似ているのは浮竹の父親だ。
「咲も本当に毎日が楽しいようです。
ああして笑顔でいられるのも、お2人のお陰」
思い出すのは初めて出会った日のことだ。
細い小さな体で、必死に戦っていた、小さい獣のような、少女だった。
(本当に、変わった)
それはどこか親としての感慨深さに似ている。
「それにしても、咲さんがあれほど美しいお嬢さんだったとは」
「それは私も驚きました。
群を抜いて優秀だとお聞きしておりましたので、あのような可憐なお嬢さんだったとは露知らず」
2人にそう言われて、卯ノ花も悪い気はしない。
「まぁ、お上手ですね」
などと言って笑ってみせる。
「ただ少し心配ですね」
護廷に入れば危険な任務が多いこと、男性が格段に多いこと、荒くれ者も多いこと、そして反乱勢力が力を増してきていることーー不安はあげ出したらキリがない。
特に烈らのように護廷に所属していない一介の下級貴族である浮竹の父親には、特に危険に思えるのだろう。
「大丈夫。
あの子は強い子だと、私は信じています」
「そうですね。
それにほら」
転びかけた咲を支える浮竹を見て京楽の兄が笑みを深める。
「彼女を十四郎君も守るさ。
もちろん、うちの愚弟もね」
そして赤くなる姿を見て思わず笑う。
「春水さんもとても素敵ですよ。
さっきのエスコートも、とてもお上手で。
ほらまた」
「どうせまた甘い言葉でも囁いているんでしょう。
どうも軽くていけません。
十四郎君のような、まっすぐな青年のほうがずっと心地よい」
「いえいえ、あいつはどうも頑固で。
春水殿のような柔らかさを身につけてもらいたいばかりです」
「何を。ほら見て御覧。
十四郎くんもなかなかのやり手ではないですか」
浮竹が咲に冠を乗せてやるのをみて、京楽が言う。
「昨年の花見の際、咲殿に教えていただいたそうです。
帰ってから妹に作ってやろうと何度も練習しておりました」
「それであんなにうまく作れるのか」
子どもの様子とはいくつになっても見ていて飽きないものらしい。
「春水は、ああ見えて今まであまり友達がいない方でした」
京楽がぽつりと、淡い微笑みの中呟く。
「兄としても嬉しいのですよ。
己を高めあえる優秀なお友達ができた。
命を張ってでも、守りたいと思える仲間ができた」
「十四郎もですよ」
浮竹も頷く。
「あの子は体も満足に生んでやれなかった。
なのに長男としての期待も、役目も、全てを負わせている。
あいつの真っ直ぐな気質を利用するような気がしてならないんです。
……でも、お2人に出会って、いい顔をするようになりました。」
「そんなことをおっしゃるなら、咲もそうですよ。
あの子は人らしくなった。
笑うようにもなって、安心を知って、独りで切りぬけるのではなく守られることも知った。
私ばかりを追いかけてくれないのは少し寂しいですが」
3人は穏やかに目を細める。
「護廷も大変な時代だが、かけがえの無い仲間に出会える事ほど幸せな事はない」
「私もその過酷さは聞き及んでいますが、仲間の存在が何より心の強さになるでしょう」
烈は深く頷く。
今日こそ宴のため死覇装ではないものの、四の字を背負う烈の背中は常に隊長の物に変わりない。
「私も、3人の絆が彼らの命を護ることを信じています」
重い空気を変えるかのように京楽がふっと笑った。
「さてさて、将来咲さんを、果たしてうちの春水が捕まえるか、十四郎くんが捕まえるか。
これはなかなかの見ものですな」
目を細める京楽は、一当主ではなく、弟の将来を思う兄の顔をしていた。
「どちらにもつかまらぬやもしれませんよ」
浮竹がくすりと笑う。
「いずれにせよ、この絆が彼らを救うでしょう。
若き未来の命も、心も」
烈の言葉に、他の2人も穏やかに頷いた。