墨染桜編
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「やぁ、いいかい?」
「遅かったな」
「悪いねどうも、仕事が片付かなくてさ」
「それはご苦労さん」
京楽は軽い音を立てて、雨乾堂の屋根の上に立った。
浮竹が盃片手に労いの言葉をかければ、腰に手を当てながら上から下まで眺める。
眺められた方は何事かと動作を止め、見つめ返した。
「何だ?」
きょとんとした顔に京楽は違和感を覚えた。
てっきり相手は浮竹で間違い無いと思っていたのだ。
彼はこう見えて隠し事は得意だが、京楽に対して隠し事はしない。
その辺りははっきりとしている。
「君、咲を抱いたかい」
念のためそう尋ねると、浮竹は瞠目の後激しく咽せた。
呼吸の仕方を間違えたらしい。
「俺は……そんな、器用じゃないぞ」
「だよねぇ、ごめんよ」
息も絶え絶えに言う姿に、嘘偽りがない事を確信する。
「やはり白か。
じゃあ誰が」
「ちょっと待てどういうことだ」
一気に空気が冷えたので笠を脱いで腰を下ろす。
この男も大概だ、と。
「飲みながら話そうよ」
酒瓶を振る京楽に浮竹は鋭い視線のまま盃を一つよこす。
やや乱暴に渡されたそれに酒を注ぎながら、京楽は口を開いた。
「あの様子は間違いない、他の男ができた時の顔さ。
その時はてっきり君だろうと思ったんだけどね」
浮竹は黙った。
それがどんな時の様子なのか、尋ねないのは彼なりの意地だった。
彼女が親しい異性といえば自分達2人の他には白哉くらいなものだが、彼がただの弟分かあるいは上司であることは間違いない。
彼の父であれば、ともすれば、とも思ったが既に故人だ。
そういえば、と浮竹はいつか彼女が雨乾堂に訪れた時から雰囲気が変わった事を思い出す。
あれは確か、現世へ行った後ではなかったろうか、と。
ふと2人が顔を見合わせてから同じ方向を向いた。
「噂をすれば……」
京楽の呟きと同時に、2人の視線の先に姿を表したのは咲だった。
その憔悴しきった様子に違和感を覚える。
当の本人はと言えば、2人に気づかない様子で少し歩いて、また瞬歩をしようとする。
浮竹はそれより一瞬早く、彼女の横に瞬歩で移動しその手を取った。
「おい待て」
はっとしたようにあげられた瞳がぶつかる。
青褪めた顔に眉を顰めた。
「やぁ、どうしたんだいそんなに慌てて」
少し離れたところから歩きながら京楽が声をかけた。
「蒼純副隊長が……助かったかもしれないんだーー」
思いがけず出てきた名前に一瞬戸惑う2人であったが、どうやら様子から見て話は全く違うらしい。
「あの時四番隊に行っていればーー」
「落ち着け咲」
両肩を強く持ち、顔を覗き込む。
忙しなく動いていた瞳が、ようやく鳶色を捉えた。
そして掠れた声で疲れたように呟いた。
「浮竹……ごめん、取り乱して」
「何もかも全て過去の話じゃぁないか」
過去の話であるはずのそれが、何かしら現在につながっているのかと無意識に京楽は鎌をかけ、愛しい彼女にまで無意識にそんなことをする自分に僅かに苛立った。
「そうなんだ、そうなんだけれど、例え過去であっても……焦らずにはいられなかったんだ」
そして咲はようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「その……なんだ、酒でもどうだ」
浮竹のその誘いに、咲は少し考えてから力なくうなずいた。
そしてその視線が外れた瞬間、京楽と浮竹は目を見合わせ、微かに頷きあった。
彼女がこれ程までに取り乱すことは珍しく、また浮竹はその根本に何がしかの違和感を確信していた。
「まとめるとこうだ。
君はそれが
もし緋真ちゃんをー聞こえは悪いがーその当時研究していれば、蒼純副隊長の虚化を防げたのではないか、と」
場所を室内に移して正解であった。
話は予想をはるかに上回る、秘密を重ねた重要な案件であった。
まさか蒼純の死にそんな秘密が隠されていようとは、浮竹も京楽も思いもよらぬことであったし、咲もうっかり口を滑らせた自覚があり、項垂れた。
「お前は朽木家の誇りのために黙秘するためであっただろうが、こういうことは頭数が多いほど事が起きた時の対応も迅速になってくる。
今俺たちに話してしまったことがいつか良い結果を生むことを、約束するさ」
その項垂れる肩を叩き、浮竹は慰めた。
「そうだよ。
副隊長の死は痛ましいことではあったが、君が緋真ちゃんに対して違和感を覚えなかったのは仕方のないことだ。
魂魄の傷なんて気づきようもないし、流魂街の住人を四番隊に診せる事は異例。
それも魂魄の傷に気が付けるのなんて、卯ノ花隊長か山田副隊長クラスでなければならないが、そんなこと到底できるはずがない」
「言い訳はいくらでも並べられるんだ。
……副隊長は還ってはこない」
「そうとも、だからこそボク達はその惨事を繰り返さないよう努める必要があるのさ。
……あの事件の結末に違和感を覚えたのが誤認ではなくてよかった。
あの後も虚化案件が生じていることとなると、いろんな物事の見方が変わるからね」
盃をくるりと回しながらそう低い声で言う京楽に咲は目を向ける。
「何か心当たりが?」
問いかけられた方は目の前の二人を見つめ、少し迷った。
「いや、口にするのは止めておくよ。
真になることが恐ろしいからね」
「事が起こってからでは遅いぞ」
「ボクの思った”もしも”で実現したことは一握りさ。
たくさんのもしもは、君も想像しているだろう。
でも口に出さない。それと同じだ。
口にすれば偏見が生まれる。
その偏見をさらなる隠れ蓑に、”もしも”が進むほうが恐ろしい。
君たちはまだ、聞かないほうが世のためってことさ。
何かあるかもしれないとだけ、思っておいておくれよ。
君も銀嶺隊長に報告する際には、誰にも聞かれないよう十分注意したほうがいい」
2人に見つめられ、咲は深く頷いた。
「念のために聞くが、これは卯ノ花隊長もご存じなのか」
浮竹の問いかけに咲は首を振った。
「蒼純副隊長のことはご存じですが、緋真さんのことまではまだ」
「そうか、だがあの方ならば知っても差し支えはないだろうね。
じゃあ後は銀嶺隊長に伝えたら、ボクら含めて5人、か」
「志波副隊長も蒼純副隊長のことまではご存じです。
最期をともにしましたから」
「成程」
京楽と浮竹は顔を見合わせて一つうなずく。
秘密を知るほどの仲の男がいないことを確認するためにかけられた鎌であることなど、咲は知る由もなかった。