学院編Ⅲ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
時が止まったように静まり返った森の中で、三つの荒い息だけが響く。
京楽は思い出したように咲の隣にやってきて、絡みつく木の根を切り落とした。
暗闇に銀の刃が光る様子に、浮竹は目が離せない。
美しい弧を描く太い刀は実に彼らしく頼もしい。
(まるで、失った俺の代わりのように……)
そこまで考えて、目を見開く。
(俺は、また!!
京楽に命を救われていながらっ!!)
自分の醜さに浮竹は目を京楽からそむけ、人知れず地面に爪を立てる。
爪がめくれる痛みに、ジワリとにじむ赤に、京楽の言葉を思い出す。
ー君の弱さが身体なら、それを補う何かを身につければいいー
彼はそう言った。
ーその危険を逃れられるよう、努めればいいー
へらりと、笑って。
ー幸い、君は頭がいいし、勘もいいー
目の前の思慮深げにじっと刀を見つめる京楽の姿からは喜びが微塵も感じられない。
あの時の笑顔はどこに消えたのだろうか。
なぜ誇らしげに自分達を見ないのか。
ーその上人望と、相談相手兼練習相手が2人ー
(……そうか)
京楽はもうこの先を見ている。
思慮深い瞳は常に、先を見ているのだ。
浮竹は、ふっと手の力を抜く。
ツキリと、今まで感じていなかった痛みが走った。
愚かで醜い己と、未来へ伸びゆく馬鹿な友に。
「これで、もう心配いらない」
京楽が、刀から目を離し、静かに言った。
暗い森の中で立つ京楽が、浮竹を見下ろす。
その焦げ茶色の瞳はしっかりと鳶色を捕える。
「ボクはもう、君に守られる必要はない」
その言葉に、彼が今までどれほど始解ができないことを悔んでいたかが伝わってきた。
「だから君は、必死にボク達を追いかけてくればいい」
傲慢にまで聞こえるその言葉は、浮竹と京楽の信頼があるからこそ、生まれた言葉だ。
相手を蔑むための言葉でも、自分を強く見せるための言葉でもない。
事実を述べたまで。
隣を見れば、咲も顔を引き締め、ひとつ、頷いた。
意志の籠った黒い瞳が、浮竹をじっと見つめる。
始解を持つ者と、持たない者。
それは、もともとある剣術や鬼道の腕の差を超える、大きな大きな戦力の差となる。
でも、京楽は言った。
追いかけてくるようにと。
その言葉は、追いつくことを暗示させてさえいるように聞こえた。
思慮深げな瞳は、それを望んでいた。
(ボク達を守るために、浮竹は無理をしなくて済む。
君の命は、ボクが守る。
追いつくまで君は、必死にもがいていればいいんだ)
(浮竹は絶対追いつける。
3人で決めたから。
一緒に護挺に行こうって、決めたから。
浮竹は絶対に、約束は違わない)
その思いが届いたかのように、浮竹は顔を引き締め、咲を見、京楽を見上げ、頷いた。
「一生、羨むぞ」
にやりと笑う。
いつかも彼にそう言った。
自由な彼を、これ以上無理だと思う自分をなお苦境へと導ける彼を、一歩先を行く彼を、羨む、と。
そして今日、それにまたひとつ、始解ができると言うことが加わった。
いっそ妬ましいほど羨ましい。
そして彼のような友がいることが、泣きたいほど、嬉しい。
京楽はようやくへらりと笑った。
咲もほっとしたように淡く微笑む。
「それはこっちの台詞かな」
今の自分のどこを羨むのか、浮竹には分からない。
でも唯一つ、京楽にはないものは知っていた。
(俺は、最高の、友を2人も持つ)
それは誰にも負けない自慢だ。
京楽と空太刀の2人の友は、誰にも負けない自慢。
京楽自身には、そんな賢くて強くて頼りになる友はいない。
(俺がそうだと言ってもらえるよう、頑張らないとな)
京楽が、浮竹の隣に腰を下ろす。
そういう素直で優しいところに救われるから、そんな浮竹の人柄が羨ましいのだと伝えるようなことは、京楽はしない。
「はぁー。
なんだか疲れちゃった」
その言葉に、3人は顔を見合わせてから、小さく笑った。
いつもは見慣れない場所だけれど、3人集まれば元字塾の道場となんら変わらぬ空気に包まれる。
「ねぇ。
どうして動かなかったの?」
俯く京楽はぽつり、尋ねた。
夜風が3人の短い髪を遊んで通り過ぎる。
「京楽君が」
「お前が」
咲と浮竹は同時にそう言って、顔を見合わせ口をつぐんだ。
言いたいことは一緒なのだろう。
2人は京楽を見て、そして浮竹が再び口を開いた。
「お前が動くなって、言ったんだろう?」
京楽が困ったような顔を上げた。
「確かに、言った、けど……」
頬を掻くのは、照れた時の癖だった。
そこに一瞬で大きな霊圧が近づいてくるのを感じ、3人は立ち上がり、それぞれ斬魂刀に手をかけた。
そこまでするのが精一杯の時間だった。
「君達だとは」
耳に届いた声に、3人は目を見開く。
「朽木副隊長!?」
声を上げたのは浮竹だった。
蒼純はにこやかに微笑み、どうどう、と手を動かした。
3人は慌てて斬魂刀から手を離す。
「こちらで見慣れぬ霊圧が虚と戦っているのを感じましたから来てみたのだけれど、まさか君達とは」
「申し訳ありません。
あの後沖田三席に稽古をつけていただいた帰り道、途中で虚に襲われてしまいました。
すぐに帰ります」
咲が早口に説明し、頭を下げるので、浮竹と京楽も頭を下げた。
「それは大変だったね。
さぁ、頭を上げて」
ねぎらうような言葉に、3人は恐る恐る頭を上げる。
不安げな顔に、蒼純は微笑みかける。
「門まで送ろう。
また虚に狙われたら厄介だ」
歩きだす蒼純の背中を、咲が追いかける。
何かが引っかかると思い、浮竹は京楽を見る。
それはやはり京楽も同じらしいが、今突き止めるのは得策ではないと、首を振って伝え、2人も蒼純に続いた。
歩きだした4人の背中を、2人の老人が見つめる。
「これで京楽も始解に至りましたな」
銀嶺の言葉に、元柳斎は頷く。
「だが、まだまだじゃ。
その上浮竹の方は始解が使えん」
「そちらの方は何やら近藤隊長が対応すると、風のうわさでうかがいましたが。
なにせ凄腕の医者を紹介するとか」
「凄腕の医者?
……ふむ」
元柳斎は楽しげに笑いながら長いひげをそろそろと撫でる。
「入隊に間に合わせたいものじゃ」
消えていく3つの霊圧を、目を閉じながら感じる。
名残惜しさを感じているのは、銀嶺も同じだった。
「儂らにできなかったことが、あ奴らにはできる気がするから、の」