学院編Ⅲ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ふと、世界が変わった。
辺りを慌てて見回せば、それは建物の中のようでだ。
ここは建物の中心なのだろう。
見上げると、天井は吹き抜けになっているようだ。
何階建てなのか数えられないほど階数がある。
辺りを見回せば室内なのに川が流れ、橋がある。
赤を基調とするそれは、見覚えがある。
(郭に似ている、ねぇ……)
だが、ただのそれではない。
一歩足を踏み出せば、カタリと音がした。
見下ろし、羽子板を踏んでいた足をどかす。
そう、室内のあちらこちらにおもちゃが散らばっているのだ。
ーさぁ、遊ぼうじゃないかー
声がした方を振り仰ぐ。
3階の廊下の手すりに、艶めかしい独眼の女が腰をかけて煙管をふかしている。
にやりと笑う紅い唇が、魅惑的だ。
ー楽しく、ねー
京楽にもようやく状況が飲めてきた。
ため息をついて、無理やり笑みを浮かべた。
脂汗が流れているのが分かる。
そのくらい、必死だった。
「わかったよ。
遊んであげようじゃないの。
もちろんその代わり、名前、教えてくれるよね?」
世界がぐるぐる回る。
京楽を覗き込む女が、笑った。
ーいいよ、呼びな!ー
「花風紊れて花神啼き 天風紊れて天魔嗤う 花天狂骨!!」
京楽の姿がふいに見えなくなり、それに気を取られた咲は体勢を崩した。
引きずり倒されて足元を見れば、足が木の根に取られて動けない。
「空太刀っ!!」
絡みつき這い上がってくるそれは、土方が言っていた罠なのだろう。
様々な奇形種もいる虚との対戦に備え、事前に張っておくのだろうが、今は災難でしかない。
正面からは虚が好機とばかりに襲いかかってくる。
「くそっ!」
咲は木の根を斬り落そうと腕を振り降ろす。
何本かは斬り落とせたが、それだけで足はうまく抜けない。
地面に引きずり込まんばかりに動くそれに、覚悟を決め、自分の足を斬り落とそうと刀を振りあげる。
その腕を強く握る手があった。
「馬鹿野郎!」
鳶色の瞳が、闇の中で鋭く光る。
それは普段の彼からは想像もつかない、怒りと、焦りと、苦しさが混じった、鬼気迫る歪んだ顔だった。
更木で生きてきた咲が、脅えて動くのを止めてしまうほど。
それを認めた浮竹は、咲をかばうように立ちはだかる。
暗闇に咲をかばう浮竹の姿を認め、京楽は背筋が寒くなった。
彼があんな表情をするなど、誰が予想するだろうか。
いつも微笑みを湛える彼が、いつもあれほど眩しい彼が、これほどの殺意を湛えるなど。
だが、京楽はその顔を一度だけ見たことがあった。
(……始解する気か)
「やめろ浮竹!」
鳶色の瞳が、一瞬京楽を見たので、京楽はひとつ頷いた。
浮竹は京楽の手に握られた斬魂刀に気づいたのだろう、ひとつ、頷き返した。
だが京楽の前にもう一体の虚が立ちはだかる。
「喰ってやる!!」
ーいいねぇ、背筋が凍る恐怖!
あんたの真剣な顔、嫌いじゃないよー
一瞬、雲の切れ間から月光が差した。
ー今だー
「影鬼!」
京楽はするりと虚の陰に入り込んだ。
しかし月は雲間から現れただけだったため、すぐに影は消えてしまう。
ーあぁ、これじゃあ出られない。
どうするかねぇー
(心配いらないよ。
こんなときに彼は必ず、あの技を使う)
浮竹に向けて虚が爪を振り下ろす。
消えた影の中で、浮竹の行動を予想し、その時をじっと待っていた。
その予想が外れないであろうことが分かっていても、京楽は賭ける恐怖のあまり、白くなるほど柄を握る手を握りしめる。
(時を、逃すな)
目を閉じ、気配に集中する。
「逃げてッ!!」
咲の叫び声に続き、浮竹が右手を構え、京楽は一人、目を見開く。
「破道の三十一、赤火砲!!」
京楽は大きく息を吸った。
すごい熱気だ。
その爆風に掻き消されないほど、大きな声で叫ぶ。
「伏せろッ!!!」
足元から聞こえた鋭い声が2人の耳に届いた。
赤火砲を斬り裂きながら振り下ろされてくる爪。
それでも2人はその場に伏せて、逃げない。
それは、京楽が本気で命令したことだからだ。
恐怖に支配されても、ただただ、互いを信じて、言葉を守る。
赤火砲に虚の影が黒々と踊りった。
その影から、京楽は姿を現した。
鋭く光る瞳は、殺気に満ちた表情は、ふだんのへらへらとした様子からは想像することはできない。
「艶刃歌留多!」
刀を振ると同時に鋭く飛び出した銀の刃が虚の首を落とし、続いて2人に斬りかかろうと振りあげられた腕を斬り落とした。
どさりと落ちる、虚の首。
その首の影に溶け込み、京楽はもう一体の虚の背後に現れる。
そして大きく袈裟がけに斬り倒した。
「そん、な……」
虚は敗北が信じられないとでも言いたげな顔をして灰になって消えていく。
その姿を肩で息をしながら京楽が見下ろしていた。