学院編Ⅲ
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「へぇ、思ったよりも」
沖田がにやりと笑った。
刀がカタカタと鳴る。
咲も刀に霊圧を込めるも、ずるずると足が草地を滑って行く。
木陰にうまく隠れて、霊圧も完全に消していたはずなのに、どうして見つかってしまったのだろうか。
言葉を返す余裕がない。
一瞬でも気を抜けばーー
ふと軽くなった刀。
咲は反射的に身をひねり、後ろに飛びずさった。
その動きを追うように紫電が走る。
「ふーん、面白いね、君の動き」
耳もとでする声に、目を見開き、刀を振ると、甲高い音を立てた。
「瞬発力もあるし」
咲が攻撃を仕掛けるために振ったのではない。
防ぐために、本能的に振ったのだ。
「これが元字塾の秘蔵っ子の力、ねぇ。
……でも」
分からなかった。
本当に今さっきまで、咲の傍で話しをしていたはずなのに、彼の姿が見えないのはなぜなのか。
どうして自分の体が宙に浮いているのか。
一体いつ、隙を突かれたのか。
体の自由を奪うこの這縄はいつ放たれていたのか。
咲の体は草地に叩きつけられた。
「思ったより弱いね、君」
地に伏せた咲の首筋に、ひやりと刀がつきつけられた。
馬乗りになった男に対抗するだけの力は咲にはない。
荒い呼吸のせいで、切れてしまうのではないかと思うほど、肌に触れんばかりにつきつけられた刃。
息を潜めようとしても、体が酸素を欲している。
これほど激しい戦闘なんて、久しぶりだった。
にやりと細められた視線が、ひどく楽しそうだ。
強い、強いのだ。
彼は剣の腕前が凄まじい。
道場の師範代だったことに納得する。
きっとまだ鍛錬をしてもらったことはない鮫島の腕も、これほどのものなのだろう。
彼らは、生ける剣なのだ。
「総司、そこまでだ」
振ってきた声に木の上を見上げれば、あきれ顔の土方が胡坐を足を組み、幹にもたれるようにして座っていた。
いつの間にそこにきていたのか、鍛錬に集中していた咲には気づかなかった。
少し離れたところで同じように鍛錬に勤しんでいた浮竹と京楽も動きを止め、土方と沖田を見た。
「しょうがないな」
体の上から沖田が避けると、沈みかけの夕陽が眩しく目を細める。
身体を起こそうと手をつくと、左手首にずくりと痛みが走る。
どうやらひねったらしい。
「てめぇ、自分の業務忘れてんだろ」
呆れた声が、沖田をたしなめる。
「鍛錬だって立派な業務ですよ」
「ふざけんな。
藤堂はずいぶん前に帰ってきたぞ。
山崎が書類が足りんと言っていた。
早く戻って仕上げろ」
「分かりましたよ、煩いなぁ」
沖田は刀を腰に戻す。
「って事らしいから。
じゃあね」
彼はにっこりと笑い、そして。
「あの、」
ひらりと手を振って、咲がお礼を言う前に姿を消していた。
土方はため息をついて、木から飛び降りた。
「罠にはかかって……ねぇようだな」
土方の言葉に、首をかしげながらも三人は頷く。
「はい」
「この鍛錬場では疑似虚を用いた鍛錬をすることが多い。
罠も使うんだが、どうも回収し損ねやがる。
全く別の鍛練中に足をとられることも多いから、帰りは俺の後ろを……」
土方の耳元に地獄蝶が舞いおりる。
「何、」
土方はちらりと咲達を見る。
鬱陶しく飛ぶ地獄蝶は、なにやら必死に訴えているように見える。
「うっせぇ、わかったよ」
しっし、と追い払う土方の眉間には、深い皺が刻まれている。
「悪いが緊急要請で送れん。
西門が一番近い。
道なりに行けば着くはずだ。
空太刀と浮竹は自分の斬魂刀だな?
京楽はうちの浅打か?」
「……はい」
京楽は一瞬顔を曇らせたが、すぐに何事もなかったかのように頷いた。
今回の見学会は帯刀しての参加だった。
始解済みの咲と浮竹は自分の斬魂刀を、その他の生徒には現地で浅打が貸し出された。
いつどこで何があるか分からないためだ。
実際、咲は刀がなければ危ないところだった。
「浅打は門まで一応持って行け。
門番に回収するよう、伝えておく。
急ぐんだ、悪ぃな」
副隊長が二度も悪いと言うのだ、そんなの頷かないはずがない。
「分かりました。
皆様によろしくお伝えください」
「本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
頭を下げる3人に、土方はくるりと背を向けると姿を消した。
霊圧もはるか遠くに行ってしまっている。
副隊長の瞬歩はやはりすごい。
「さぁて、帰るかぁ」
伸びをしてから、京楽がのんびりと言った。
辺りはもう薄暗くなってしまった。
星も出てきている。
浮竹が咲を見て眉をひそめた。
「怪我はないか?
……ゴホッ」
「君もあまり優れなそうだけど。
空太刀ずいぶんやられてたもんね」
京楽も咲の顔をのぞく。
嘘をついたところで仕方がないので、咲は軽く左手を上げた。
動かすとやはり痛みが走る。
「左手首を少し……」
「あれだけ倒されて無傷はないよな。
うっ……ゴホッ。
戻って医務室にいこう」
「浮竹ぇ、君もだよ。
まぁ沖田さんは鍛錬では本当に手加減なしだもんね」
「そういう京楽はどうなんだ?」
「僕は引っかき傷ぐらいかな。
浮竹も?」
「ああ」
「藤堂七席にこっぴどくやられたもんな」
「それはお前もだろ」
呑気に話しながら西を目指す。
罠がないか、確認し、辺りに気を巡らしながら。
暗くなった森は、どこか不気味だ。
咲にとってはどこか懐かしくもあるが、同時に緊張感も蘇る。
濃くなっていく夜の気配。
昼間らしいかさこそと動く鳥や獣の音が次第に消え、静かな中に気配だけが動く、夜行性生物達の動きが感じられるようになっていく。
3人は呑気な会話を続けながらも、辺りを注意深く探る。
そして、3人は一瞬目を見合わせた後、飛び散った。
3人が立っていた地面は深くえぐられている。
その中心に立つ、黒い影。
「まさかこんな所で美味そうな餓鬼を見つけるとは」
カタカタ、と虚が顎を鳴らす。
それぞれ木陰で身を潜め、様子をうかがう。
「喰ってやる!」
雄たけびを上げる虚はどうやら絶好調らしい。
それに対して、咲は左手に怪我をしている。
浮竹は不調気味だ。
京楽は浅打を握りしめた。
(僕が主となって2人にサポートを頼むのべき状況だがーー出来るのか?)
「見ぃつけた」
耳もとで聞こえた不気味な声に、京楽は身を捩って木から飛び降りる。
太い幹が一瞬で斬り倒されているのが見えた。
「京楽!」
浮竹が叫ぶ。
「くるな!」
腰に差していた浅打を抜刀し、2撃目を受け止める。
背筋が寒い。
敵の力に、腕が震える。
そのまま吹き飛ばされてしまうが、なんとか空中で体勢を立て直し、枝に降りる。
ー楽しいことやってるじゃないかー
ふと、どこからか声が聞こえた。
大人の、艶やかな女の声。
「えっ?」
一瞬気を取られた時だった。
虚が姿をくらます。
というのも、立っていた場所に咲が刀を振り下ろしていたからだ。
「逃げられたか」
さっきまであれほど鍛錬していたのに疲れているとは思えない動きだが、斬撃に力を込め切れていないのは、分かった。
左手が痛むことは明白で、そこを狙われたら終わりだ。
2人を庇いながら、自分に戦えるのだろうか。
(でも、そうしなければ)
手にじとりと汗が滲む。
ー珍しく焦ってるのか。
面白いー
今度は虚は一人離れた浮竹を狙ったらしい。
京楽は咲から離れ、虚の背後へ雷吼炮を放つも、掠めただけで逃げられてしまった。
今度は背後で咲が攻撃を受け止める音がする。
その違和感に京楽は眉を顰めた。
(おかしい、そこまで早く動けるか……?)
目を閉じて静かに気配を探る。
咲と戦う虚が動く瞬間を、じっと。
「後ろだ、京楽!」
浮竹の声に咄嗟に飛び上がる。
空中で振り返りながら見回せば目に入ったのは、京楽を襲おうとした虚が1体と、咲が鎖条鎖縛で縛る虚がもう1体。
京楽が浮竹の前に降り立つ。
「二体?」
「そうみたいだな」
咲が応戦している虚と、京楽を狙った虚。
さっき見たのよりもいくらか小さく見える。
「そうとも言う」
「俺達は2人で1人」
咲が鎖条鎖縛で捕えていたはずの虚が溶けて逃げだし、2体が一体に融合すると、体が大きくなった。
それは、さっき京楽を吹き飛ばした大きさだ。
ー面白いじゃないか。
遊び相手にちょうどいいー
また声がした。
(遊んでいる場合じゃないッ!)
誰かは分からない声に、京楽は心の中で怒鳴り返す。
ー何言ってんだ。
本気になんなきゃ、遊んだって楽しくないだろ?ー
頭の中か、それとも心の内か、どこからともなく響いてくる声に、京楽は身震いを覚えた。
その声の主は戦いに対して冷静で、脅えなんて感じさせない。
にやりと、笑ってさえいそうだ。
それがひどく心を乱す。
自分との力の差を見せつけられているようで。
(知っているさ、ボクが弱いことくらい!!
でもなんとかしなければ2人はッ!!)
紫色の独眼に静かに見つめられた気がして、はっとする。
視界が開けたような気がした。
それだけ心に余裕がなかったのだろう。
目を見開き虚の動向を睨みつけるように目で追う咲。
隙を見て縛道で捉えようとする浮竹。
(……焦ってばかりではダメだ。
失いたくないならば2人を護らなければ。
ボクがーー殺る)