学院編Ⅲ
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「……六番隊」
京楽は家の付き合い上、この隊の隊長、副隊長を見たことがあるし、婿養子となった響河の披露宴には兄が出席していた。
だから分かる。
隊舎の前にごみひとつ落ちておらず、清く凛とした雰囲気は、まさにその朽木家らしいものだった。
「叱責ってまさか」
「土方さん!」
隊舎の方から駆けてきたのは藤堂だ。
その後ろからのんびりと沖田が歩いてくる。
「どうだ?」
「いつにもましてお怒りでやべぇよ。
蒼純副隊長がなだめてくれてるが……」
藤堂の蒼い顔から、銀嶺の厳しさが伝わってきた。
「早めに片付けてくれない?
あの子と遊びたいんだけど」
詰まらなそうにしている沖田だが、彼の性格を知っている京楽はその発言に嫌な汗をかいた。
「仕方ねぇ」
ため息をつくと、土方は隊舎に足を踏み入れる。
浮竹と京楽も顔を見合わせてから思い切って中に足を踏み入れた。
「……本当によかったのかなぁ」
土方達の背中が見えなくなったころ、藤堂が空を見上げながらぽつりと呟いた。
「いいんじゃない、実際蒼純副隊長がなだめていなかったら今でもお説教中だったと思うよ。
その蒼純副隊長の命令なんだ、聞かないわけにはいかないでしょ?
何か考えがあるみたいだったし。
それに土方さんの困り顔も、なかなかよかったしね。
びびって覚えればそれでよし」
そう言ってにっこりと笑う沖田をじと目で見やる。
「お前の場合は遊べればそれでよし、だろ。
院生なんだから手加減してやれよ」
「わかってないなぁ。
あの子、すっごく追い詰めがいがありそう。
一緒に来る?」
少し迷った後、藤堂は頷いた。
そしてぽろりと疑問を口に出した。
「それにしても、なんで銀嶺隊長はあんなに説教していたんだろ。
たかが院生が迷子になったくらい、大したことでもないのに」
「生死隣合わせで生きてるからね、僕たちは。
この静霊挺の中に居ても、命を狙われる。
それが当たり前だけど、あの子はまだ違うからじゃない?」
沖田は飄々とした表情で答える。
「確かに死んだらかわいそうだけどさ。
ここを目指すって言うのは、そう言うことだろ?
……俺達、麻痺してんのかな?」
「そうしないとやっていけないんじゃない?」
くすりと笑う沖田に、藤堂も苦笑を浮かべた。
「土方です、失礼いたします。
この度は大変ご迷惑を……」
扉を開けながら謝罪の言葉を述べていた土方は、中を見て固まった。
「土方副隊長、こんにちは」
蒼純が爽やかな笑顔で迎える。
隊首室の中は説教中とは思えない雰囲気だ。
なにせ、咲の前には茶と、茶菓子が出ており、響河が楽しげに何か話をしている。
銀嶺は黙ってその話を聞きながら茶をすすっていた。
一周回って視線を蒼純に戻す。
やはり笑顔だ。
(そうだ、この男はそういう男だった)
土方は額に青筋を立てた。
「おや、後ろの子たちは?」
蒼純に遊ばれていたことを理解し、土方はため息をついたが、彼のおかげでこれだけ和やかになっているのだろうと思えば感謝せざるを得ない。
「……彼女の友人だ。
すまんな蒼純」
「いいえ、お気になさらず」
ふわりと首をかしげる姿はどこか女のようにも見えるほど美しい。
朽木の血を引く者は誰もが才色兼備だ。
「もう来たのか、早いな」
響河もにっこりと笑い席を立つ。
それにならって咲も席を立ち、浮竹と京楽のところに駆けてきた。
そして土方を見て深く頭を下げた。
「申し訳ありません。
私が自ら班を離れました。
すぐに戻れるだろうと、高をくくっておりました。
本当に申し訳ございません」
静かに紡がれる言葉に、その誠意のある態度に、しっかり叱責を受けたのであろうことが分かる。
ちらりと朽木親子を見れば、鋭い視線の銀嶺と、穏やかな2人の息子。
土方は一つため息をついた。
「……もう勝手な真似すんじゃねぇぞ」
「はい」
萎れているかと思えば、思ったよりもはっきりした声に眉を上げる。
涼しげな黒眼は深く、吸い込まれるような錯覚に陥る。
この前刀を合わせた時にも思ったが、彼女の潜在の力は、自分を超えている。
(うまく育てさえすれば、きっと)
「こいつらには重ねてよく言い聞かせておきます。
申し訳ありませんでした」
土方が深く頭を下げ、咲や浮竹、京楽も慌ててそれにならった。
そして部屋から出ていく土方の背中を追う。
大きな背中だ、と思う。
隊を背負う背中は、凛々しい。
「通用門まで送ってやる。
ついてこい」
重ねて言い聞かせる、というわりに、あっさりと解放する話が出され、咲は目を瞬かせる。
それを気配で感じたのだろう。
「もう十分絞られたんだろ?
反省してるんならそれでいい。
さっさと帰れ」
呆れたような、それでいて苦笑を浮かべた、偉大な副隊長に、咲はためらいがちに口を開いた。
「あの……非常に申し上げにくいのですが、沖田三席が鍛えてくださるから終わったら十三番隊の訓練場に来るようにと……」
「ああ?」
出てきた名前に思わず眉間にしわを寄せた。
鍛えると言いつつ、沖田が咲で遊ぶつもりなのは、土方には重々分かっていた。
だが、それを止めることなんてできない。
「わかった、隊舎へ一度戻る。
ついてこい」
せっかくの有望株を遊ばれるのは癪だが、沖田のしごきに耐えられなければ有望でもないと考えれば、一ついい手かもしれない。
誰かの策にはめられているような違和感があるが、土方にはその違和感の正体を突き止めることはできなかった。
ぱたり
扉が閉められ、隊首室には、隊長、副隊長、三席の3人になった。
ことり
静かに机に湯呑が置かれた。
「あの院生、かなり腕が立ちます」
初めに口を開いたのは、響河だった。
「そうだね」
答えたのは蒼純で、銀嶺も頷く。
それに驚いたのは響河で。
「御存じなのですか」
「視察に行ったときに見たんだ。
飛び級試験で今年1年から6年に編入した子だね。
後の2人も、3年から6年に飛び級している」
楽しげに笑い、飲み終わった湯呑を片づけようとするので、響河も手伝う。
銀嶺も黙ってはいるが、小言を言うわけでもなく、比較的機嫌がいいことは何となくわかった。
(お気に入りだが、哀れな子だ。
流魂街出身だと言っていた。
貴族の子に生まれていれば、出世も望めたものを、今では席官すら難しいやもしれん)
「これも何かの縁じゃろう」
ぽつりと銀嶺が呟き、響河は振り返る。
「何か?」
だが彼は首を横に振るだけだった。
彼の無言を唯一理解する義兄は穏やかに微笑むばかり。
おそらく自分が知る必要はないことなのだろう。
必死に鍛錬をつみ、兵法を学び、多くの教養を身につけ、朽木の名に敵うべく必死に努力しているが、当主の座を辞しているはずの蒼純の洞察力や理解力、判断力の高さには遠く及ばない。
拳魂走鬼さえ彼には及ばないだろう。
身体が弱いのは確かに致命的だ。
だが彼の能力の高さを差し置いて、己が次期当主となる居心地の悪さといったらない。
それでも響河は蒼純の事を義兄として、また上司として誰よりも尊敬し、敬愛していた。
蒼純はそれほど、人間的にも豊かな人であった。
彼のためならば、どんなに激しい戦に飛び込む覚悟はできている。
自分が当主に相応しい能力をつけるまでは、ただのひとつの駒として彼の手足となろうと、響河は心に決めていた。