斬魄刀異聞過去編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
咲は目を覚まして入院棟の個室の窓を開け、中庭を挟んだ向こうの診療棟の様子を見る。
向こうが俄かに騒がしくなったのだ。
夜勤ではなかったであろう四番隊士もばたばたと起き出しているような緊急時らしい。
怪我人を何合室に運べだの、薬が足りないだの、包帯を補充しろだの、大声で為される指示が風に乗って聞こえてきた。
普段穏やかな四番隊であるが、大きな戦闘後には良く見られる景色だ。
聞こえてくる話を掻い摘んで繋げると、2箇所でほぼ同時に奇襲が有ったらしい。
普段自分を見張っている隊士の気配も感じられない。
その戦場を聞き、咲は顔を蒼くして病室から抜け出した。
中庭を抜け、自身も何度か運ばれた事のある救護室を覗く。
そして中にいた見知った人の、治療を待つ姿に立ち止まりその酷い怪我に思わず顔を歪めた。
「んな顔すんなって。
ちっとやばかったかもしんねぇけど、すぐ治るさ」
だが当の本人は笑って見せたので、咲も幾らか平静を取り戻した。
「原田四席はどちらで戦闘を」
問われた方は口籠もり少し考えてから、ここに来てしまった隠すことが無駄であると思い直し、答えた。
「俺は……元字塾だ」
集中治療室の方がばたばたと騒がしい。
持病がだの、霊力が足りないだの、声が聞こえて、咲は嫌な予感に原田を見上げた。
全くもってタイミングが悪い、と彼は気まずそうにそっぽを向いて頭をかいた。
「そうだ、向こうは浮竹だ」
「何があったんですか」
「……詳しく聞くのはやめておけ」
目の前の少女は傷だらけで、何より心が弱っているように見えた。
実際聞いた話では、彼女はショックでひどく取り乱し、管理下に置かれているらしかった。
おそらく死傷者が多く、見張りの四番隊士が駆り出されて出てきてしまったのだろう。
今の彼女にわざわざ更なるショックを与えるような話をするべきではない。
彼女はもう、無理をし過ぎるほど無理をしたのだから。
「お前入院中なんだろ?
戻って寝ろ。な?」
優しくそう言うのに、彼女は手を白くなるほど握り締めていた。
その目は強い意志を灯し始め、次第としっかりとした。
心細げだった背中は伸び、弱っていた霊圧も急に戻り始める。
その変化に原田は舌を巻く。
こんな少女であるのに、あれほど辛い目にあったと言うのに、彼女はまた立ち上がり戦おうとしているのだ。
その姿はやはり、浮竹や京楽の親友と言うに相応しい強さを持っている。
発展途上ではあるが、その勇ましい姿に原田は頼もしくも悲しく思った。
彼女は女であり、まだ少女のような幼ささえ湛えるのに、その強さ故哀しみの中へと飛び込まねばならぬ運命を背負うのだろう、と。
そしてまたいつの日か心が折れる日が訪れたとしても、友のためにまた、立ち上がれる強さを備えるのかもしれない、と。
「覚悟はできています」
その凛とした言葉に、それが彼女な運命なのだ、と自分の上司ならば言うのだろう。
仕方なく1つ頷き口を開いた。
「京楽が響河に操られた藤堂を殺し、浮竹が響河に痛手を負わせ、その巻き添えになって永倉や獄寺が死んだ」
聞かされた咲は自分の責務をようやく理解した。
自分が傷ついている場合ではない。
自分が、響河を殺さねばならなければ、事態は惨劇を深める一方だ。
全て分かっていた、分かっていたはずだった。
だが、自分は本当の意味で分かっていなかったのだ。
響河を殺さねば、どれだけ多くを失う事になるのかを。
集中治療室はやはり騒がしい。
「浮竹の所に行ってきます。
私は、もう失いたくない。
……これ以上、逃げません」
原田はその強く哀しい背中を見送り、視線を落とした。
集中治療室に飛び込んだ咲の目に映ったのは、沢山の管と機械と四番隊士に囲まれる浮竹と、彼の手を握り彼を呼ぶ京楽の姿だった。
「誰ですか!ここは入札禁止ですよ!」
厳しい声がかけられたが、咲は外に出るつもりはなかった。
力づくで出そうとする隊士を呼び止めたのは清乃介だった。
「彼女は役に立つ筈だ。
来なさい、早く!」
呼ばれるがままに浮竹を挟んで京楽の向かいに立つ。
驚いた顔をする傷だらけの京楽に、咲は頷いて見せた。
「浮竹の身体は特殊だ。
肺に土着神が食いついていてね、それがなかなか厄介だ」
「山田副隊長、それは極秘事項では」
「治療も満足に出来ない者は黙りたまえ」
その場にいる他の四番隊士は皆、いかにも不味い状況だという顔をしている。
どうやらそれは相当の機密事項らしい。
「この疫病神がうちのどの隊士の霊圧も受け付けないのだよ。
愚かな事だ。
宿り主がこのままでは霊圧不足で死んでしまうと言うのに。
ただ唯一京楽の霊圧ならば受け入れたが、彼の霊圧も今や雀の涙」
傷だらけの彼を見ればそれは一目瞭然だった。
「指示に従い回道を施しなさい」
「そんな、訓練もせずに無茶だ!」
周りにいた隊士が声を上げる。
多少の治療や霊圧の回復で程度であれば、四番隊以外の隊士でも行うことができる者もいる。
だが、おそらく浮竹の治療に必要なのはそういった初歩的なものではないのだろう。
彼の持病と、大きな傷を治療するには才能と鍛錬が要るに違いない。
血に汚れた青い顔の浮竹、そして疲れ切り焦燥に駆られた京楽と順に顔を見ため、そして拳を握りしめ、足を一本踏み出す。
「黙れ。
お前がしなければ浮竹十四郎は死ぬだけだ。
さぁどうする卯ノ花咲?」
細い目に睨まれた時には、咲の答えは決まっていた。
乾いた唇を舐め、そして腹の底まで空気を吸って、きりりと清乃介を見上げ、口を開いた。
ー彼女を……貴女は本当に更木で見つけたんですか?ー
疲れ果ててベッドで眠る咲の汗で濡れた髪を撫でながら、烈は清乃介の言葉を思い出していた。
あの毒舌な彼がそこまで言う理由は、複雑な回道をたった一度の説明で使いこなしたという少女の才能だ。
回道を施す彼女はまるで別人のようだったと彼は語った。
ーまるで、知っていたかのようだ。
貴女が指導していたなんてことは?ー
指導をしたことはないが、彼の言葉に思い当たらないことが無いわけではなかった。
自刃を止めたという銀嶺には頭が上がらないし、この数日の彼女の衰弱を見て、遂に死神を辞めさせるべきかと迷わなかったといえば嘘になる。
だがどうやら、彼女の生まれ持った能力が、死神からは解放させてはくれないらしいと、烈は悲しげに微笑む。
(それが彼女の運命 なのでしょう。
私が更木から連れて来たからでもなく、親友と共に死神を目指したからでもなく、彼女はそうしか、生きられないというーー一千年の時を超えて、なお)
あどけない寝顔を烈は静かに見つめ続けた。
向こうが俄かに騒がしくなったのだ。
夜勤ではなかったであろう四番隊士もばたばたと起き出しているような緊急時らしい。
怪我人を何合室に運べだの、薬が足りないだの、包帯を補充しろだの、大声で為される指示が風に乗って聞こえてきた。
普段穏やかな四番隊であるが、大きな戦闘後には良く見られる景色だ。
聞こえてくる話を掻い摘んで繋げると、2箇所でほぼ同時に奇襲が有ったらしい。
普段自分を見張っている隊士の気配も感じられない。
その戦場を聞き、咲は顔を蒼くして病室から抜け出した。
中庭を抜け、自身も何度か運ばれた事のある救護室を覗く。
そして中にいた見知った人の、治療を待つ姿に立ち止まりその酷い怪我に思わず顔を歪めた。
「んな顔すんなって。
ちっとやばかったかもしんねぇけど、すぐ治るさ」
だが当の本人は笑って見せたので、咲も幾らか平静を取り戻した。
「原田四席はどちらで戦闘を」
問われた方は口籠もり少し考えてから、ここに来てしまった隠すことが無駄であると思い直し、答えた。
「俺は……元字塾だ」
集中治療室の方がばたばたと騒がしい。
持病がだの、霊力が足りないだの、声が聞こえて、咲は嫌な予感に原田を見上げた。
全くもってタイミングが悪い、と彼は気まずそうにそっぽを向いて頭をかいた。
「そうだ、向こうは浮竹だ」
「何があったんですか」
「……詳しく聞くのはやめておけ」
目の前の少女は傷だらけで、何より心が弱っているように見えた。
実際聞いた話では、彼女はショックでひどく取り乱し、管理下に置かれているらしかった。
おそらく死傷者が多く、見張りの四番隊士が駆り出されて出てきてしまったのだろう。
今の彼女にわざわざ更なるショックを与えるような話をするべきではない。
彼女はもう、無理をし過ぎるほど無理をしたのだから。
「お前入院中なんだろ?
戻って寝ろ。な?」
優しくそう言うのに、彼女は手を白くなるほど握り締めていた。
その目は強い意志を灯し始め、次第としっかりとした。
心細げだった背中は伸び、弱っていた霊圧も急に戻り始める。
その変化に原田は舌を巻く。
こんな少女であるのに、あれほど辛い目にあったと言うのに、彼女はまた立ち上がり戦おうとしているのだ。
その姿はやはり、浮竹や京楽の親友と言うに相応しい強さを持っている。
発展途上ではあるが、その勇ましい姿に原田は頼もしくも悲しく思った。
彼女は女であり、まだ少女のような幼ささえ湛えるのに、その強さ故哀しみの中へと飛び込まねばならぬ運命を背負うのだろう、と。
そしてまたいつの日か心が折れる日が訪れたとしても、友のためにまた、立ち上がれる強さを備えるのかもしれない、と。
「覚悟はできています」
その凛とした言葉に、それが彼女な運命なのだ、と自分の上司ならば言うのだろう。
仕方なく1つ頷き口を開いた。
「京楽が響河に操られた藤堂を殺し、浮竹が響河に痛手を負わせ、その巻き添えになって永倉や獄寺が死んだ」
聞かされた咲は自分の責務をようやく理解した。
自分が傷ついている場合ではない。
自分が、響河を殺さねばならなければ、事態は惨劇を深める一方だ。
全て分かっていた、分かっていたはずだった。
だが、自分は本当の意味で分かっていなかったのだ。
響河を殺さねば、どれだけ多くを失う事になるのかを。
集中治療室はやはり騒がしい。
「浮竹の所に行ってきます。
私は、もう失いたくない。
……これ以上、逃げません」
原田はその強く哀しい背中を見送り、視線を落とした。
集中治療室に飛び込んだ咲の目に映ったのは、沢山の管と機械と四番隊士に囲まれる浮竹と、彼の手を握り彼を呼ぶ京楽の姿だった。
「誰ですか!ここは入札禁止ですよ!」
厳しい声がかけられたが、咲は外に出るつもりはなかった。
力づくで出そうとする隊士を呼び止めたのは清乃介だった。
「彼女は役に立つ筈だ。
来なさい、早く!」
呼ばれるがままに浮竹を挟んで京楽の向かいに立つ。
驚いた顔をする傷だらけの京楽に、咲は頷いて見せた。
「浮竹の身体は特殊だ。
肺に土着神が食いついていてね、それがなかなか厄介だ」
「山田副隊長、それは極秘事項では」
「治療も満足に出来ない者は黙りたまえ」
その場にいる他の四番隊士は皆、いかにも不味い状況だという顔をしている。
どうやらそれは相当の機密事項らしい。
「この疫病神がうちのどの隊士の霊圧も受け付けないのだよ。
愚かな事だ。
宿り主がこのままでは霊圧不足で死んでしまうと言うのに。
ただ唯一京楽の霊圧ならば受け入れたが、彼の霊圧も今や雀の涙」
傷だらけの彼を見ればそれは一目瞭然だった。
「指示に従い回道を施しなさい」
「そんな、訓練もせずに無茶だ!」
周りにいた隊士が声を上げる。
多少の治療や霊圧の回復で程度であれば、四番隊以外の隊士でも行うことができる者もいる。
だが、おそらく浮竹の治療に必要なのはそういった初歩的なものではないのだろう。
彼の持病と、大きな傷を治療するには才能と鍛錬が要るに違いない。
血に汚れた青い顔の浮竹、そして疲れ切り焦燥に駆られた京楽と順に顔を見ため、そして拳を握りしめ、足を一本踏み出す。
「黙れ。
お前がしなければ浮竹十四郎は死ぬだけだ。
さぁどうする卯ノ花咲?」
細い目に睨まれた時には、咲の答えは決まっていた。
乾いた唇を舐め、そして腹の底まで空気を吸って、きりりと清乃介を見上げ、口を開いた。
ー彼女を……貴女は本当に更木で見つけたんですか?ー
疲れ果ててベッドで眠る咲の汗で濡れた髪を撫でながら、烈は清乃介の言葉を思い出していた。
あの毒舌な彼がそこまで言う理由は、複雑な回道をたった一度の説明で使いこなしたという少女の才能だ。
回道を施す彼女はまるで別人のようだったと彼は語った。
ーまるで、知っていたかのようだ。
貴女が指導していたなんてことは?ー
指導をしたことはないが、彼の言葉に思い当たらないことが無いわけではなかった。
自刃を止めたという銀嶺には頭が上がらないし、この数日の彼女の衰弱を見て、遂に死神を辞めさせるべきかと迷わなかったといえば嘘になる。
だがどうやら、彼女の生まれ持った能力が、死神からは解放させてはくれないらしいと、烈は悲しげに微笑む。
(それが彼女の
私が更木から連れて来たからでもなく、親友と共に死神を目指したからでもなく、彼女はそうしか、生きられないというーー一千年の時を超えて、なお)
あどけない寝顔を烈は静かに見つめ続けた。