学院編Ⅲ
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「相変わらず早いな、蒼純」
山田清之助が六番隊の一室に顔を出すと、そこには時間に厳しい副隊長が、微笑みを浮かべて座していた。
彼がこの部屋に5分前には到着していただろうことは、同期と言うこともあり確信していたが、彼の返事は予想外のものだった。
「構わない。
実は私も今来たところなんだ」
清之助は首をかしげながらも、とりあえず部下に指示を出す。
「ずいぶん珍しいこともあるものだね」
自分も手を動かしながら答えた。
普段から穏やかな蒼純だが、今日はご機嫌の様子だ。
「隊長がご機嫌でね」
ふふふ、と小さく笑う。
それがまた様になる優男だ。
彼の言う隊長は言わずもがな六番隊隊長朽木銀嶺のことである。
銀嶺も年を重ねても若い頃は相当美しかったことが想像に容易い顔立ちだ。
息子の蒼純もこれだけ美しい。
少し前に六番隊三席の響河が結婚した蒼純の妹、明翠はまたとない美女だと噂されている。
「その方が珍しいな。
とは言え、口数が多くなるだけなんだろう?」
昔聞いた話を思い出す。
「そう。
無自覚だろうね。
今日なんかは説教が長くて」
こんな時、彼の懐の広さを清之助はいつも痛感する。
実力はあるとはいえ人間性にかなりの難ありである清之助の数少ない(むしろ唯一の)友達である時点で、蒼純の心は相当広い。
一応それを自覚している清之助は、困ったように笑う友には誰彼構わず投げかける辛辣な言葉を引っ込めるよう、僅かながら務めていた。
「怒っているのにご機嫌なのかい?」
「ずいぶん嬉しそうだったよ」
たぶん、誰が見ても嬉しそうには見えないだろうに、この孝行息子には分かるらしい。
できた御子息だと皆が口をそろえてそう言うが、本人は露ほどにも思っていない。
体が弱い、という決定的な致命傷があるからだ。
朽木家のような四大貴族になれば、世継ぎ問題は重大問題。
子どもができるかも分からない蒼純は、早くから当主の座を辞していた。
次期当主には、婿養子で嫁いだ響河がなることだろう。
清之助にとっては誰が次期当主だろうと興味の欠片すらないが、もし友が貶められることがあればその時は、己の力でその全てをねじ伏せてやるのも悪くないと心の片隅で思っていた。
清之助は手際よく近くにいた隊士の手当てをする。
蒼純との関係性から、六番隊の要請には大したことがなくとも清之助が赴くのが常だった。
今回も怪我を負った隊士の手当、捕らえられた叛乱因子の傷の確認、蒼純の定期診療と、大したことはない。
「あの糞餓鬼……」
拘束されたままの男が苦々しげに呟いた。
その言葉に、山田は首をかしげる。
「餓鬼?」
「それが面白いんだ」
蒼純が小さく笑う。
笑われた男が睨みつけるが、たとえ体が弱くても蒼純が彼らに負けることなどないのだ、何一つ。
「どうやら見学にきていた院生にやられたらしくてね」
「ほう」
思わず手を止める。
「びっくりだろう。
しかも、この大の大人の男に6人対して女の子1人だそうだ」
「違うぞ!
途中から朽木響河が」
「はいはい」
蒼純が笑顔で黙らせる。
これだけの会話と今日自分があった人達の様子から事のあらましを悟った清之助は、珍しく苦笑を浮かべた。
「どうやら僕の見解を改めた方が良さそうだ。
やはり卯ノ花さんには敵わない」
半年前、自分を重症の彼女の元へと派遣した上司を思い、溜息をついた。
見学の為に分かれた2班は練習場で合流した。
後から入ってきた班に目を走らせ、浮竹と京楽は咲の姿を探す。
「おい」
「いないねぇ」
どこを見ても見当たらない。
大きな男子生徒が多い中で、小柄な咲は隠れがちだが、それでも見つからないはずはないし、相手もこちらを探してくれるに違いない。
それなのに見つからない。
つまりはこの場所にいないのだ。
「2人いたはずの引率も一人いないぞ」
赤い髪の原田と名乗っていた隊士はいるが、彼より背の低いひとつ縛りの藤堂という隊士がいない。
担当教師が原田に呼ばれ、練習場から出ていく。
何かあった、というのは確信に変わる。
練習場は、原田と担任が抜けたまま、見学会のまとめへと進んでいた。
「今日見たのは護挺のほんの一部に過ぎん!
いいか、お前たちは入隊したら……」
浮竹と京楽のいた班を引率していた、永倉六席の話の半分も、2人の耳には届いていなかった。
永倉の話が終わっても担任は戻ってこなかった。
引率をしていた永倉と斎藤が門まで送り、その後は自由解散となった。
列になって歩き出すと2人は頷き合い、近くにいた斎藤に声をかける。
「申し訳ありません。
空太刀という女子生徒の姿が見えないのですが」
斎藤は少し考えてから口を開いた。
「彼女は体調を崩してしまい、救護室にいる」
予想外の言葉に驚く。
「そちらにうかがうことはできないでしょうか」
浮竹が問いかけた時だった。
「見つかりました!
六番隊で保護されているとのことです」
部屋の隅で土方に報告する隊士の声が耳に入る。
そして京楽と浮竹はだまされたことに気づき、斎藤を無意識に睨んだ。
「……すまん。
外部に漏らすなと」
少し躊躇った後に謝る斎藤に、京楽と浮竹は悪いことをしたと慌てて首を振る。
「いえこちらこそ申し訳ありません」
隊士に謝られるなど思ってもいなかったこともあり、焦ってしまう。
そこに、土方がつかつかと歩み寄った。
「来るか?」
その声にきょとんとしたのは、京楽と浮竹だけではなく、斎藤もだった。
「よろしいんですか」
「構わねぇだろ。
一緒に叱責されるがいいさ」
にやりと笑った土方に、2人は背筋が寒くなった。