学院編Ⅰ
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「やぁ」
「調子はどうだ?」
授業を終えた京楽と浮竹は、毎日保健室に顔を出す。
「良好、です」
机に広げた課題に目をおとし、はにかんだ様に早口で述べる少女に、二人も笑顔になる。
「先生、ボクたちも机借りるねー」
「お邪魔します」
二人の性格の違いが表れた言葉に、咲は小さく笑顔を洩らす。
向かいに机を並べて課題をこなす彼ら。
咲の筆が止まっているのに気づけば、何か分からないところでもあるのかと尋ねてくれる。
二人が話す勉強内容は理解できないことも多いが、楽しげに勉強をこなす二人を見ているのは、咲も楽しかった。
「もうすぐ夏休みだねぇ」
冷たい机に頬をつけ、のほほんと京楽が呟く。
「その前に期末試験が待っているがな」
それに筆を止めることなく苦笑を洩らす浮竹。
(実技の練習、そろそろ始めてもいいか佐々木先生に聞いてみよう)
咲は胸の中で一人思う。
「夏休みかぁ、いいなぁ、楽しみだなぁ」
「その前にまず明日の課題。」
「浮竹ぇ」
「俺のは見せないぞ」
「けちぃ」
机に突っ伏しながら、ひどいよねぇ、と咲に同意を求めるように京楽が見上げ、見上げられた方は困ったように笑みを漏らした。
教室では確かに異端児として排除されているかもしれない。
でも、こうして安堵できる場所があることは、咲にとっては何よりも代えがたいものだった。
穏やかに初夏の日暮れは過ぎてゆく。
「そういえば、明日は護挺から視察が来られるらしいね」
「先生が言っておられたが……どの隊長がいらっしゃるのだろう」
その言葉にピクリと反応した咲に、京楽と浮竹が目を向け、それに気づいた咲は困ったように俯いた。
「あ、そうか。
卯ノ花殿は確か四番隊の隊長を務めておられるんだな」
浮竹が理由に気づき、京楽もなるほど、と頷く。
「卯ノ花隊長の治癒能力は本当に素晴らしいと聞いたことがある。
それに穏やかでお美しい方だともね」
咲が嬉しそうに顔をあげた。
「烈様は本当に素晴らしいお方です。
優しくて、温かくて、聡明でいらっしゃる……
あの四の文字を背負われる背中の、凛とした美しさは他にはありません」
珍しく熱を込めて話す咲に、二人は自然と微笑む。
「素晴らしいお方なんだな、卯ノ花隊長は」
「はい。」
「卯ノ花隊長が明日視察に来てくれるといいねぇ」
咲は、少し俯いて考えてから小さく頷いた。
「はい。
でも、まだ見ていただけるほど力は付けていませんから。
できることならば、もっと強くなった私を、視ていただきたい、です」
照れているのか、少しどもりがちに紡がれた言葉に、二人は顔を見合わせて頷いた。
「よし、気合いを入れ直して頑張るか!」
「そうだね、空太刀が早く護挺に入れるように」
「順番的にはその前に俺達だがな」
「それもそうだけど、それは考えたくないよぉ」
情けない京楽の言葉に、笑いが弾けた。
荷物をまとめて寮から出る。
図書館に寄りたくて、早めの外出だ。
京楽と浮竹の助力もあって、勉強の進度は前よりも上がっている。
もとより、霊術院での勉強自体が咲にひどくあっているらしく、座学も実技もあっという間に飲み込んでしまう。
それは咲自身も不思議に思うほどだ。
新しく習うことというよりも、身体に染みついていたものを呼び覚ます感覚に近い。
だからこそ勉強は辛くはないし、むしろ本来の自分が現れてくる気がして快感なのだ。
更木での生活がこの勉強の基礎を作ったのではないかと個人的に推察している。
そう考えると更木での生活も満更無駄ではなかった。
野生の感は相当鍛えられたし、身のこなしも十分。
筋肉も申し分ないし、何より自分の実力をよくわかっている。
背中に感じた気配に咲は驚いて振り返った。
でもそこには寮から続く小道があるばかりで、風に木の葉がざわめいているだけ。
でも、そこには確かにあったのだ。
すぐに消えてしまった気配ではあったが、院生とは比べ物にならないほど強い霊圧で、しかもその主の強さが垣間見れる凛としたそれ。
それはまるで。
(烈様くらい、強い人)
咲は少し迷った後、姿勢をただし、誰もいない小道に向かって一礼をし、そこから走り去った。
心臓がドキドキしていた。
憧れの護挺の隊長の気配を感じられただけで、咲の小さな胸はいっぱいになっていた。
木陰から白い布が風に誘われて顔を出す。
それをきっかけに流れるような所作で一人の老人が顔を出した。
(院生とは思えぬ霊圧察知能力。
驚いた時に揺れてしまったとはいえ、私の霊圧に気づくとは)
黒い着物に白い羽織。
背中に書かれているのは六の文字。
牽星箝を髪に挿し、走りゆく背中に目を細める。
(卯ノ花隊長には礼を言わねばならぬな)
その横に黒い影が静かに現れる。
「父上、こちらにおられましたか。
校内を視察されるのでしたら一言声をかけてくださればいいのに」
同じく牽星箝を挿した青年だ。
「何、ただの散歩だ」
ふっと目を細めたその視線の先の消えて行く背中に、青年は目を瞬かせる。
「女子生徒ですね。
数が少ないと伺いますが、その分優秀なのでしょう」
穏やかな雰囲気は、新緑の風に相まって爽やかな印象を与える。
老人はその姿に満足げに頷いた。
「彼女は1年生だが、特別優秀だと聞いている」
「それは楽しみですね。
今回の視察は彼女を?」
単に霊術院の視察、としか告げていなかったが、いきなり確信に迫られ、老人は小さく笑いを洩らす。
「さあ、どうだろう」
鬼道の演習場、不意に感じた気配に辺りを見回す。
すると道場の隅に老人と青年の姿を認めた。
(朝感じた霊圧だ)
隊長羽織に、上流貴族にしか着用を許されない牽星箝、風になびく眩しい白の銀白風花紗。
(朽木家のお方だろうか)
卯ノ花家も上流貴族であるが、四大貴族に数えられる朽木家は別格と聞く。
厳格な家風を持ち、六番隊の隊長を歴任するという死神の才も際立つ家なのだと、卯ノ花家にいたころ教育係が言っていたのを思い出す。
(隣におられる方も朽木家の方だろうか。
よく似ておられる)
青年が不意に咲の視線に気づき、そっと微笑みを見せた。
咲はそれに驚き、目をそらしてしまい、そらしてからずいぶんと失礼なことをしたと焦ったが、今更何ができよう。
困惑のうちに実技の順番が回ってきてしまった。
実技内容は各々が的である木の棒を撃で引き倒すというもの。
クラスを半数ごとに分けての実技となっている。
周りの院生が詠唱を始めるのを聞き、咲も右手を構えた。
「自壊せよ ロンダニーニの黒犬 一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい。
縛道の九、撃!」
鋭い言葉の後、手から赤い光線が現れ、的を絡め取る。
タイミングを見計らって腕に霊圧を込め、的を引き倒す。
近くにいた生徒の舌打ちが耳に入るが気に留めることはない。
縛道を解き、的を指し直し、場所を他の生徒に譲る。
とはいえど、咲が使った場所を使いたがる生徒は多くはなく、貴族の中でも位の低い誰かが嫌々使うことになる。
壁にもたれて他の生徒の縛道を見ながら、ふと先ほど視察にきていた二人のことを思い出し、周囲に目を向けるが、すでにその姿はなくなっていた。
(護挺のお方だ、忙しかろう)
しがない学生が失礼したことも、きっとすぐに忘れられるだろう。
それよりも、きっとあの二人は3年生の教室に行って、浮竹と京楽を見て驚かれることだろうと、そちらにばかり意識がいっていた。
その予想が、前半は予想もしない結果を招き、後半はほぼ近しい結果になったということを本人が知るのは、しばらく先のことだった。
