斬魄刀異聞過去編
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「本当に、眠っておるようだ」
美しいブロンズの髪が、窓から吹き込む風に揺れている。
いつのまにか来ていた来客の独り言に、部屋にやって来た烈は優しく微笑みかける。
「こんにちは、霞大路五席」
相手は驚いたように振り返った。
「卯ノ花隊長。
お邪魔しています」
「いいえ。
咲と面識が?」
予想外の来客だが、誰かが咲の見舞いに来てくれることは卯ノ花にとっては嬉しいことだった。
「はい。朽木邸でお会いしました。
明翠も心配していましたので、代わりに。
家の男どもは自分に隠しているようだから、気づいていない振りをしているが、やはり心配なのだと」
「気遣いができる女は苦労しますね、卯ノ花隊長。
結局面識のある私に様子を見てきてくれないかと頼んできたんです」
「まぁ……それは御足労お掛けしました。」
「これは明翠と私から。
日持ちするから、目が覚めたら一緒に食べてもらうようにと渡されました」
現世風の包みに卯ノ花は首をかしげる。
「ちょこれーと、という現世のお菓子です。
咲さんが好きだと言っていたと聞きました」
「まぁ咲が」
まさか現世のお菓子に興味を持っているなんて知らなかった烈は目を瞬かせ、それから眠る子に優しい視線を向ける。
「この子も知らないうちに世界を広げているのですね」
「寂しいのが親心ですか?」
「ええ。
でも嬉しいです」
柔らかい笑顔は、いつもと変わらないけれど、でも不思議と、母親らしく見えた。
「すみません、山田先輩」
「原田君も相変わらず無理をする。
怪我をすることほど効率が下がることはないというのに」
嫌味な笑みを浮かべる先輩に苦情を漏らし、処置された右腕を動かす。
大した傷ではなかったが、何かあると困ると土方に言われ、四番隊にまでやってきた。
ちょうど手の空いていた霊術院の先輩が手当てをしてくれた次第だ。
山田は口は悪いが腕は確かで早くて的確だ。
一方で彼の毒舌は精神衛生上良くはないのでどちらを取るかの問題である。
そう言えばと、最近寂しさを押し隠してばかりの部下を思い出す。
よくできた子で、自分たちの前では寂しそうな様子は一切見せないが、毎日のように四番隊に通っていると聞いた。
自分ももし、永倉や藤堂が目を覚まさないようなことがあれば、気が気ではないだろう。
それを綺麗に押し隠す青年に、原田は先輩としての不甲斐なさを感じていた。
「ちょっと一人、見舞ってもいいですか?」
「怪我人の癖に生意気だね。
構わないよ、誰だい?」
「卯ノ花です」
山田は微かに眉を寄せた。
「卯ノ花隊士は昏睡状態が続いている。
残念な事に誰が見舞っても目を開けない。
どれだけ図太い神経をしているのか、調べてやりたいね」
「構いません。
顔をちょっと見るだけなんで」
山田の後ろを着いて歩く。
先程の彼の返事は、誰かの見舞いで彼女が目を覚ます事を望んでいるようにも聞こえた。
流石に自隊の隊長の娘となれば面識もあり、彼なりの思いもあるのだろう等と考えているうちに病室についた。
窓辺のベッドに横たわる咲は、本当に眠っているような様だ。
ベッドサイドに飾られる花は、誰が持ってきて、誰が活けているのだろう。
彼女を思う人がいるのだ。
(あいつみたいに)
山田はいつの間にか席を外していた。
窓からは風が吹き込んでいて、カーテンをふわふわと揺らしていた。
「……夢の中でも迷子になっちまったか?」
祭りの中、沖田が見つけた少女は、不安げで、頼りなくて、まさか期待の新人だとは思えなかった。
今夢の中で、同じような顔をしているのだろうか。
「……原田」
不意に掛けられた声に振り返る。
「朽木三席!」
今日は先輩によく会う日だ。
「見舞いに来てくれたのか?」
勝気な笑顔は昔のままだ。
でもそんな勝気なところが嫌みではなく、むしろ好感が持てるのが、響河と言う人である。
「うちの隊士がこいつに世話になっているから、気になったもので」
「そうか、ありがとう」
響河はベッドの傍の椅子に腰かけた。
彼が咲を可愛がっていることは、風のうわさで知っていたし、自分が上司でもそうしただろうと思う。
純朴で、まっすぐで、強くなる可能性を秘めた部下。
それもこんな、少女のような子であれば、かわいがらないはずがない。
「卯ノ花は強い。
流石卯ノ花隊長に見染められただけある。
本当に、野生動物のようだ。
こっちの気など考えずに、自分の思うまま生きる」
彼女が野獣だと貶められているのはよく聞く話だ。
だが響河が今言うのは、そんな意味は込められていない。
「手がつけられない、可愛い野獣だよ、全く」
くしゃりと笑った顔は、いつもの勝気なそれからは程遠い。
響河が解放をしたくてしたとは思えない。
きっと咲が促したのであろうことは、分かっていた。
「……俺は三席だ。
お前も分かるだろう。
“こんな部下”のために、何度も見舞いになど来れん」
こんな部下、というのはきっと誰かに言われたのだろう。
通常であれば、たとえ自分の技で傷つけたとしても、無席の、それと更木生まれの小娘の見舞いにわざわざ足を向けるなど、朽木家の三席には許されない。
それが身分の差であり、権力だ。
1度でも来れることは、奇跡に近い。
「おかしな話だ。
どんなに席がある男でも、俺の斬魂刀の解放を恐れて逃げるのに、こいつは違った。
こいつの決意が俺を生かした。
精霊廷ために生き残ったんだ。
……その部下の見舞いが許されないというのだからな」
「そうっすね」
響河は頭を振った。
「少し話しすぎたようだ」
「愚痴ぐらいいつでも付き合いますよ」
「すまんな。
……しばらく二人にしてもらっても構わないか」
「はい。
それでは失礼します」
扉が閉まる前、一瞬だけ見えた背中。
頭を垂れたそれは、どこか懺悔の姿に見えた。
自分の刀の力で味方が命を落としかねない彼は、強くも孤独だ。
(苦しい人だ)
目の覚めない彼女は、沢山の人の心に闇を落とす。
きっと彼女は、その事に気付いていない。
更木育ちだと虐げられ、冷たい視線を向けられることに慣れ、自分が刃とならねばならないと頑なに突き進む彼女は、自分がいつの間にか築いた関係性に気づく程世慣れている訳ではなかった。
(早く帰ってこい)
目覚めた時にはそれに気づいてほしいという願いを込めて、もう一度だけちらりと振り返り心の中で優しく呼びかけた。
