学院編Ⅲ
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施設の見学はクラスを大きく二つに分けておこなうことになった。
咲は京楽と浮竹と分かれてしまった。
心配そうにこちらを見る2人に、大丈夫だと手を振ってみせる。
6年への飛び級と言うこと、また更木出身ということで、6年生からは嫌煙されており、とくに話す相手もいないが、以前のように危害を加えられることはない。
全ては京楽と浮竹のおかげだろう。
列の最後尾に付かず離れずでついていくと、不意に覚えのある霊圧と後ろ姿を見つける。
(山田副隊長……)
咲は足を止め、少し迷う。
列からはぐれるのは問題かもしれないが、半年前の選抜組への試験の時にはあの後すぐ気を失い、治療のお礼も言えていない。
(少しだけ、なら……)
咲は列の行き先を目で追い、こっそりと列から離れた。
すくりと伸びた背中を追いかける。
烈の直下で働き、それも副隊長を任じられる程の人。
おそらく烈が背中を預けて戦うのだろう。
その人への尊敬と憧れなど言葉にできない。
角を曲がったところで人にぶつかりかけて慌てて飛び退がる。
「誰か追いかけてくると思ったら」
それはどうやら相手が気づいて立ち止まっていたらしい。
溜息と共に出た言葉に、咲は慌てて頭を下げた。
「山田副隊長、この前はありがとうございました」
勢いよく頭を下げる。
相手はすぐにはいつのことだか分らなかったようで、少しの間ができた。
「あ、半年くらい前の?
大したこともない、命令に従っただけだ。
むしろ副隊長である僕が派遣された理由が分からないね。
僕である必要もなかっただろうに」
思い当たったようで、小さく笑っている。
嘲笑のようにさえ見えるそれは、烈と並ぶ四番隊の者というイメージからは少し、否、随分遠かった。
「ところで、いいのかな」
咲は首を傾げる。
「今日は見たところ学院の制服だ。
見学会か何かあると朝礼でちらりと聞いたが、それかな?」
「はい」
「他の院生は?」
「あちらに……すぐに追いかけます」
その言葉に、山田は嘲笑を深めた。
「やはり僕が助ける価値もなかったな」
咲はびくりと肩を揺らして口を噤んだ。
「お礼を言うため?
これだから情だの恩義だのを優先する浅慮な奴らは。
それで調和を乱し怪我人や、最悪死者が出たらどう責任を取るつもりだい?」
彼の言うことは全く持って正しい。
咲は小さくなって俯いた。
「何してんの、更木生まれの獣の癖にグズだな。
早く行ったら?」
咲は、はい、と小さく返事をして駆け出した。
先ほど院生がいた通りまで来たのだが、姿が見えない。
霊圧を探っても、たくさんある気配の中に掻き消されてしまって、上手く見つけられない。
(まずい……)
焦りながら辺りを探すも、どうしても見つけられない。
それよりも、さっきから自分の後ろから近づいてくる複数の気配が気になっていた。
(殺気が、漏れている)
これが総隊長が言っていた反乱因子なのだろうか。
道は簡素なつくりで、隠れられそうなところなど到底ない。
咲は立ち止まり、自分に一直線に向かってくる殺気にひるむことなく抜刀し刀を受け止めた。
帯刀が許可されていた理由は、間違いなくこれだ。
男は受け止められたことに驚きつつも、憎々しげに言った。
「団体行動を怠ったのが愚かだったな。
流石元柳斎の創設した学院だ。
くだらんことしか教えていないのだろう」
「さっさと切り捨てろ!」
その後ろから別の男が飛び出してきて、咲は咄嗟に刀を薙ぎ払い、転がるようにしてもう一人の刀も避けた。
卯ノ花や道場の者ばかりを見ている咲にとって、彼らの言葉は衝撃でしかなかったし、まさに山田の忠告通りだと酷く後悔した。
「なぜっ」
話しかけるつもりなどなかったのに、思わず口をついて出た。
「我等は使命を全うするのみ。
我らの目指す護廷の為に!!」
咲を見下ろす顔は、恐ろしい程、真面目だった。
己を信じて疑わない顔だ。
「案ずるな、苦なく殺してやろう。
見せしめにお前の首を晒すのだ!
何、一瞬で終わる!!!」
見せしめと言うならば、誰かを甚振るためだ。
それの相手はおそらく、総隊長。
見学会で院生が惨殺されたとなれば、学院に子どもを通わせている親も黙ってはいないだろう。
いくら護廷を目指すとはいえ、上流貴族も多く在籍するのだ、ただでは済むまい。
「我らは我らの方法で平和を作る!」
咲に向かって振り下ろされる刀。
男の瞳に燃える執念を振り払い、咄嗟に飛び退く。
「小娘の癖になかなかやりおる。
お前の死は無駄にはしないぞ、護廷の為にお前の首を刎ねるのだからな!!!」
再度振り下ろされた刀を、霊圧をあげて弾き返す。
「騒ぎになる前に殺せ!!」
この程度の力量あれば、咲には何ということもない。
隊士相手に自分が攻撃する事を躊躇ってしまうが、そうは言っていられないらしい。
咲は改めて3人の敵を睨みつけ、刀を構えた。
「歯向かうとは生意気な!!!」
飛びかかる男の刀を避け、背中に回り足の間に鞘を差しこんで転倒させ、その隙に峰打ちで気絶させる。
「この野郎!」
「縛道の四、這縄!」
左手から出した這縄で一人の腕を捕えるが、別の男が斬りかかってきたために飛び上がって避ける。
その間に這縄は斬られてしまった。
背後から迫る刀を振り返って受け止めると、またその背後から別の男が襲いかかってくる。
慌てて受け止めている刀を薙ぎ払いながら跳び避けると、剣が降りかかって来る。
それをなんとか薙ぎ払うも、肩に痛みが走った。
顔をしかめながらも、男に向けて左手を向ける。
「縛道の六十三 鎖条鎖縛!」
続いて斬りかかってきた男を飛び跳ねて避け、すぐに首筋に峰打ちをして気絶させる。
(後2人、そろそろ……)
「くっ身体が……!」
「なんだこれはっ!」
体が動かないのか固まっている残りの2人に、咲は急いで左手をつきだした。
「縛道の六十三 鎖条鎖縛!」
そして縛り上げてから、残りの鬼道を解く。
伏火を曲光で隠す咲の常套手段だ。
問題は彼らをどうするか。
(この人達は私の憧れだったのに……)
混乱する頭の中に思い浮かんだのは、山田の顔だ。
彼ならまだ近くにいるかもしれないと、咲が歩き始めると、足元に文様が浮かび上がり、目を見開く。
「院生にこんな手の込んだことをするのも癪だが、このまま帰す訳にはいかねぇ!」
3人の死神が現れ、咲を中心に三角形を描く陣を作る。
身体を動かそうにも、指一本動かない。
彼らの足元から延びる赤い線が、咲の動きを捕えているらしい。
(そんな!)
戦いに集中しきれていなかった自分を反省しても始まらないが、それでも後悔せずにはいられない。
「新術をお前で試してやろう!」
(私で試すということは、これは本当は誰かがうけるべき攻撃なのだろうか)
脳裏に浮かぶのは、獄寺や山本、近藤や土方、そして卯ノ花の姿だ。
(どうしてあの方たちが攻撃されなければいけないんだ……
あの優しい人達の命を奪うほど価値のある理由なのか)
唇をかむと血の味がした。
それも最後かもしれないと思うと、吐気がするほどの恐怖に襲われる。
男達が刀を振り上げ、足元の赤い線につき刺そうとする。
きっとそれが、咲の命を絶つ瞬間になるのだろう。
目を閉じることさえ許されない己に、怒りが溢れる。
逃げたい、暴れたい、叫びたい、喉がつぶれるほどーー生きたいと。