学院編Ⅲ
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「護挺の見学?」
朝の恒例である掲示板確認をしながら、浮竹が呟いた。
3人の視線の先にある紙には明後日におこなわれる第一回護挺見学会の説明が書かれていた。
「今年からあるらしいよ。
楽しみだなぁ」
京楽はそう言って大きなあくびをした。
最近では道場に帰ればしごきが待っていて、あくびなどしている暇はない。
霊術院内にいる間が休憩時間のようなものだ。
よって彼の楽しみだなぁ、という言葉の半分は授業がないことへの喜びが占めている。
ふと浮竹の視線を感じ、咲は隣を仰ぎ見る。
鳶色の瞳が、優しく弧を描いた。
「卯ノ花隊長にも、お会いできるといいな」
その言葉に咲は思い出したように目を見開き、そして大きくうなずいた。
きゅっと手を握りしめる。
ーあなたが求める強さとは何なのか、その頭で、身体で、しっかり学んできなさい。
己の中で強さを理解せぬままでは、護挺隊士は務まりませんよー
あの言葉をもらってから半年。
卯ノ花家には一度も帰ってはおらず、もちろん、烈にも会ってはいない。
もし働いている姿が見れるのであれば、どんなに素敵だろう。
(きっと働かれている姿は、とてもお美しいに違いない……!)
思い描く烈の姿に、咲はぼんやりと頬を染める。
その様子に2人は楽しそうに笑って次の教室へと向かう。
だがまだ物思いに浸っていて着いてこない咲に、2人は顔を見合せて笑った。
「おーい!
授業、遅れるよ」
「は、はい!」
結局京楽が声をかけ、その隣で浮竹が笑う。
咲は顔を真っ赤にして、慌てて駆けだした。
「総隊長も物好きですな」
縁側で湯呑で手を温める元柳斎の耳に老人の声が届く。
それが先日の隊集会で近藤隊長から申請された霊術院の護挺見学会のことだということはすぐに分かった。
「わしは何とも言っとらん。
勝手にせよと申したまで」
本屋の方から銀嶺が隊長羽織をはためかせながら歩いてくる。
「それが物好きだと申しておるのです」
隊士がもう一杯のお茶と茶受けを運んで来たので、銀嶺は元柳斎の隣に腰を下ろした。
「近藤隊長はなかなかの仕事ぶりじゃ。
それを評価したにすぎん」
ずずず、と元柳斎が茶をすする音が響く。
彼よりも熱いお茶を飲んでいるはずの銀嶺でおるが、音を立てることなく飲んだ。
近藤の働きは有難いものであることに間違いはない。
霊術院での教育から護廷十三隊の採用など、人事においては課題は山積みで、積極的な改革をおこなうことが望ましいが彼が隊長になるまではふさわしい人材を見いだせなかった。
それは近藤の部下である土方の存在についても言えること。
「午後から、でしたかな」
元柳斎はひとつ頷く。
「楽しみですな」
その言葉には反応をしない。
じっと湯呑の中を見つめている。
銀嶺が何を楽しみと言っているのか、よく分かっていたからだ。
そして、楽しみ、と言いきれない心中でもあった。
銀嶺も、卯ノ花も、近藤も、玖楼も、会ったことのある人物。
自分だけがまだ会っていない人物。
二千年経とうと、心の中に巣食う人ーー
2人はそれ以上言葉を交わすことなく、静かに庭を眺めながらしばしの休息を取っていた。
担当教員の引率のもと、霊術院6年1組は護挺の門をくぐった。
帯刀した隊士が教師に挨拶をし、列の前後についた。
理由は院生にまで説明されない。
違和感はあるものの、問いかけることはできるはずもなく、誘導のままに進んでいく。
初めに通されたのは一番隊隊舎だ。
総隊長直々に話があるとのこと。
隊舎内を進むと、其処此処に黒い死覇装に身を包んだ死神達に出会う。
院生はその一人一人に目を奪われる。
咲も例外ではなかった。
鍛錬場の一つであろう建物の中で待つように言われ、皆整列して静かに待つ。
開けられた扉から、白が舞いこむ。
ゆらりと、動くたびに揺れるそれは、隊長だけが纏うことを許された羽織と、顎から長く伸びる髭。
彼は、ここにいる院生がまだ見たことさえない、ここの主。
「山本元柳斎重国じゃ」
護廷十三隊一番隊隊長・護廷十三隊総隊長。
霊術院の創設者。
そして咲達が通う道場、“元字塾”の総師範。
雲の上の人である彼の姿を、初めて見た。
その威圧感と、霊圧と、存在感に、息をのむ。
「霊術院で日々斬拳走鬼に励んでおろうが、ここ護挺に入隊する道は易くはない。
しかし、入ってからの道の方が、余程険しかろう」
朗々とした声に、咲は心を持っていかれてしまう。
「そなた達には申しておかねばならぬことがある」
杖を床に打ちつける音に、数人の院生が身体をびくつかせた。
「現在、静霊挺内其処此処で乱闘がおこなわれておる。
というのも、叛乱因子がおるからじゃ」
京楽はふと眉をひそめる。
そんなことを自分達に何故言うのか、と。
「死者が出るのも日常茶飯事。
我々の仕事は、お主らが霊術院で学んでいることだけに収まらん。
同士であるべきの同じ死神にまで刃を向けねばならぬ」
咲は目を見開いている。
山本や獄寺からも、今まで関わった誰からもそんな話は一言も聞いたことがなかったからだ。
「入ってから駄々をこねられては堪らんのでな」
鋭い視線が、院生を眺め、そしてその最後に、自分がまるで見据えられたかのように咲は感じた。
「身内同士の殺し合いから、虚の魂送まで、仕事は山のようじゃ。
その覚悟のある者のみ、入隊試験を受けるがよい。
儂からは以上じゃ」
元柳斎は来た時と同じようにゆっくりと、しかし皆の視線をそらさせることなく、道場を後にした。
(私は、護挺を何も知らない)
卯ノ花に憧れ、追いかけて、ただただ強くなろうとしてきたけれど、彼女のいる場所についてはよく知らなかったことに初めて気づいた。
(烈様が、ここにいる理由も)
元柳斎と入れ替わるようにしては言ってきたのは、近藤だった。
「十三番隊隊長、近藤勇だ。
今日は護挺の良いところも悪いところも、できるだけ見てもらうからな。
覚悟しておけ!」
明るく強いその声に、院生が一斉に、はい、と返事をした。