学院編Ⅲ
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「もっと吹いてみろよ。
せめて北風程度に。」
土方の柳眉が挑発するように上がる。
でも、それに応えられないほど、自分の息が荒い。
全力だ。
間違いなく全力なのだ。
なのに目の前の男は、始解もせず、息も乱さず立っている。
(これが、差)
いつも強いと思っていた獄寺や山本さえ霞む。
自分など、余りに弱い。
ヒュン
気配に慌てて刀を振ると、キィィン、と甲高い音が響いた。
腕がしびれる。
(だめだ、すぐに飛びのかないと)
急いで瞬歩で距離を取る。
腕がしびれている間に、彼は襲うのだ。
距離をできる限り取ったはずなのに、目と鼻の先で刃が煌めく。
紫の瞳が楽しげに笑った。
それはまるで挑発。
(読まれている!)
後に引くこともできず、突きだしたままの刀を握り直し、霊圧を込めた。
「渦風!」
練習場を襲う強い風に、京楽は咄嗟に顔をかばった。
(これが、空太刀の力……)
自分にはまだない、始解の力。
これだけ離れているというのに身体ごと吹き飛ばされそうになる。
(ボクにこの力があれば……)
あれば、と思って、ふと、あったら何なのだろうと思う。
自分には養わなければならない家族がいるわけでも、死に物狂いで生きるために戦う必要もない。
自分に、なぜこの力が必要なのだろう。
(ほどほどでよかったんだ。
そうならこんな思いしなくてよかったのに、2人に絆される馬鹿なんだから嫌んなっちゃう)
吹きやんだ風に辺りを見ると、練習場の中央に伏せている咲が見え、呼吸が止まるかと思った。
その横で刀をしまっている土方は、余りに平然としていて、違和感すら感じる程。
それほどまでに圧倒的な力の差が、彼らとの間にはあった。
「……なんだ?」
その京楽の視線を感じたのか、紫の鋭い瞳が睨む。
「睨んでいるつもりか」
鋭い声にそう問いかけられ、自分の顔が険しくなっていたことに初めて気がついた。
「い、いえ」
無理やり目をそらして、咲の傍に駆け寄る。
気を失っているだけらしい。
浮竹も道場から駆けてきて、咳こみながら京楽の隣に膝をついた。
「大丈夫、気を失っているだけだよ」
その浮竹を安心させるように、京楽は笑いかける。
「良かった……」
そしてまたむせ込む浮竹。
「おいおい、大丈夫かい?」
咲を片手で起こしながら京楽は浮竹の背中をさする。
「わ、悪い」
蒼い顔の浮竹の笑顔が、気のせいか明るく見えるからだろうか。
これ以上、待てないと思った。
日はずいぶん前にくれていて、冷たい風が帰路を急かす。
灯りの点り始めた道に、男が2人、満足げな顔をして護挺へと帰っていく。
だが2人の仕事はまだ終わってはいない。
「ずいぶん気に入ったようだな、歳」
近藤が嬉しそうに声を掛けた。
「さぁな」
土方はにやりと笑う。
付き合いの長い2人にとって、互いに満足のいく新人を見つけたことは、これだけの会話で充分すぎるほど伝わっていた。
「俺も気に入ったぞ、あの青年」
「あ?
ああ、近藤さんは何か話してたな」
近藤は腕を組んで、ふむ、と深くうなずいた。
「京楽春水、彼はなかなか面白い。
兄貴とは全く違った子だとは噂で聞いていたが、芯のところはそっくりだ。
あれは有望だな」
近藤と土方の手には、成績などのデータだけではなく、すでに3人の家の情報や、生い立ち等も渡っている。
とはいえ、もともと交流試合もあったような親しい道場に通っていた子でもある。
上流貴族の京楽家を知らぬはずもなく、同じく上流に属する近藤家とも当然付き合いはあった。
春水自身とは挨拶程度しかしたことはなかったが、兄である当主とは何度か話をしたこともある。
「浮竹十四郎、彼はなかなかの好青年だった。
情報はもともともらってはいたが、やはり放ってはおけん」
浮竹の病気の件も、情報としては2人とも知っていた。
兄弟が多いことも、治療費が馬鹿にならないことも、家が裕福ではないことも、知っている。
始解に耐えられないという話は、流石に初耳であったが。
「あいつは似てんだよ」
唐突に発された言葉に、近藤は土方を見た。
「ん?
誰のことだ?」
「浮竹だよ。
あんただ、近藤さん。
あの餓鬼はあんたに似ている」
土方の言葉に、近藤は目を瞬かせる。
「馬鹿みてぇに真っ直ぐなところといい、無邪気な性質で人を引き付けるところと言い、似てんだよ」
意地悪く笑う土方に、近藤は照れたように頭を掻いた。
「いやぁ困った。
しかし歳がそう言うんだ、間違いない。
諦めて、十三番隊に来てもらうしかないな」
「京楽のとこの次男坊はもう一歩だな。
もともと悪くねぇ筋だった。
じきに目も覚めるだろう」
そこまで言うと土方はひとつ大きなため息をついた。
「おいおい、どうしたんだ歳?」
「近藤さんもまんまと乗ってやることねぇのに」
その言葉に近藤は首をかしげた。
「何のことやら、さっぱりだなぁ」
そして快活に笑う。
「昔から出る杭は打たれるもんだ。
山本達も馬鹿じゃねぇ。
あれで獄寺なんかは世話焼きなところがあるしな」
土方の言葉に、近藤も目を細めて頷いた。
「権力に媚びない姿勢は大切だろう。
道を誤まらないためにも。
だが、力がある年長者が、若者を導いてやるために少し手を貸してやることは、本来責務の一つだ。
違うか、歳」
土方は小さく鼻で笑った。
「さぁな。
ただ、あいつらが変な輩に目をつけられないことを、祈ってやってもいいぜ」
相変わらずだなぁ、と近藤は笑った。