新副隊長編
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月夜の庭の百日紅も新芽が吹き、緑の枝を揺らす。
彼女と関係が変わってたのは、百日紅の盛りだった、と京楽は1人、縁側で酒を煽る。
それ以来ごく稀に今夜の様に2人は逢った。
浮竹はーーこちらもごく稀に何か言いたげな顔をすることもあったが、それが言葉になることはなかった。
例え2人で飲んでいても、何も言いはしない。
だがおそらくこの関係の事は気付いているだろうと京楽は思っていた。
だが京楽としては咲を縛る気持ちは微塵もないし、浮竹と関係が進んでも良いと思っていた。
己が取り残されるのは確かに寂しいだろう。
だが、おそらくそうはならない自信があった。
京楽と咲の関係が進んでも、浮竹と咲の関係に変化が無い様に、三人は三人だ。
この歪な三角形を壊すことは、例え自分達でもできない。
自分達がこれ程深い思いでつながる者は、他に存在しえないとさえ思い込んでいた。
不意に気配に振り返る。
月の光の中で、女はこちらに背を向けていた。
無駄のない、それでいて滑らかで女性らしいその背中を知るのは自分だけだ。
そしてふと、つい先まで浮竹と三人の関係をかけがえのないものだと思っていた自分が何を言う、これは独占欲の表れではないか、とも思う。
そして彼女のストレートで、長さは浮竹程である黒髪が月光に柔らかく照らされるのを、愛おしくもどこか悔しく思うのであった。
「……どうしたんだい?」
じっと動かない背中に着物を羽織らせて、後ろから抱き寄せる。
彼女は表情を見られないよう顔を背けた。
「愛おしいってどういうこと」
硬い声が、しんと響いた。
彼女はどうやら先の一言を気にしているらしかった。
京楽自身、失言の自覚はある。
ー……君が愛おしいよー
自分達の関係において、よりにもよって、愛を語るなど。
副水盤に帰らず、だ。
しかし彼女の様子は、京楽が予想していた反応よりなお、悪い。
「言葉にはならない想いが口から溢れるとそんな音になるのさ」
あやす様に髪を撫でつけながらそういうも、彼女は納得しないのか押し黙ったままだった。
「ボク達はあまりに時間を共にし過ぎたし、一緒に苦難を乗り越え過ぎたし、悲しい結末も目にしすぎた。
そしてきっとこれからもだ。
君への思いを言葉にするには、あまりに難しくて適切な言葉は見つからない。
だけど、心を盃に喩えた時、その酒が溢れたらたまたまそんな音がしたっていうだけのことだよ。
次はもっと違う音かもしれない」
「……その、言葉に出来ない思いは憎しみと同居しうる?」
その言葉に京楽は目を細めた。
この問いは根が深そうで、慎重に答える必要がある、と。
「そうだね、愛憎という言葉があるくらいだ。
二つの感情は表裏一体かもしれない。
ボクらはもういい歳だから 悋気 することももう無いだろうけれど……そうだな、その思い故君を憎く思うこともあるやも知れない」
「じゃあ死の淵に瀕した時に、その言葉が出るって、どういうことだろう」
「それはーー」
思わず言葉に詰まる。
彼女が親しい人の死に目に会った直近はいつだったか。
1つの仮定が脳裏を過ぎる。
だがそれは、あくまで仮定に過ぎない。
この問いに間違う事は許されないと、そう思った。
言葉を反芻する様に、口の中でゆっくり温めてから声にする。
「自分がその立場になって思い描いてごらん。
ボクは……そうだねぇ、相手に生きてほしいと思ってだと思うよ」
「……生きて、欲しい」
「そうさ。
自分の心を、想いを、大切な人の生きる為の糧に。
人の心はそうして、例え死んだとしても他人の中で生きる」
言ってからふっと笑う。
「……ベタな話だが、言い得て妙だ。
死者も残された者も、そう思う事で救われる」
咲は俯いたまま黙っていた。
そしてしばらくしてから、微かな溜息が漏れた。
「救われる価値など……」
独り言の様な言葉をかすかに呟き、背後の男にそっともたれ掛かる。
彼女はそれ以上なにかを言うつもりはない様だった。
男は黙って女を抱きしめる。
一時よりは随分回復した彼女であるが、その奥にはまだ、闇を抱えたままだ。
この腕の中から彼女が溢れ喪ってしまいそうな寒気は、なかなか拭えそうになかった。
彼女と関係が変わってたのは、百日紅の盛りだった、と京楽は1人、縁側で酒を煽る。
それ以来ごく稀に今夜の様に2人は逢った。
浮竹はーーこちらもごく稀に何か言いたげな顔をすることもあったが、それが言葉になることはなかった。
例え2人で飲んでいても、何も言いはしない。
だがおそらくこの関係の事は気付いているだろうと京楽は思っていた。
だが京楽としては咲を縛る気持ちは微塵もないし、浮竹と関係が進んでも良いと思っていた。
己が取り残されるのは確かに寂しいだろう。
だが、おそらくそうはならない自信があった。
京楽と咲の関係が進んでも、浮竹と咲の関係に変化が無い様に、三人は三人だ。
この歪な三角形を壊すことは、例え自分達でもできない。
自分達がこれ程深い思いでつながる者は、他に存在しえないとさえ思い込んでいた。
不意に気配に振り返る。
月の光の中で、女はこちらに背を向けていた。
無駄のない、それでいて滑らかで女性らしいその背中を知るのは自分だけだ。
そしてふと、つい先まで浮竹と三人の関係をかけがえのないものだと思っていた自分が何を言う、これは独占欲の表れではないか、とも思う。
そして彼女のストレートで、長さは浮竹程である黒髪が月光に柔らかく照らされるのを、愛おしくもどこか悔しく思うのであった。
「……どうしたんだい?」
じっと動かない背中に着物を羽織らせて、後ろから抱き寄せる。
彼女は表情を見られないよう顔を背けた。
「愛おしいってどういうこと」
硬い声が、しんと響いた。
彼女はどうやら先の一言を気にしているらしかった。
京楽自身、失言の自覚はある。
ー……君が愛おしいよー
自分達の関係において、よりにもよって、愛を語るなど。
副水盤に帰らず、だ。
しかし彼女の様子は、京楽が予想していた反応よりなお、悪い。
「言葉にはならない想いが口から溢れるとそんな音になるのさ」
あやす様に髪を撫でつけながらそういうも、彼女は納得しないのか押し黙ったままだった。
「ボク達はあまりに時間を共にし過ぎたし、一緒に苦難を乗り越え過ぎたし、悲しい結末も目にしすぎた。
そしてきっとこれからもだ。
君への思いを言葉にするには、あまりに難しくて適切な言葉は見つからない。
だけど、心を盃に喩えた時、その酒が溢れたらたまたまそんな音がしたっていうだけのことだよ。
次はもっと違う音かもしれない」
「……その、言葉に出来ない思いは憎しみと同居しうる?」
その言葉に京楽は目を細めた。
この問いは根が深そうで、慎重に答える必要がある、と。
「そうだね、愛憎という言葉があるくらいだ。
二つの感情は表裏一体かもしれない。
ボクらはもういい歳だから
「じゃあ死の淵に瀕した時に、その言葉が出るって、どういうことだろう」
「それはーー」
思わず言葉に詰まる。
彼女が親しい人の死に目に会った直近はいつだったか。
1つの仮定が脳裏を過ぎる。
だがそれは、あくまで仮定に過ぎない。
この問いに間違う事は許されないと、そう思った。
言葉を反芻する様に、口の中でゆっくり温めてから声にする。
「自分がその立場になって思い描いてごらん。
ボクは……そうだねぇ、相手に生きてほしいと思ってだと思うよ」
「……生きて、欲しい」
「そうさ。
自分の心を、想いを、大切な人の生きる為の糧に。
人の心はそうして、例え死んだとしても他人の中で生きる」
言ってからふっと笑う。
「……ベタな話だが、言い得て妙だ。
死者も残された者も、そう思う事で救われる」
咲は俯いたまま黙っていた。
そしてしばらくしてから、微かな溜息が漏れた。
「救われる価値など……」
独り言の様な言葉をかすかに呟き、背後の男にそっともたれ掛かる。
彼女はそれ以上なにかを言うつもりはない様だった。
男は黙って女を抱きしめる。
一時よりは随分回復した彼女であるが、その奥にはまだ、闇を抱えたままだ。
この腕の中から彼女が溢れ喪ってしまいそうな寒気は、なかなか拭えそうになかった。