学院編Ⅲ
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咲と京楽を見ていると、一人だけ取り残された気分になってしまう。
純粋に剣だけであれば、浮竹は京楽とは互角、男女差もあり咲に勝つ実力はある。
白打は2人に劣るが、大差があるわけでもない。
歩法は3人の中でも一番。
鬼道は京楽の方が上だが、咲よりも上だ。
(この体さえ……)
浮竹は拳を握りしめた。
ミミハギ様が命を繋ぎ止める、強大な力を宿した体。
本来死神は始解により霊圧を具現化し戦う。
それは鎖結と魄睡が正常に機能するという前提に基づくものだ。
平常時であれば抑えが効いたものの、大量に溢れる鎖結からの霊圧。
そして始解とともに身体に漲るそれは骨や筋肉、臓腑を激しく損傷させた。
しばらくすると、咲が慌てて斬魂刀を取りに来、そして駆けて行った。
そして今、目の前で土方と咲は真剣で戦っている。
「お、浅打じゃないな」
咲の様子をはらはらして見守っていたせいか、浮竹は声を掛けられるまで近藤が隣に来ていることに気がつかなかった。
「はい」
急に声を出したせいか、浮竹はむせてしまった。
近藤はおや、と眉をあげた。
「君は浮竹だったな。
大丈夫か?」
「はい、失礼いたしました」
浮竹は呼吸を整えてから頭を下げた。
近藤の方は気に留めていないようで、むしろ浮竹が腰に差す刀に興味が向いている。
「刀の名は何だ?」
「双魚理です」
「良い名だ。
持ち主の才を感じさせるな」
そう褒められても始解の叶わぬ刀であるから、浮竹は力なく首を横に振るしかない。
「どんな能力がある?」
「二刀一対であることしか分かりません。
俺もまだ一度しか始解していませんし……俺には使えません」
近藤は首をかしげた。
「どうしてだい?
始解ができるならそれに見合う能力があるはずだ」
「体が悪いんです。
始解に耐えられません」
死神として致命的な言葉に反してさっぱりとした前向きな顔を見せるので、近藤は返す言葉もなく眉尻を下げた。
「だから双魚理に頼らなくても大丈夫なくらい、強くならないといけないんです」
死神にとって自分の半身とも思える斬魂刀に、それも始解をようやく習得したというのに、そんなことを言うのは辛いことだろうと、近藤は胸を痛める。
だからこそ、彼は本気なのだと確信した。
斬魂刀を捨てる覚悟をしてまで、彼は護挺を目指す。
それが、友を真っ直ぐと見つめる鳶色の瞳から伝わってきた。
「早々諦めることもないだろう」
近藤はうーんと腕を組んで考えた。
この真っ直ぐな青年をこのままほおっておくことは、彼の性格的に無理だった。
土方からこの3人の成績や性格については聞いているし、山上の一件の時にもある程度話は聞いた。
この1年ほど、彼らのことは度々聞いてきたのだ。
会うのはもちろん初めてだが、近藤としては初めて会った気がしない。
その上、なかなかの好青年だ。
自分の隊に欲しいと思ってしまうほど。
(失うには惜しい人材だ。
なんとかならんもんか……)
そして何かひらめいたというように、浮竹の肩をがしりと掴んだ。
「腕のいい医者を知っているんだ!
きっと力になってくれる」
目を瞬かせて、でも、と浮竹は口ごもった。
「心配はいらん、俺に任せろ」
にかっと眩しい笑顔を見せる。
「あの……どうして、そんなことまでしてくださるんですか?」
ためらいがちに尋ねた言葉に、近藤は少しきょとんとして、それから頭を掻いた。
「お節介だったかな。
いやぁ、また歳に叱られちまう」
「そんなことありません!
とてもありがたいお話ですが、なぜ隊士でもない私などのために、と思いまして……」
俯く浮竹は、少年の面影を残しており、近藤よりもまだ一回り以上小さくて細い。
その姿に、やはり自分が助けてやらねばと、近藤は決意を固くした。
「十三番隊の専門業務は人事。
だからというわけではないが、お前を見ていれば、わかる。
お前は今、剣を捨ててはならない」
その言葉に驚いて顔を上げる。
血の気の失せていた頬がぱあっと明るくなる。
知的な瞳がきらりと光る。
押し殺すような高い霊圧が嬉しそうに優しく揺れる。
彼の純真さが眩しく、そして強く惹きつけられた。
近藤は口を開く。
「護廷にはお前が必要だ。
諦めてはならん」
大きな手でわしゃっと白髪をかき混ぜた。
彼はきっと、立派な隊長になる。
それは確信だった。
「はい!」
少年の明るい返事に、近藤は大きく頷いた。
斬り込まれてくる刀を往なすので精一杯だ。
「どうした?
防いでばかりでは倒せねぇぞ」
鋭い瞳が不敵に笑う。
普段指導をしてくれているのが十二席で、彼らでさえまだ敵わない。
いきなり相手が副隊長なのだ、敵うはずもない。
その強さに畏れを抱く暇さえ、与えないとばかりに土方は斬り込んでくる。
攻撃する隙などありはしない。
「始解してみろよ」
囁くように耳に届いた声に、咲は目を見開く。
その瞬間、立て続けに強く打ちこまれ、咲は道場の外に転がり出た。
そう、彼は圧倒的に強い。
まるで自分が赤子のように感じる。
「外ならいいだろ?」
片膝をついて顔をあげれば、斬魂刀を肩に担ぐように持つ土方。
遊ばれているようだと、思った。
小さい子が立つのを邪魔して、何度も転がすような。
そんな風習、どこかで聞いた気がすると、頭の隅で思いつつ、咲は刀を両手で握り、そして目を閉じて呼吸を整えた。
「悲涙流れし 血を啜れ いざ目覚めよ
どうっと刀を中心に風が起き、咲は静かに立ち上がる。
象牙でできた大型の
側面に開いた穴から、ヒューヒューと風が漏れ、渦巻いた。
「ほぉ」
土方は刀を構え、笑った。
「悪くねぇ」
咲が転がり出た道場の縁側に、腰かけて様子を見る。
「悔しそうだな」
かけられた声に、京楽は目を閉じた。
「いけませんか」
「んなこたぁ言ってねぇだろ」
獄寺が目を細めて京楽の隣に腰掛ける。
「……悔しくて当たり前だ」
ぽつりと聞こえた声に、何故だか心が軽くなった。
「始解には、時がある。
能力としては、お前もそろそろいけるはずだ」
京楽は獄寺をじっと見つめた。
「じゃあ、何が……」
獄寺はのんびりと晴れた空を見上げた。
「ま、焦らず考えたらどうだ。
それだけの力があるんだ、卒業にも入隊にも支障はねぇ」
ふと京楽に目を戻せば、拗ねたような顔をしていて、思わず笑ってしまった。
「後で土方副隊長に頼んでみな。
何か見えるかもしれねぇぜ」
目の前では、咲が竜巻を繰り出し、土方はそれを簡単に止めている。
これが副隊長の力なのかと、京楽は見入ってしまう。
始解しなくても、この強さ。
「……ボクはまだ、足りないものがたくさんある。
ありすぎて……」
2人にあって、自分にはないもの。
掴めそうで掴めないものを、きっと彼は教えてはくれないだろうし、聞くつもりもない。
腰に差した浅打をそっと撫でる。
答えは自分の中にしかない。
彼らと並ぶ強さをーー彼らを守る、強さを手に入れる為に。