学院編Ⅲ
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「京楽、お前は変わっているな」
かけられた声に、京楽は庭から浮竹へと目を映した。
「あ、目が覚めたの?」
ごほごほと咳をしながら、浮竹は小さくうなずいた。
「どうしてこんなところにいるんだ?
仕事は?」
「洗濯は終わったから。
寒い?
閉めようか?」
「いや、心地よい」
浮竹も身体を起こし、顔を外に向けた。
「……俺達はどうして知り合いになったんだろうな」
京楽は首をかしげた。
「どうしてって、そりゃ寮が同室だったからさ」
浮竹は小さく笑った。
「そう言う話じゃないんだが……まぁそうだな」
秋風が部屋の中に吹き込み、京楽の焦げ茶色の髪も、浮竹の白髪も、ふわりと揺らす。
2人が出会ってから、もう3年と半年が過ぎていた。
「俺は」
「ボクは」
2人は同時に口を開き、そして同時にやめて、まじまじと互いを見つめた。
譲り合った末、京楽が口を開いた。
「君がうらやましいんだ、ずっとね」
「嘘だろ」
目を見開く浮竹に、京楽は力なくため息をついた。
「嘘なら良いんだけど、どうもねぇ」
すると浮竹は小さく笑った。
その笑顔が彼らしい爽やかなもので、京楽も思わず微笑む。
「俺もだ」
「え?」
「俺もお前がうらやましいんだ、ずっと」
今度は京楽が目を見開く。
「嘘だろ」
「嘘なら良いだけど、どうもな」
しばらく見つめあった末、2人は声を立てて笑い、浮竹はそのせいで咽せた。
その背中を、京楽がいつも通りさする。
咳が納まると、浮竹は尋ねた。
「こんな下流出身の病弱な俺なのに、どうして」
鳶色の瞳がこんなに苦しげに細められているのを見たのは初めてで、京楽は一瞬どもってしまう。
「浮竹、僕はそんなこと気にしちゃいないさ。
そんなことよりひねくれ者のボクはずっと、君の馬鹿みたいなまっすぐさがうらやましくてね。
始解まで先にしちゃうし、空太刀はボクのことは京楽君って呼ぶくせに、いつの間にか浮竹は浮竹って呼ぶし」
ひょいっと肩を上げると、浮竹は困った顔をして頭を掻いた。
「浮竹こそなんで?」
「上流貴族の次男で才気もある上、健康体。
世渡りも上手いのは見ていれば憎いくらいさ」
今度は京楽が困った顔で笑って見せた。
しかしどうも浮竹の顔に陰りがあるのが気になる。
「……浮竹、君なにか」
「京楽君ここにいたんだ」
不意に飛び込んできた言葉に、京楽と浮竹は開けたままになっていた障子の方を見た。
咲が室内の気配や状況を中断させるような入り方をするなんて珍しい。
過敏なほどに気配に敏感な彼女は、いつもタイミングを見計らって部屋に入るから。
しかし、部屋に入ってきたばかりの咲がほうっと疲れたようなため息をついたので、2人は話しはここで一時中断だと顔を見合わせる。
「どうしたんだい?
ずいぶんお疲れのようだね」
咲は浮竹を挟んで京楽の向かいに腰を下ろした。
「……獄寺十二席がお呼びです」
普段からよくある内容だけに、2人は顔を見合わせた。
彼女を混乱させている原因は一体何なのだろうかと。
「浮竹は、体調のことがあるから来なくていい、みたい……」
いつになく歯切れの悪い言葉に、浮竹は微笑みをみせ、その落ち込みのない様振る舞う姿に京楽は目を細めた。
「いったい、どうして呼ばれているんだい?」
「この前の虚の討伐のことが十三番隊の近藤隊長と土方副隊長の耳に届いたらしい。
今2人が来ていて、獄寺十二席に呼んで来いと言われた」
京楽は眉をひそめ、浮竹は驚いたように目を見開いた。
「なぜこんなところにお2人が?」
「よくわからないけれど、私達が死ぬことを心配されていた」
「……十二席は何を考えておられるんだ?」
京楽は顎をさすりながら考え込んでしまった。
その背中を浮竹が押す。
そしてごほごほとむせながら笑った。
「考えている暇なんてないだろ?
隊長にお会いできる機会などそうない。
早く行け」
いつにない空気に、咲は首をかしげる。
「でも」
「俺のことは気にするな」
鳶色の瞳がひどく悲しげで、京楽は目を逸らした。
その鳶色が、今度は咲を見つめた。
吸い込まれそうなその美しい色から、咲は目をそらせない。
「俺の体は、始解に耐えられないんだ」
殴られたような衝撃が2人を襲う。
一方浮竹は困ったように笑って京楽の背中を叩く。
「だから、行って来い。
俺を呼ばない理由も、それだ」
言っていることと一致しないように見える明るい笑顔に、咲は目を見開いたまま、何も言うことができない。
「さぁ、早く。」
病人とは思えない強い力で京楽は押され、体が揺らいだ。
それでも立ち上がることのない様子に浮竹は諦めたのか、笑顔を咲に向けた。
「こいつを連れて行け、空太刀」
そうは言われても咲も戸惑い、2人を交互に見つめる。
不意に京楽がすくっと立ち上がり、部屋の隅に向かった。
そして浮竹の箪笥の中を漁る。
「おい京楽?」
「行くんだ浮竹。
君も一緒に会うんだよ」
そして青い練習着を片手に戻ってくる。
「会うんだ」
ぐいっと押しつけられる、青。
それはこの道場で黒を目指す者が身を包む、若く、青二才の者の印。
「でも、俺は、」
「知っているさ、君の体が弱いことくらい」
京楽は浮竹を睨んだ。
「でも、それを超えるくらいたくさんの努力もしてきた」
「でも無理なんだ!」
「誰が決めたんだよそんなこと!」
青い練習着が、浮竹の細く白い手の中で皺が寄るほど握りしめられる。
その浮竹の襟元を、京楽が掴んだ。
「京楽君!」
咲が我に返って咎めるも、それは何の効果も持たないし、それを止めさせることなど咲には出来なかった。
2人の気持ちが痛くて痛くて、どうすればいいのか分からなかった。
「許さないよ、浮竹。
君が逃げるなんて」
地を這うような声が、京楽から発される。
焦げ茶色の瞳が、浮竹を映し、どこか怒りさえたたえているように見える。
「俺は逃げてなんかいない!」
「逃げている。
君は脅えているんだ。
ボク達が死ぬことに」
鳶色の瞳が見開かれる。
そして次の瞬間、京楽がバタンと畳に転がっていた。
「……分かった口をきくな」
そう言って咽せる浮竹と、口元をぬぐう京楽。
咲は咄嗟に浮竹の背中をさすろうと手を伸ばしたが、その手が強く払われ、その場から動けなくなる。
「脅えて何が悪い?
虚と戦っている時に自分の発作のせいで、お前が死ぬことに脅えて、何が悪い!?」
「悪いなんか一言も言ってないだろ!」
焦げ茶色の瞳が睨みつける。
「君はまっすぐで、馬鹿みたいだ」
「そうさ、俺はお前みたいに賢く」
「違う!
君はただ必死なだけなんだ。
生きようと必死なんだ。
でも、生きるには必死に前ばかり向いているだけじゃダメで、脅えることが必要なんだ。
そうだろ空太刀!」
急に振られた話しに、咲は2人を数度見比べて、ひとつ頷いた。
「強い力で押し続ける者は、いつか必ず不意を突かれる。
全力で常にあることはありえないから。
でも、自分の弱さを知り、死に脅える者はきっと、その不意を突かれることは少ない。
自分がいつ、どんな時に弱いか知っているから、それを補うために努力するから」
固まる浮竹の手から京楽は練習着をもぎ取り、肩から掛ける。
「君の弱さが身体なら、それを補う何かを身につければいい。
その危険を逃れられるよう、努めればいい。
何か方法だってあるはずだ。
幸い、君は頭がいいし、勘もいい。
その上人望があるし、相談相手兼練習相手が2人もいる」
「……お前」
京楽がヘラリと笑って頷き、咲も緊張を解いたように微笑んで、ひとつ頷いた。
「分かったら早く着なよ。
隊長待たせちゃ、それこそ命がいくつあっても足りないよ」
浮竹は大きく頷くと、青い練習着に袖を通す。
青二才であることが、今与えられた特権。
未熟なら成熟するまでの間とことん伸びねば、損。
「一生羨むぞ」
「それはこっちの台詞かな」
その言葉が浮竹が永久に共に在り続けることを示すから、何よりの励ましでもあり、そして何よりも誇らしい言葉だと思った。
すっかり明るくなった2人の様子に、咲はほっと溜息を洩らす。
「行くよ、空太刀」
「来い」
2人の青の間から一歩下がって、咲も廊下を速足で進む。
いつまでもこうして3人で生きていたいと、拳を握った。