学院編Ⅲ
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「やぁ。
君はここの門下生かな?」
翌日の夕方、咲が霊術院から帰って門の前の道を掃除していたところ、不意に男に声をかけられた。
振り返った咲は、目を見開く。
彼が着ていたのが黒い死覇装であるのは特に問題はない。
勤務帰りに道場による先輩も多いからだ。
咲が目を見開いたのは、茜色の光に染まる、白い羽織が目に映ったからだ。
「そうですが……。
何かご用でしょうか」
そう問いかける咲を彼はじっと見て首をかしげるから、居心地が悪い。
「あ!
君は確か、空太刀君かい?」
まるで知人のように大きな声で言って、嬉しそうに笑うが、咲は彼に会った記憶はない。
隊長の知り合いなど、いたら忘れるはずもないのだ。
「えっと……」
戸惑う咲の耳に、ため息が聞こえてきた。
「近藤さん、あんた直接面識ねぇんだから、んなこと言ったら驚くだろ」
彼の後ろで頭を掻きながらそう助け舟を出したのは、腕に副隊長の腕章をつけた男だった。
「え?
ああ、そうだった、すまないね。
写真で見てちょっと知っていたものだからつい……
とりあえず、君の師匠はこちらにおられるかな?」
隊長は明るく笑うとそう問いかけた。
写真というのは山上の一件でのことを差しているとは知らぬ咲は、とりあえずそちらに関しては聞き流すことにした。
悪い人ではなさそうということだけは、咲にも分かる。
だから、師匠の所在を答えることにした。
「山本元柳斎はこちらにはおりません」
「総隊長じゃなくて……そうだな。
君の指導をしてくれている人は?」
今度は咲が首をかしげる番だった。
なぜ彼はそんなことを聞くのだろうか。
彼が山本十二席を訪ねてきたのは確かだが、彼の目的は山本十二席ではない。
咲の指導担当だ。
まさか自分が何か失態を犯したのではないか嫌な汗が伝う。
「そ、れは……」
「俺っすよ、近藤隊長、土方副隊長」
門の中から爽やかな声がかかった。
出てきてほしくない人だっただけに、思わず身体がすくむ。
「ああ!武君!」
近藤はまた大きな声でそう言って、嬉しそうに笑った。
その笑顔に、自分の予想がなんだか違っているような気がして、混乱する。
だが事実、彼の背後にいる土方副隊長の眼光は鋭い。
「そうか、君も今この道場の出身……って当たり前か。
山本総隊長の、甥っ子だもんなぁ!」
その言葉に咲の頭は思考を止めた。
「……えっ」
笑っていた山本は、不思議そうに咲を見つめた。
「あ、言ってなかったか?
総隊長は俺の父親の兄なんだ」
まさかのまさかだ。
確かに苗字は同じだが、まさか親族だとは思いもしなかった。
そのくらい2人の雰囲気は違っていたし、それらしい話も聞いたことがなかった。
立場上、お互い忙しいだろうし、慣れ慣れしく接することもないのかもしれない。
「総隊長と俺の父親は歳の離れた兄弟だからな。
見た目も似ても似つかないし」
明るい山本の笑顔に、このくらい総隊長も笑顔だったらどうなるだろうと、滅多にお目にかかることはできない雲の上の人を思ったが、想像できないので諦めた。
「で、近藤隊長今日はどういった御用件で?」
隊長にも臆することなく話す山本に、やはり席官は違うのだと感じる。
自分にとってはあまりに恐れ多い隊長であるのに、護挺隊士であり、席官でもある彼は、隊長と笑顔で会話ができるほど近い場所にいる。
(私もいつか)
憧れの烈に仕えることができたなら、どれほど幸せだろうと、ぼんやりと思った。
「うむ。
先日の虚討伐の件で話が聞きたくてな」
その言葉に咲は現実に引き戻された。
やはり咲にも関係がありそうだ。
「分かりました」
咲の心配をよそに、山本はいつも通り、にかっと笑った。
そしてその動じぬ姿に、一瞬見とれる。
動じてはならないのは、虚の前だけではないのだ、と。
「では、立ち話もなんですから、こちらへ。
空太刀、お前もな」
優しい笑顔が自分に向けられる。
その表情がどこか嬉しそうで、内心首を傾げた。
だがそれを表に出している場合ではない。
「は、はい!」
その前を近藤と土方が颯爽と通り過ぎ、慌てて箒を引き寄せて深く頭を下げた。
俯いたまま2人の背中をちらりと見る。
(やはり隊長格は雰囲気が全然違う)
それが戦ってきた数であり、部下の数であり、力なのだろう。
烈もやはりそうだ。
雰囲気が常人ではない。
ひゅうっと吹いた秋風に、背中の十三の文字に見とれている場合ではないと、慌てて箒を直しに走った。
だから、土方が振り返って、咲の様子を見ていたことなど、知りはしなかった。
「どういうことか説明してもらおう」
お茶をお盆の載せて、部屋を覗くと、予想以上に険悪なムードで驚く。
さっきまでの朗らかさはどこに消えたのか。
山本の嬉しそうな表情は見間違えだったのか。
「どういうこと、とは」
そのなかで力負けしない山本、そしていつの間に加わったのか獄寺はすごいと思った。
もう一つお茶を取りに引き返そうと思ったが、土方の鋭い目に射抜かれ、動けなくなった。
睨まれているわけではないのは分かっているが、そう錯覚してしまうほど、鋭い目だった。
どこか冷ややかで鋭利な刃物のように感じる。
強い信念を持つ、強者の目。
心の底まで見透かし、値踏みされているのが分かった。
その目が自分から離れて山本を見、ようやく咲は体の自由を取り戻した。
土方にお茶を持ってきたことに気づかれているのに、足りないお茶を取りに引き返すわけにもいかない。
おずおずと室内に足を踏み入れた。
獄寺は気づいたようでちらりと咲を見、それから土方を見た。
涼しい顔の土方に、既にその鋭い視線を向けられた後なのだろうと合点する。
近藤は、やぁありがとうと笑顔で迎え、眩しい姿に咲は照れたように頭を下げた。
その様子を土方は横目でちらりと見る。
だがすぐ視線を感じ、その主である山本を見た。。
鬼と恐れられる土方に正面から見つめられても爽やかな笑顔を返せるのは彼くらいかもしれない。
流石、先を期待される総隊長の甥だと、土方は思った。
「先日、護挺の隊士でもないこちらの道場の者が虚の討伐をおこなったと聞いた。
それもどうやら訓練の一環とのこと」
「ええ、うちではよくあるんです」
「ここに通う隊士が訓練として倒すという話はよく聞いている。
だが今回は院生だったらしいじゃないか。
それでもし後輩が命を落としたらどうするんだい?」
思いもよらぬ言葉に、咲は驚く。
てっきり何か失態を咎められるとばかり思っていたからだ。
「それはそこまでだったということでしょう」
獄寺があっさりと答える。
それがこの道場の風土のようなものだった。
弱肉強食のこの世界だからこそ、強くならねばならない。
死んだら、その人が弱かった、そこまでだったという、ただそれだけだ。
だがどうやら近藤は違うらしい。
「虚を倒すのは死神の役目だ。
分かっているだろう」
「はい」
お茶をもうひとつ取りに行こうとしたときに、獄寺が咲に向かって小声でささやいた。
「京楽も連れてこい」
ひとつ頷いてお盆を持って立ち上がる。
浮竹は体調不良で寝込んでいるが、京楽は確か今洗濯をしているはずだ。
「まだ死ぬべきではない優秀な人材を、失う危険にさらすことはないじゃないか。
一人は血を流して倒れたと聞いたぞ?」
「それは持病が悪化しただけで、怪我をしたわけではありません」
浮竹のことまで伝わっているらしい。
とりあえず部屋を出た。
背中に向けられる鋭い視線から、ようやく解放される。
部屋にいる間も結局ずっと見られていた気がする。
鋭い視線は咲の奥に眠る何かを見抜いている気がして、少し怖かった。