朽木蒼純編
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その様子を窓の下で聞いて、咲は穏やかに微笑みを浮かべる。
雨が降りしきる空は暗いが、心は温かく明るい。
ここに来る途中、それこそ偶然会った京楽に、帰ろう、と手ぶりで伝えた。
京楽も優しく目を細めて1つ頷く。
二人は瞬歩で音もなく姿を消した。
街まで出て、一件の店に立ち寄る。
雨は本格的に降り始めていた。
「待っていて。」
そう一言伝えて、咲は店内に入る。
一本、男物の傘を手に取り、主人に声をかける。
急いで支払いをと思って財布を覗くと、
「二人で入るならそっちの方がおすすめだよ。」
と声を掛けられ、何を言っているのだろうと顔を上げる。
「そうかぁ、じゃあこっちで。」
咲の隣で、大きな手が傘を差しだした。
確かにその傘は咲が選んだものよりも大きい。
そしてその傘を持つ男を咲は見上げる。
ぽたり、と彼の癖毛から雫が滴った。
「京、楽・・・。」
呼ばれた男は咲にちらりと流し目を送り、店主に代金を払い店から出る。
咲も慌てて後を追った。
「私は走るから」
「そんなことを言いなさんな。」
男は伏し目がちにそう言って傘を開き、そっと咲の肩を抱きよせる。
大きな手は剣を握るため少しごわついていて温かく、気持ちを落ち着かせる。
咲はその手に気を取られて彼の表情を見損ねた。
ただ一瞬細められた瞳のその意味は、誰にも伝わることなく、瞬くうちに消えた。
男は微かに口の端をあげ、穏やかに腕の中の存在を見つめる。
「こういう日も、あっていいんじゃないの。」
咲はようやく友を見上げた。
いつ以来かわからないほど久しぶりに近くで見る友は、昔のまま、男前だ。
咲の鼻を京楽お気に入りの香が擽る。
吐息の音や心臓の音まで、雨に混じって聞こえて来る気がして、なんだか照れ臭くなって、俯く。
「・・・女の扱いに随分手慣れている癖に、相変わらず縁に恵まれないのだな。」
照れ隠しにそう口早に言うと、頭の上で京楽が吹き出す。
「そうだねぇ、こればかりは自業自得かなぁ。」
少し屈んでいるのか、しっとりとした低いバリトンが、耳の近くでそう笑う。
咲は全くその通りだと頷くが、2人の思う結婚できない理由が実は違うということに、彼女は気づいていないし、男は教えるつもりはない。
雨のせいで視界は悪く、人通りは少ない。
私服でもあるし、それぞれを知る人が見なければ隊長と罪人だとは誰も気付かないだろう。
特に顔の広い京楽な方は傘で顔が見えにくい。
(こういう日・・・か。)
雨の音と匂いに包まれ、2人の存在は周囲から切り離されたようだ。
2人は気配に顔を上げる。
一瞬だが、ピリリとした空気を感じた。
それはほんの一瞬で、気のせいかもしれないと思うほどだった。
「浮、竹・・・」
咲は京楽の隣から駆けた。
肩を抱いていた手がするりと離れ、しばらく宙に寂しげに漂った。
彼女の向かう先には佇む1人の男がいた。
死覇装、そして隊長羽織に身を包むところを見ると彼は仕事だったに違いない。
傘を差さない彼の髪は艶やかに濡れている。
そして彼が間違いなく勘違いをしていると、京楽は思った。
親しい男女が相合傘、それも肩を抱いているなんて、思い当たることは1つしか無い。
その上2人は私服だ。
だからこそ京楽の元からあっさりと離れて駆け寄ってきた女に狼狽えたのだろう。
「お、おい、お前っ・・・」
咲は持っていた手拭いで浮竹の濡れた体を拭く。
驚いた鳶色の瞳が説明を求めるので、緩く首を振ることで誤解だと伝える。
そして思わず自嘲的な笑みを浮かべた。
「風邪でもひいたらどうするの?」
心配そうな咲の声に、浮竹は頭を掻きながら苦笑する。
その愛おしさのにじみ出る表情に、何故この鈍感女は気付かないのだろうと、京楽も苦笑を漏らし、2人にゆっくりと近づく。
「このくらいで心配するな。」
「それは体調管理ができる人のセリフ。」
「おいおい、隊長になってからはそう滅多に倒れちゃいないぞ?」
「でももともと肺が悪いんだから。」
そんな言い争う2人の上に降り注いでいた雨が止んだ。
「全く、しょうがないねぇ。
浮竹も帰り?」
「ああ。」
「じゃあ3人で入って帰ろう。
幸い、大きい傘だ。」
3人が上を見上げる。
そして全員が思ったことを、咲が口にした。
「・・・流石に京楽と浮竹の2人が入るのはきつそうだ。」
目の前の2人を見上げ咲はくつくつと笑うので、大の男2人は気まずそうに顔を見合わせた。
「咲はここだな。」
浮竹の手が咲を2人の前、それでいてすぐ体温が感じられるほど近くに引き寄せた。
「え、ちょっと3人で歩くのは無理じゃない?」
「みんなちょっとずつ濡れて帰ればいいよ。
はい、歩いてー。」
京楽の手が軽く咲の背中を押す。
「歩きにくいって。」
おかしくて笑いながら、それでも歩き始める。
「文句言わなぁいの。」
「いやぁ、なんかこういうの久し振りだな。」
「そりゃぁ、こんなのがしょっちゅうあっちゃ堪らないね。
それこそ君が風邪ひくよ。」
後ろで2人も笑顔だろう事を感じ、咲もその温もりを背に笑った。