学院編Ⅰ
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ぼんやりとした視界で何かが動く。
「……っ……空太刀!」
「先生!目を覚ましました!」
頬を冷たい何かが拭いている。
(ここは……どこ……更木?)
朦朧とする意識の中、白い頭と茶色い頭が見えた気がした。
「良かった!
さ、少しどいてくれ。」
その言葉と共に老人の顔が現れ、口元に何か冷たいものがあてがわれるのを感じた。
「飲みなさい。薬だ」
乾ききった口に、少し苦く、でも甘い何かが流れ込む。
僅かでも喉を通ると、身体にそのひんやりとした冷たさが行き渡るようだ。
激しいのどの渇きに一気に飲み干す。
すると突然眠気に襲われた。
「大丈夫だ。
山は越えた」
ため息が聞こえる。
自分の冷え切った指先が誰かの熱い手に強く握られているのがわかった。
力の入らぬ指先で、なんとかその手を握ろうとする。
更木に戻りたくなかった。
この温もりと離れたくなってしまった。
「独りは、もう……」
掠れた声を残して、咲は眠りについた。
不思議な夢を見た。
今度は、恐ろしい緊張感に包まれているわけではない。
穏やかで、自信に満ちた、明るい気持ちでいっぱいの咲は、風を切って歩いていた。
大きなたくさんの建物がある場所。
黒い服を着た人達がせわしなく動いているから、ここが護挺なのだろうかと思う。
自分は道の中央を歩いており、周りの者たちは笑顔を向ける。
一と書かれたの門をくぐれば、皆がもう集まっていると男性が告げた。
私はそれに満足してドアを開け、部屋に入る。
部屋の中央を向かい合うようにして13人の白い羽織姿が並んでおり、その間を抜けて奥まで行くと振り返り、彼らを見る。
13人も、自分を見た。
「それでは、隊首会を始める。」
白い光に、薄く眼を開ける。
開けられた窓から風が吹きこんでいた。
身体を起こしかけて、布団の上に並ぶ二つの頭に目を見開く。
「浮竹様……京楽様……」
動かない手を見てみれば、二人の大きな手が片手ずつ自分の手を包んでいる。
暗闇で自分を導いてくれたのが、彼らの手だとその時気付いた。
ふと、級友につけられた痣を見た二人の表情が蘇る。
「……同情?」
口をついて出た掠れ声に、どこか胸を痛める自分に気づく。
「そんなことを言っては、二人に失礼だ空太刀さん」
かけられた声の方に顔を向ける。
にっこり微笑んでから佐々木はカーテンを開けた。
温かな朝日が差し込む。
彼は他の教師とは何かが違う。
学校とはいえど、生家によって形作られる貴族社会の中に、生徒も教師も身を置いていた。
身分の高い者に対して敬意を表するのは当たり前。
身分の低い者を格下と扱うのは当たり前。
実力によって差がつくことなどありはしない。
実際のところ、基本的に練習試合でも上流貴族の者に下流貴族は基本的にわざと負ける。
それは、自分のことだけではなく、家をも背負って付き合いをしなければならない故の葛藤だろう。
しかし、佐々木はそのようなものを感じさせない。
一種の余裕のようなものが漂う。
だからだろうか。
咲は彼の言葉はそのまま受け取ることができたし、彼に気持ちを話すことも怖くはなかった。
「彼らに同情なんて思いはない。
ただ純粋に、君と友達になりたいのだろう。
気づいておらんかも知れんが、空太刀さん、君は本当にいい目をしている」
佐々木は優しく頭を撫でてくれた。
猫よろしく咲は目を細める。
「まっすぐに物事を見つめようとする瞳じゃ」
そう言って優しく眦を下げると、眠る浮竹と京楽に目を移す。
「彼らはそんな君の瞳に、引きつけられたのだろう。
この2人も、良い目をした青年だ。
類は友を呼ぶ、とな」
そしてもう一度、咲に目を戻した。
「自信を持ちなされ。
君は、君が思っている以上のすばらしい人だ。
それは更木出身だろうと関係がない。
否、その辺の貴族を遙かに超える、すばらしい素質をもっとる。
死神としての才能も、ここの強さも」
そう微笑んで、トントンと胸を叩いた。
きょとんとしている咲を尻目に、佐々木は腰に手を当てて、こほんとひとつ咳払い。
「そろそろ起きなさい。
君たち2人は授業があるだろう?」
佐々木の声に、2つの頭がもそもそと動く。
先に顔をあげたのは浮竹だった。
咲の顔を見ると、みるみる目が大きくなり。
「空太刀!」
大きな声で叫んだ。
その顔に浮かぶのは満面の笑み。
こんな笑顔を向けられたのは初めてだ。
眩しくて、自分を照らしてくれる、こんな温かく、力強い笑顔は。
その声で京楽も目を覚ます。
一瞬目を見開き、優しく細められた瞳。
彼の笑顔はやはり卯ノ花に似ていると思った。
優しくて、温かい。
「良かった。目が覚めたんだね」
「ああ、本当に良かった!」
二人の言葉に咲の頬に赤みが戻る。
胸が熱くなり、彼らを疑うことなどもうできなかった。
自分の存在を認めてくれる人がいるだけで、人はこれほどまでに救われるのだ。
「……ありがとうございます」
気づけば小さな声が漏れていた。
はっとして目を見開けば、二人も一瞬目を見開いて、手が強く握られた。
次に二人の顔に浮かぶのは、笑顔。
「空太刀、やっと僕たちのことを認めてくれるんだな」
「嬉しい。」
なにを言っているのか良く分からず、首をかしげる。
「お前はずっと、俺たちを警戒していた。
なにをするにも、貴族という枠の中でしか見ていなかった。
それもどうしようもない話なんだがな。
だからいつも、僕たちには何一つさせてはくれない。
なにかしても怯えるばかり」
咲の噂は二人の耳にまで当然届いていた。
獣と呼ばれる少女がいると。
噂の内容を聞いていったいどんな女の子かと驚いていたが、実際に会ってみればどうということもない。
確かに常識は貴族と流魂街出身ということでずいぶん違うだろうが、噂で聞いたような汚らしい様子なわけでも、恐ろしい形相をしているわけでも、話しかければ噛みついてくるわけでもない。
ごくごく普通の女の子だ。
ただ、二人は直感的に気づいた。
この子は、本当の意味で強くなれる、と。
このまま埋もれてしまうにはあまりにもったいない人だと。
「でも君は今、お礼を言ってくれただろう?
やっと受け入れてもらえた、それが嬉しいんだよ」
まさか彼らがそんなことを思っているとは考えもせず、咲はただ目を見開いた。
「体調が回復するまでゆっくり休め。
休んだ分の勉強は、俺たちが見るから心配するな」
夢みたいだと思った。
それでも企みがあるとは思えない彼らの眩しさに、ただひとつ頷くことしかできなかった。
授業が終わって一つため息をつく。
1週間ぶりに戻った教室は、休む前とは何も変わっていなかった。
しばらく休んでいた体には、それが少し堪える。
それに加え、体が鈍ってしまっていることは大きい。
座学に関しては問題ないが、1週間も寝たきりでは他の授業は元の通りというわけにはいかない。
斬術の授業で流石に負け試合になることはないが、それでも思い通りに体が動かないことはひどくもどかしい。
放課後も残って練習したいところだが、もう一週間は保健室からの登校を定められていた。
当然、放課後は寄り道せずに帰ることは部屋を出るときに言い聞かされた。
根は真面目な咲は、一度約束した以上、それを破ることは後ろめたくてできない。
それも、佐々木との約束なのだから守るしかない。
誰かに心配されることは慣れていなくて、どこか照れてしまうけれど。
保健室のドアをノックしようとしたとき、息をのむ音がして振り返る。
「君!まさか、あの時の!」
整った顔立ちに、ひとつに結わえられた緩い癖のある美しい茶髪。
印象的な黒い瞳は、確かにどこかで見たことがあるような気もなくはないが。
「私だ、山上だよ!」
山上、等という名字は聞いた覚えはなかった。
不思議そうな顔をしていることに彼は気づいたのだろう。
表情を暗くした。
「覚えていない、か。
流魂街からの新入生がいると聞いて、まさかと思ったのだけれど」
「空太刀?」
かけられた声に振り返れば、京楽と浮竹が不思議そうな顔をして立っている。
「山上君、知り合いかい?」
浮竹の問いかけに山上ははっと顔を上げ、一瞬の間をおいてから頭を振った。
「いや、人違いみたいだ。
すまなかったね、君」
山上はすぐに笑顔を張りつけて背を向けて歩きだした。
「爽やかな青年だなぁ」
その後ろ姿に京楽は呟き、浮竹は頷く。
「山上君のおかげで、俺も学級委員の仕事がしやすいよ。
彼は俺達の組の副委員なんだ」
咲はその説明をどこか上の空で聞いていた。
(山上、という名字に覚えはないが、あの瞳)
「先生、浮竹と京楽と空太刀です」
浮竹が名乗れば、ああ、と中で声がする。
咲は我に返ってずり落ちかけていた荷物を抱え直した。
「おかえり」
いつの間にか山上のことは忘れかけていた。
それよりも、帰れば誰かが部屋にいる。
それも、心を許した相手がいる。
どこかくすぐったいそれを手放したくないと強く思った。
