学院編Ⅱ
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鳥のさえずりが聞こえる。
天気がいいようだ。
風が吹く音がする。
木の葉がざわめく。
使用人の気配。
微かにする、烈の霊圧。
目が覚めて、天井が見えた。
(烈様の家は、やっぱり素敵だ)
しばらくぼうっとして、そして咲は飛び起きた。
辺りをきょろきょろと見回し、事情を説明してくれそうな人を探す。
人の気配がこの部屋に近づいてきていて。
「あら、よかった。
ちょうどお昼ですよ」
部屋に顔を出したのは、教育係の谷口だ。
彼女に咲は、言葉も、読み書きも、礼儀も、生活していくための基礎を何もかも教わった。
多少のことでは動じない肝の持ち主で、咲にとっては母親代わりのようなものだ。
とりあえず今の咲は、頭が混乱してしまっている。
(たしか……)
京楽が攫われたと聞いて、助けに行った。
ところがそれは護挺十三隊の総隊長である山本が仕組んだ、道場の選抜組への入隊試験だった。
実力の差を見せつけられた試験と、合格の言葉と、それから。
(十勝剣八……恐ろしく強い男に会った)
あの鋭い赤い目、そして呼吸を奪われたような、莫大な霊圧。
(……あの強さは、道場に行けば手に入るのだろうか)
山本総隊長が開いている道場とは、どのようなところなのだろう。
京楽が通っているというのだから、やはりそれなりの家系でなければ通えないのでは、と思う。
「急に立ち上がったと思ったら、今度は何を考え込んでいるのかしら。
大丈夫ですよ。
昨日一日寝ていただけで、出発まではまだ明日もありますから」
ころころと笑う谷口に、咲は我に返る。
少し照れたように頭を掻き、それから谷口について寝室から出た。
「怪我がひどかったので驚きましたよ。
烈様も驚かれたようでした」
確かにあれだけ怪我をしたのは山上の一件以来だろうし、この2度以外にはないだろうと思う。
更木にいたころは、怪我をすることは多かったけれど、ほどほどで逃げていたからそれ程までひどくはならなかった。
(逃げられない状況も、あるのだな)
生きていればいい、と思っていたころとは、状況は変わっていた。
(私が守らねば、死んでしまうと、思った)
必死にあがいた。
自分が足掻いて2人が助かるなら、いくらでも足掻こうと思った。
(もしあれが、本当に京楽様の命を狙ってきた輩だったら……)
考えただけでも恐ろしい。
(私は……弱い)
斬、拳、走、鬼、どれ一つとして、あの男達に敵わない。
(驕っていた……)
霊術院の誰よりも、護挺に近い場所にいると、いたいと、思っていたから。
だが違う。
護挺に近い、ではだめだ。
(このままでは、たとえ入れたとしても)
京楽と浮竹の笑顔が、ちらつく。
そして、失った山上末雪の、諦めたような瞳がフラッシュバックする。
(私は、また……)
バシッ!!
不意に背中を叩かれ、思わず背筋を伸ばした。
「強くおなりなさい、咲」
振り返ると谷口が笑っていた。
「怪我なんてしないくらいに。
烈様のように、強くおなりなさい」
ふわりと、風が吹いた。
「烈、様」
谷口は、咲の背中をさする。
「そうですよ、咲。
烈様がお怪我をされたのを、見たことがありますか?」
思い返せば、卯ノ花家にお世話になっている間、幾度となく烈の帰宅する姿を見ているが、
一度として血に濡れた姿も、汚れた姿も見ていない。
「もちろん、後援部隊である四番隊にいらっしゃるということもありますが、それでも現場に足を運ばないわけではありません。
怪我をされた隊士の方達を守り、治療をしながら、烈様は戦っていらっしゃるのです」
谷口はぐいぐいと咲の背中を押して、部屋に押し込む。
味噌汁のいい香りが漂ってくる。
ぐぅ、とお腹が情けなく鳴いた。
「さ、分かったらまずはご飯です」
「……はい」
咲は言われるままに席に着く。
箸を持つのを見届けて、谷口は部屋から出ていく。
「そう言えば、烈様が食後にお部屋に来られるようにと申されていました」
咲はあわてて箸を置いて立ち上がろうとする。
「食後に」
口の端を上げた谷口に釘を刺され、咲は再び箸を持ち、急いで食事を食べ始めた。
「烈様、咲です」
障子の前で、膝をつき、名乗る。
「入りなさい」
静かな声に心をときめかせ、咲は部屋へと足を運んだ。
室内では卯ノ花が文机に向かって何か仕事をしていたようだ。
コトリと筆を置き、彼女は振り返る。
穏やかな瞳が、咲を映す。
憧れの、大好きな卯ノ花の前で、咲は照れたように表情を崩した。
「先日は大変だったようですね」
それが道場の入隊試験のことであることはすぐに分かった。
「山田副隊長にも大変お世話になりました。
ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「あなたは強い子です。
だからこそ、血が流れると思いました」
卯ノ花は静かにそう言った。
咲はすっと視線を落としてしまう。
「……いいえ、私は弱いです」
赤い瞳を思い出す。
恐ろしく強く、圧倒的な霊圧の持ち主。
(強く、なりたい)
思い返す度に、強くなる思い。
「十一番隊の隊長にお会いしたそうですね」
咲はひとつ頷いた。
「あなたは、あの方のように強くなりたいのですか」
咲は顔をあげて、烈を見た。
まるで心の内を見透かされたようだった。
烈の瞳は水面の様だ。
静かで、澄んでいる。
だが一度事が起きれば、水の様に一瞬で全てを呑み尽くすような、圧倒的な強さを秘めているように見えた。
それは剣八の名を継ぐ十勝を凌ぐ様にさえ思えた。
「あなたの求める強さとは、何ですか」
咲は言葉に詰まった。
「……分かりません」
卯ノ花は微笑んだ。
「良い返事です」
予想外の返答に、咲は戸惑う。
「あなたが求める強さとは何なのか、その頭で、身体で、しっかり学んできなさい。
己の中で強さを理解せぬままでは、護挺隊士は務まりませんよ」
咲は目を見開く。
(大きな方だ……
いつか私は……私は!)
咲は頭を下げる。
「必ず烈様のお役に立てるよう、強くなって戻ります!」
卯ノ花は優しく微笑んで頷いた。