朽木蒼純編
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「
ご無沙汰しております。」
小さな宿りの戸口で声をかけると、中から小さな足音が駆けてきて、勢いよく扉が開いた。
「咲さん!!」
飛び出して抱き着いてくる少女に咲は破顔し、白哉はその勢いに目を見張った。
そして一目で、この少女が自分のライバルであると確信したのだ。
「お忙しかったんですね。」
「はい、しばらく来られなくて申し訳ありませんでした。」
それは朽木邸で顔を合わせたときの自分たちの会話とそっくりで、白哉は口の端を歪に上げた。
(この小娘が。)
そしてわざとらしく咳ばらいをする。
ようやく少女は後ろに立つ男の姿に目をやり、そして怪訝そうに眉を顰めた。
「・・・こんにちは。」
小さな挨拶が予想外で、白哉は目を見開いて挨拶を返し損ねた。
咲はそんな二人の様子を微笑ましいものだと見つめる。
「若様、こちらは緋真さん。
緋真さん、白哉様です。」
お互いがお互いを、不思議そうに上から下まで見ている。
白哉も流魂街の者を見ることは滅多にないし、緋真も貴族を見るのは初めてだ。
その奇妙な沈黙を破ったのは、勝ち誇ったように鼻をならした白哉だった。
「咲が合うから誰かと思ってみれば、ただの小娘ではないか。」
その態度に緋真がくわっと目を見開く。
「失礼な人!
それが初めてあった女性にする態度!?」
「誰が女性だ?
薄汚いチビのくせに生意気な。」
「何て人!
これは咲さんに選んでもらった着物よ!
それをバカにする気!?」
「何だと!?
違っ、私はだな!」
「そもそも人の気持ちを考えたことあるの?
貴方の方が余程薄汚いわ!
心がね!」
白哉は目を見開く。
四大貴族の一人息子である彼を貶す者に、今まで出会ったことなどなかったのだ。
当然の反応である。
だがその表情に緋真ははっとしたようだ。
「ごめんなさい、私も言いすぎたわ。」
「何を・・・」
白哉の方も何か言わねばならぬと思っているのだろうが、言葉にならず、もごもごと口を動かすばかりだ。
「ええっと、とりあえず二人とも家の中に入りましょう。」
咲は苦笑を浮かべながら二人の背中を押して室内へ促す。
これは案外、馬が合うかもしれない、と一人微笑んで。
「お茶を入れますから、待っていてくださいね!」
元気にそう言い残して、緋真は台所へと姿を消した。
「かわいらしいお嬢さんでしょう?」
白哉の顔を覗き込めば、彼は溜息をついた。
「まぁ、思っていたよりは。」
そっぽを向いて答える。
彼が想像していたのはいけ好かない男だったので、当然といえば当然である。
さっきの少女であれば、咲がここに来る途中で買ったかわいらしい兎の模様のついた饅頭にも納得がいく。
ー兎がお好きなんですって。ー
そう言って穏やかに微笑む横顔に、相手は一体どんな男だと首をかしげたものだが、なるほど、そもそも男ではなかった。
この点だけは、彼の中で満足のいく結果であったといえる。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ようやく危なげなく盆にのせた湯飲みを運べるようになった様子に、咲は満足げに礼を言う。
育ち盛りの年頃なのだろう。
出逢った頃に買った着物はすっかり小さくなってしまった。
(今日は着物も仕立てねば。)
そう考えながら、買ってきた饅頭を開けた。
その時の緋真の表情に、白哉は目を奪われた。
「かわいいっ!」
花のように笑うとは、このことを言うのだろう、と思って、それから我に返って慌てて首を振る。
(庶民だ庶民、所詮雑草に過ぎん。)
「いただいていいのですか?」
「ええ、みんなで一つずついただきましょう。
残りは明日のおやつにどうぞ。」
「ありがとう、嬉しい!」
その子どもらしい喜び様が、どこか懐かしく思う。
自分も少し前は、咲が来てくれることが嬉しく、咲の土産ならば何でも嬉しかった、と。
食べるのがもったいない、と饅頭をつつく姿を微笑ましく眺める咲。
やはり彼女は、美しいと、白哉は思った。
また買ってきますから、という咲の言葉に、緋真がようやく饅頭を食べると、3人は街へ買い物に出かけた。
霊術院の遠征実習でしか食事を作ったことがない白哉にとって、流魂街での買い物というのは興味深い。
瀞霊廷内よりもずっと活気がある街中を、慣れた咲と緋真の後ろをついていく。
野菜、魚、調味料・・・
どれも家で当たり前に調理して出されるもので、それが売られている場は新鮮だ。
当たり前のように家にある日用品も、こんなに種類があるものなのかと目を見開く。
着物も一緒に選びにはいったが、やはり普段自分が使っているものとは品質があまりに違っており、口をはさむこともできなかった。
そしてどこに行っても少しの値段の差と品質の差で頭を悩ませる二人に、庶民の暮らしを垣間見た気がした。
最後に小さな小物屋に足を踏み入れる。
そのころには咲の両手だけでなく、白哉の両手にまで、荷物が抱えられていた。
どうやら伸びてきた緋真の髪をまとめる髪紐を探しているらしい。
「こっちがいいかしら。」
「こちらに花がついたものもありますよ。」
「本当!かわいい!」
うきうきと会話の弾む二人を横目に、白哉は商品を見て回る。
こちらも彼が普段使っているものとは比べられないほど、ちゃちな安物ばかりだ。
思わず、ふん、と鼻を鳴らす。
だがそれも、あれこれ楽し気に選んでいる咲と緋真を見ると、馬鹿にするのも少し悪い気がした。
(こんなもので喜ぶのか。)
兎の付いた簪が目に入った。
子ども向けというわけではなく、ある程度上品に作られている。
さっき見た緋真の満面の笑みがよぎる。
「白哉様、流石ですね。
女性の好みがよくお分かりです。」
背後からこそっとかけられた声に肩をびくつかせると、すぐ後ろで咲が笑いをこらえて肩を震わせた。
彼女の向こうで緋真はあれやこれやと商品を眺めるのに夢中だ。
「いかがです、緋真さんへの贈り物に。」
「な、なぜ私が」
「女の子は素敵な年上の殿方からの贈り物に心躍るものですよ。」
さっと白哉の手にある荷物を取って、兎の簪を手渡す。
白哉の無表情の理由が恥ずかしさ故だと勘違いして、穏やかな微笑みを浮かべている。
自分の発言が、目の前の大人へとなろうとしている男に与えた痛みに、気付くことなく。
「さぁ。」
白哉は小さな痛みを押し隠して、咲の勘違いした通りに振舞うべく、眉をしかめながら店主を探した。