学院編Ⅱ
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ー過去ー
気が付いたら、森にいた。
殺らねば殺られる世界。
しかし、いつも手には刀があり、傍には大きな銀の狼がいた。
その2つがあれば、生きていけた。
他の生き物は、敵か食料かでしかなかった。
言葉すら忘れた世界で、ただ毎日戦い、そして生き延びた。
虚に襲われるのも日常茶飯事。
獰猛な奴らと戦うのは大変だった。
日に日に空腹感は強くなる一方。
でも彼らと戦う以外、他に生きる道はなかった。
「こんなとこほで、美味そうな獲物にありつけるとは」
いつものよりも大きいそのおぞましい虚に、身体を低くし刀をちらつかせ、うなり声をあげる。
それは言葉さえ忘れた、咲にできる最大の威嚇。
「ほう、抵抗するか。
可愛いいものだ」
その不意を突いて後ろから狼が襲いかかる。
「何!?」
かみつく狼を払おうと暴れている間に、左手を突き出し、力を込める。
みるみるうちに赤い火の玉が大きくなる。
「何だとッ!!」
焦る虚を無視して、思いっきり力を込めればそれは勢いよく飛ぶ。
見事命中し、できた一瞬の隙に刀で斬りかかるが、それは堅い尾にはじき返されてしまった。
次のひと振りで、狼も遠くに飛ばされてしまう。
そのまま崖のほうにじりじりと詰め寄られる。
どうしようもなく、一か八かで斬りかかった。
バッサリと尾が落ちる。
しかし、次の瞬間、爪が横から殴りかかって来る。
気づいた狼が飛びかかるも、すでに遅い。
慌てて刀で防ぐも、身体ごと軽々吹き飛ばされ、気づけば足の下に地面はなかった。
目を見開く。
恐怖に声も上がらず、ただ自分が下へ下へと落ちていくのを感じる。
身体が堅くなってぴくともしなかった。
本能的に自分は死ぬのだと思った。
この恐怖の中、一筋の銀の光が心臓のあたりに消えたことは、彼女は知らない。
記憶のある限り感じたことのないほどの絶望の中で、澄んだ声が耳に届いた。
「縛道の三十七・吊星。」
身体が柔らかな何かに包まれ、落下が止まる。
「破道の三十三・蒼火墜」
つづけて聞こえた声。
遥か崖の上で青い大きな光が虚消すのが見えた。
その青い光の出所を辿ると。
「大丈夫ですか?」
不思議な生き物にのる一人の人間。
彼女は自分を見て、溢れんばかりに目を見開いていた。
「咲っ!!!」
続いて呼ばれた名は、確かに自分の物であった様な気もしたし、そうでない様な気もした。
何せ名前など呼ばれなくて久しく、遥か記憶の彼方に眠る何かだった。
いずれにせよ、相手のことはまだ敵としか見えていなかった。
絶望の果てで、どこからともなくあらわれた、綺麗でとてつもなく強い敵。
震える体を叱咤し、うなって威嚇し、吊星から逃れようと残りの力で必死に暴れる。
「……記憶が。
……そうですね、それも致し方ない事。
大丈夫、怖くはありませんよ。」
耳に入ってくる柔らかな声に、ぼんやりと言葉というものを思い出す。
(恐く……ない……?)
「大丈夫」
そっと大きな生き物のひれが近づき、足もとで止まる。
人間の目は、柔らかく弧を描いていた。
その目元から水滴が溢れて光って見え、その美しさに見惚れた。
「大丈夫」
体に巻きついていたやわらかい布が消え、そのひれの上に足を下ろす。
体の力が急に抜けて、片膝をついた。
その身体が倒れぬよう、その人は優しく、でもしっかりと抱きしめてくれた。
「もう、大丈夫ですよ」
優しく噛み締めるような震える声が不思議と懐かしく、身体の力が抜けてしまった。
それが自分が生まれて始めた感じた安堵からだと言う事に気づいたのは、随分経ってからだった。
「私は烈。卯ノ花烈」
「れ……つ?」
「そう。烈」
「烈」
そのまま屋敷に連れて行かれ、様々な教育を受けた。
まずは言葉を話すこと。
それから日常生活。
一般教養にお花とお茶。
簡単な鬼道、剣道、歩法。
烈は忙しくてなかなか顔を見にはこなかった。
「烈さま、いつ、あえますか?」
たどたどしい言葉で教育係の谷口に聞いたことがあった。
「そうですね。
貴方がしっかり勉強して、烈様にお見せできるくらいになれば、私が報告してあげましょう。
それで都合が合えば、お会いしてくださるわ」
(がんばれば、烈さま、あえる)
それから一層勉学に励むようになったのは言うまでもない。
もとより、自分で鬼道までを発してしまうほどの才能があったのだ。
持っているものも、並ではなかった。
3年の教育期間を終え、霊術院の入学試験に主席で合格する。
そしてその報告のために、久しぶりに、憧れの烈に会えた。
「……烈様!」
「咲、聞きましたよ。
主席合格だそうですね」
そのやわらかく、美しい笑顔に、咲はほのかに頬を染め、
「はい」
とようやくうなずいた。
白い背中に四の字の書かれた羽織はそれはよく似合っていて、咲は感銘を受けたのを覚えている。
ー護挺十三隊の隊長の方は白い羽織を着ておられるのですー
谷口が言っていた事を思い出す。
(烈様は隊長。
隊長はすごい。
烈様はすごい)
「烈様!救護要請です!!」
バタバタと部屋に駆けこんでくる家の者。
「まぁ……すぐにまいりましょう。
それでは咲、しっかりと勉学に励みなさい。
いつも応援していますよ」
そう笑顔を向け、羽織をひるがえして卯の花は部屋を出て行こうと歩き出した。
しかし思い出したかのように彼女は入り口で立ち止まり、咲を見て静かにほほ笑んだ。
「もしあなたが護挺十三隊の入隊試験に合格することができたら、その時には私の養女として、卯ノ花家に迎えましょう」
咲が言葉を返す前に、卯の花は姿を消していた。
気が付いたら、森にいた。
殺らねば殺られる世界。
しかし、いつも手には刀があり、傍には大きな銀の狼がいた。
その2つがあれば、生きていけた。
他の生き物は、敵か食料かでしかなかった。
言葉すら忘れた世界で、ただ毎日戦い、そして生き延びた。
虚に襲われるのも日常茶飯事。
獰猛な奴らと戦うのは大変だった。
日に日に空腹感は強くなる一方。
でも彼らと戦う以外、他に生きる道はなかった。
「こんなとこほで、美味そうな獲物にありつけるとは」
いつものよりも大きいそのおぞましい虚に、身体を低くし刀をちらつかせ、うなり声をあげる。
それは言葉さえ忘れた、咲にできる最大の威嚇。
「ほう、抵抗するか。
可愛いいものだ」
その不意を突いて後ろから狼が襲いかかる。
「何!?」
かみつく狼を払おうと暴れている間に、左手を突き出し、力を込める。
みるみるうちに赤い火の玉が大きくなる。
「何だとッ!!」
焦る虚を無視して、思いっきり力を込めればそれは勢いよく飛ぶ。
見事命中し、できた一瞬の隙に刀で斬りかかるが、それは堅い尾にはじき返されてしまった。
次のひと振りで、狼も遠くに飛ばされてしまう。
そのまま崖のほうにじりじりと詰め寄られる。
どうしようもなく、一か八かで斬りかかった。
バッサリと尾が落ちる。
しかし、次の瞬間、爪が横から殴りかかって来る。
気づいた狼が飛びかかるも、すでに遅い。
慌てて刀で防ぐも、身体ごと軽々吹き飛ばされ、気づけば足の下に地面はなかった。
目を見開く。
恐怖に声も上がらず、ただ自分が下へ下へと落ちていくのを感じる。
身体が堅くなってぴくともしなかった。
本能的に自分は死ぬのだと思った。
この恐怖の中、一筋の銀の光が心臓のあたりに消えたことは、彼女は知らない。
記憶のある限り感じたことのないほどの絶望の中で、澄んだ声が耳に届いた。
「縛道の三十七・吊星。」
身体が柔らかな何かに包まれ、落下が止まる。
「破道の三十三・蒼火墜」
つづけて聞こえた声。
遥か崖の上で青い大きな光が虚消すのが見えた。
その青い光の出所を辿ると。
「大丈夫ですか?」
不思議な生き物にのる一人の人間。
彼女は自分を見て、溢れんばかりに目を見開いていた。
「咲っ!!!」
続いて呼ばれた名は、確かに自分の物であった様な気もしたし、そうでない様な気もした。
何せ名前など呼ばれなくて久しく、遥か記憶の彼方に眠る何かだった。
いずれにせよ、相手のことはまだ敵としか見えていなかった。
絶望の果てで、どこからともなくあらわれた、綺麗でとてつもなく強い敵。
震える体を叱咤し、うなって威嚇し、吊星から逃れようと残りの力で必死に暴れる。
「……記憶が。
……そうですね、それも致し方ない事。
大丈夫、怖くはありませんよ。」
耳に入ってくる柔らかな声に、ぼんやりと言葉というものを思い出す。
(恐く……ない……?)
「大丈夫」
そっと大きな生き物のひれが近づき、足もとで止まる。
人間の目は、柔らかく弧を描いていた。
その目元から水滴が溢れて光って見え、その美しさに見惚れた。
「大丈夫」
体に巻きついていたやわらかい布が消え、そのひれの上に足を下ろす。
体の力が急に抜けて、片膝をついた。
その身体が倒れぬよう、その人は優しく、でもしっかりと抱きしめてくれた。
「もう、大丈夫ですよ」
優しく噛み締めるような震える声が不思議と懐かしく、身体の力が抜けてしまった。
それが自分が生まれて始めた感じた安堵からだと言う事に気づいたのは、随分経ってからだった。
「私は烈。卯ノ花烈」
「れ……つ?」
「そう。烈」
「烈」
そのまま屋敷に連れて行かれ、様々な教育を受けた。
まずは言葉を話すこと。
それから日常生活。
一般教養にお花とお茶。
簡単な鬼道、剣道、歩法。
烈は忙しくてなかなか顔を見にはこなかった。
「烈さま、いつ、あえますか?」
たどたどしい言葉で教育係の谷口に聞いたことがあった。
「そうですね。
貴方がしっかり勉強して、烈様にお見せできるくらいになれば、私が報告してあげましょう。
それで都合が合えば、お会いしてくださるわ」
(がんばれば、烈さま、あえる)
それから一層勉学に励むようになったのは言うまでもない。
もとより、自分で鬼道までを発してしまうほどの才能があったのだ。
持っているものも、並ではなかった。
3年の教育期間を終え、霊術院の入学試験に主席で合格する。
そしてその報告のために、久しぶりに、憧れの烈に会えた。
「……烈様!」
「咲、聞きましたよ。
主席合格だそうですね」
そのやわらかく、美しい笑顔に、咲はほのかに頬を染め、
「はい」
とようやくうなずいた。
白い背中に四の字の書かれた羽織はそれはよく似合っていて、咲は感銘を受けたのを覚えている。
ー護挺十三隊の隊長の方は白い羽織を着ておられるのですー
谷口が言っていた事を思い出す。
(烈様は隊長。
隊長はすごい。
烈様はすごい)
「烈様!救護要請です!!」
バタバタと部屋に駆けこんでくる家の者。
「まぁ……すぐにまいりましょう。
それでは咲、しっかりと勉学に励みなさい。
いつも応援していますよ」
そう笑顔を向け、羽織をひるがえして卯の花は部屋を出て行こうと歩き出した。
しかし思い出したかのように彼女は入り口で立ち止まり、咲を見て静かにほほ笑んだ。
「もしあなたが護挺十三隊の入隊試験に合格することができたら、その時には私の養女として、卯ノ花家に迎えましょう」
咲が言葉を返す前に、卯の花は姿を消していた。