原作過去編ー110年前
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浦原に頼まれた通り、魂魄消失案件の野営地へ向け、猿柿は走る。
だがふと森の中の様子がおかしいことに気づいた。
自分の進行方向、つまり野営地の方で、戦闘の気配がする。
それも、尋常ではない、禍々しく強い霊圧が感じられる。
「隊長!お気を確かに!」
聞き覚えのある声に足を速める。
彼女がここにいるとは、知らなかった。
(なんでや、六番隊のくせに。)
小さな疑問を抱えながら、木々の間を抜け、開けた場所に走り出る。
そこは木が生えていない場所ではなく、生えていた木が何者かによってへし折られ、広く空いた場所であった。
「なんや・・・?」
その異様な光景に立ち止まる。
虚と戦ったとしても、こんな惨状には早々ならない。
「猿柿副隊長!
来てはいけません!」
鋭い声に目を向けると、ボロボロになった咲が目に入る。
彼女の白打から想像するに戦闘能力は低くはないと猿柿は認識している。
以前曳舟は、猿柿では敵わないと言っていた。
悔しいが彼女がそういうなら、事実そうなのだろう。
そんな彼女がこれほどまでになる現状。
そして、彼女が向かい合う相手に、目を見開く。
「お前・・・誰に刀向けとんのや!?」
迷わず抜刀した猿柿が咲に躍りかかる。
やはり彼女は罪人である、と。
「うわっ!」
ところが咲はその刃を受け流し、反動で転びかけた猿柿を抱えて飛び上がる。
二人がいた場所には、六車にそっくりの虚が拳を打ち付け、地面を大きく陥没させていた。
「どういう、こと、や・・・」
抱えたまま、咲は続けて飛び上がった。
見下ろした先で、久南にそっくりの虚の蹴りが木を薙ぎ倒していた。
この辺りの木々をへし折ったのは間違いなく彼女だろう。
抱えている咲を見上げると、彼女は顔を歪めて虚となった二人を見ていた。
「・・・理由は分かりませんが虚となられた今、野放しにするわけにはいきません。」
その言葉から、自分がよく知る人物に間違いない事が分かる。
少し離れた高い木の上に下ろされ、茫然と立ちすくんだ猿柿が、はっと我に返る。
「お前がやったんか!?」
振り仰いだ先、喉元に愛刀
「落ち着いてください。
誰がこんなことできるんですか。
襲われているのは私も同じです。」
その言葉と、ボロボロの姿に猿柿は言葉を詰まらせた。
(言っていることは、嘘やない。)
以前虚との戦闘時には傷ひとつなかった咲が、ざっと見た限り左腕からは出血し、額にもアザを作り、頬は擦りむいている。
打撃攻撃が得意な久南と六車だ。
死覇装で見えない場所にも傷があることは想像にたやすい。
「今はただ、お二人を止めなければ。」
苦虫を噛み潰したような顔に、猿柿は目を見開く。
「だからって・・・だからって刀向けんのか!?
今すぐ下ろせ!
この罪、人ッ!!」
言い終わるよりも早く、咲は猿柿を木から突き落とした。
地面に落ちていきながら、咲が六車の拳を受け止めたのが見え、目を見開く。
罪人の咲は、猿柿を必死に庇っている。
仲間であったはずの、六車から。
その事実に頭が追い付かない。
「逃げてください!!」
咲の悲鳴のような声に大きく飛び上がる。
久南のお得意のかかと落としが、猿柿のいた場所に決まっていた。
地響きが響き渡る。
その力は以前とは比べ物にならない。
「なんでや・・・なんで・・・。」
そして咲は、二人を相手に必死に戦っている。
だがそれも劣勢だ。
当然といえば当然の話だ。
隊長である六車、副隊長である久南。
共に戦闘における実力者である。
さらに言えば、虚となってその力は格段に上がっていた。
その上、現状を受け入れられない、猿柿を庇いながらと来ている。
ずっと猿柿を背中に庇っていた咲が一瞬振り返り、頬を平手打ちした。
乾いた音が響く。
突然のことに猿柿は呆気にとられ、それからふつふつと怒りが沸き上がった。
「何するんじゃボケ!!!」
「しっかりしてください
猿柿の罵声を上回る怒鳴り声に思わず押される。
見かける時はいつも静かで、以前猿柿が手を挙げたときでさえやり返すどころか、悲鳴一つ上げなかっただけに、彼女の罵声には身を竦ませる凄味があった。
「罪人でもなんでも罵ってくださって結構。
ですが貴方は、貴方の命を大切に守って下さい!
浦原隊長のためにも、曳舟前隊長のためにも!!」
咲にとって、曳舟は恩人にもあたる。
そんな彼女が大切にした部下ならば、できることなら守りたいと思うのだ。
「貴方はここに命じられて遣わされた!
その意味をお忘れですか!?
貴方も普段命じる側の、副隊長でしょう!!」
その言葉にはっとする。
自分が部下に命じる時、それも危険な任務なら猶更、何を思って命じるか。
その部下なら事を治めて生きて帰ってくると信じ、命じるのだ。
「綺麗ごとなんていらない!
貴方は、生きて帰らねばならないのです!
貴方自身のために、そして、命じた隊長のために!!!」
罪人だと思い、蔑んできた彼女から、まさか命じた者の気持ちを説かれるとは思ってもみなかったし、そしてまた彼女の言葉がこれほど正しいとは思いもしなかった。
「お前・・・」
「隊長の心に応えてください!
浦原隊長は、貴女を信じておられる!
貴方の帰りを信じて、待っておられる!!!」
へらりとした笑顔を思い出す。
そして、
ーこういうことしっかり頼めるの、ひよ里さんしかいないんッスよ。ー
そう、穏やかな瞳で言った言葉も。
猿柿の目に、咆哮を上げる六車が映った。
咲の言葉は正しい。
だが、目の前の六車を斬れるかと言えば、
(それは・・・)
この刀で友を刺し貫くという言葉は、猿柿の辞書にはない。
あるはずがない。
その答えを見透かしているように、咲の声が飛ぶ。
「今刀を手放せば、私達は死にます!!
六車隊長が、私達を殺す!!!」
悲痛な叫びをあげながら、六車の攻撃をいなし、そして斬りつける。
「虚に蝕まれて友を殺すなど、隊長や副隊長にさせるべきことではない!!!」
まるでそれは彼女の魂の叫びのようだった。
以前反乱で多くの同士や上司を殺したと聞いた彼女が、なぜそんな悲鳴を上げるのか、猿柿に考える余裕など、当然ない。
ただ、彼女の悲鳴は確かに、心に響いている。
「な・・・何か解決策があるはずや!!
そうや、喜助なら、あいつならきっと!!!」
「では報せに走ってください。」
静かな声は、半ば命令だった。
だが猿柿がここを離れたとき、隙があれば彼女は二人を殺すだろう。
そう思わせる気迫が、あった。
「いやや!
いやや!!!」
戸惑う猿柿に拳西が襲い掛かろうと駆ける。
咲は咄嗟に刀で応戦しようと飛び出した。
(あかん、あいつは、ほんまに強い。
ほんまに、拳西を切るつもりや。
ほんまに、ほんまに死んでまう!!!)
反射的に猿柿が間に割って入り、咲の刀を受け止める。
それを見越していたかのように、咲は猿柿の刀を受け流しながら刀を握る右手を掴み、投げ飛ばした。
地面に叩きつけられた猿柿が噎せながら体勢を立て直し、激しい地響きがした方を見て、目を見開く。
陥没した地面の中央には、ぼろぼろの咲が横たわっていた。
虚と化した拳西の咆哮が響く。
「嘘や・・・そんなん・・・」
猿柿は震えを押さえられない。
只でさえ取り返しのつかない状況と、それに輪をかけて取り返しのつかないことを自分がしてしまったことを覚った。
「拳、西・・・」
泣きそうな声で呼んでも、友には、届かない。
絶望だった。