朽木蒼純編
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「今、なんと・・・?」
白哉は目を見開いたまま、もう一度聞き返すことしかできなかった。
「お父上は、お亡くなりになりました。」
明翠の声は、震えていた。
「なぜ、」
「殉職なさったとのことです。」
「虚に殺されたとでも言うのか?
父上は強い!
そんなことがあるはずがない!」
明翠はふっと口をつぐんでしまった。
聡い白哉はそれだけで悟る。
「・・・虚に殺されたのではないのだな?」
明翠は唇をかむばかりで何も言わない。
「どういうことだ、明姉様!」
その時白哉の顔に影が差した。
振り返るとそこには咲が月を背に立っていた。
首まで及ぶ包帯が、その傷を物語っている。
そして首元にいつもあったはずの銀白風花紗がなく、罪人の象徴である赤色従首輪が月光に妖しく照らされている。
白哉は嫌な予感がした。
「・・・咲さん」
明翠が悲しげにその名を呼んだ。
「蒼純副隊長を殺めたのは、私です。」
時が止まったようだった。
「今・・・今、なんと・・・」
「貴方の父上を殺めたのは、この私だと申したのです。」
白哉がくわっと目を見開き、咲に襲いかかる。
それをひらりとかわして咲は庭へと出た。
「何故っ!何故そんなことを!!」
次々と襲いかかる攻撃を絶やすくかわす。
その袖を掴むことさえ白哉には出来ない。
その力の差は大きく、白哉はいらだちを募らせる。
涙で目の前がかすんだ。
(父上は信頼していた、咲のことを!)
身分は違うと何度も言われたけれど、彼女もこの屋敷に住めばいいと幼いころ何度思ったことか。
かけがえの無い存在で、彼女の隣に立ちたいといつしか思うようになった。
いくら言葉を尽くしても表せない程、大切な、大切な人だった。
それは父にとってもそうであったと確信している。
言葉で表せない信頼が2人の間にはあった。
誰にも崩せないと思うほどの、硬い信頼が。
「何故だ!!
申せ!
何故父上をッ、父上をッ!!」
何度問いかけようと、視界に映る顔に表情はない。
今まで自分が見てきた咲は誰だったのかと、思ってしまうほど、冷たい顔をしていた。
「虚に取り憑かれたからです。
裏切り者になる前に私が切り捨てたまで。
何故取り付かれたかわかりますか?」
虚化の事は表立っては伏せることになっている以上、取り憑かれたと表現するしかない。
彼女はざっと地面に足を踏みしめて勢いを殺し、逃げるのをやめた。
正面から白哉を睨みつける。
これほど冷たい彼女の瞳を、これほど怒りに燃えた瞳を見るのは、初めてだった。
「身も心も弱いからだ!!!」
拳に感触があり、ようやく殴れたかと思った瞬間、白哉は地面に伏していた。
これほどまでに自分は息が荒いのに、自分を抑え込む咲は息を乱す様子もない。
「・・・憎いですか。
父を殺した私が。」
恐ろしく冷たい声だった。
「やはりお前の父親だ。
殺すのは容易かった。」
奈落の底に突き落とされたような気がした。
「部下を思う甘さ、情に流される弱さ。
誇りのために命を諦める・・・あまりに無責任だ。」
彼女は吐き捨てるようにそう言って、言葉を切った。
白哉は震えを抑える事ができなかった。
「だから斬り捨てた。」
「うわぁぁぁっ!!!」
自分を抑え込む彼女を跳ね除け殴りかかろうとした時には、もう姿はなかった。
部屋の中の明翠は静かに涙を流していた。
その少し前の事。
咲は明翠の前にひれ伏して言ったのだ。
「明翠様、どうぞお恨みください・・・」
そして事の顛末を語った。
彼女を責める気になどなれるはずがなかった。
義姉の死も、夫の封印も、兄の死も、全て彼女の手によるもの。
全ての苦しみを背負っている。
それは見ていれば痛々しいほどだった。
ふと気配に振り返れば、そこには沈痛な面持ちの父がいた。
「頭をあげて。」
頑なに伏せたまま頭を振った。
たまらずその髪に触れると己の手が血で汚れた錯覚を覚え、ひやりとした。
彼女はあまりに多くの血を、流させ、そして流した。
自分の代わりに彼女は血濡れているのだと、明翠は肝が冷えた。
「・・・貴方は朽木の恩人です。
兄はその誇りを汚されることなく、逝ったのでしょう。」
震えた言葉。
彼女はやはり伏せたまま静かに首を振った。
「副隊長は最後に、若様を頼むとおっしゃいました。
あとを追うことをお許しくださらなかった・・・。
私はもう、朽木家の方に命をなくしていただきたくはないのです。
ご無礼を承知のうえでお願い致します。
私を憎んでください。
私を恨んでください。
殺したい程に、どうか。
若様が貴女の姿を見て、私への殺意を覚えるほどに。
いつか私を殺そうと、鍛錬に明け暮れるまでに。」
彼女がしようとしていることを理解した明翠は頭を振った。
「そんな事までする必要などありません、貴女は我々の恩人で」
「今までいただいた数々の幸せ、忘れは致しません。
ただただ、朽木家のため、若様のため。」
言葉を遮るように発された、静かでありながらも揺るぎない決意を感じさせる言葉に、明翠は流れる涙を拭くことなく強く一つ頷いた。
「私は・・・奴を超える。」
白哉がぽつりと言った。
「だから、明姉様・・・もう泣かないでください。
私が父の分も強くなる。
清くある。
正しくある。」
そう言われたところで、明翠は溢れる涙を止める事はできなかった。
何故こんなことになってしまったのかと、己の無力感に苛まれる。
響河の時もそうだった。
(私はいつも、何もできない!!)
咲は罪を負い、傷を負い、耐え忍んでいる。
縁もゆかりもないはずの、朽木家の為にだ。
その強くも細い背中を見つめることしか、自分にはできない。
思えば思うほど、堪えきれない涙。
遂には家族の子女でありながら嗚咽を上げて泣いた。
それを見た白哉は表情を険しくし、そしてそっと育ての親の背を摩った。
「父の仇、私が取ります。
・・・必ず。」
その言葉にはっとして顔を上げる。
白哉の顔つきは、昨日までとはまるで違う。
その冷たさは彼の祖父を思わせた。
多くの死を背負う、彼の祖父を。
己を律し、情に流されず、目的の為に刃を握る決意を。
明翠の思いを誤解した事で起きた白哉の変化を悟り、またそれが咲の意図した通りになった事に気付き、明翠は見開いた瞳からぽろぽろと涙を零した。
白哉の瞳は今、亡き父のような高き誇りと心の強さを携えようとしていた。