学院編Ⅱ
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「浮竹!!空太刀!!」
声がした。
ずっと、探していた人の声が。
血が目に入って良く見えないが、京楽の霊圧は確かにそこにある。
(生きていた……)
しかし咲には身体に巻きつく鞭を払う力もない。
隣の浮竹を捕える鎖条鎖縛を切ってやる霊圧も残ってはいない。
近くにはあの屋根の上に座っていた男の気配もある。
その他にも、先ほどまではなかった強い霊圧が感じられる。
もはやどうすればいいのか分からない。
何をどう考えても、この場から、たとえ京楽だけが逃げることさえ、絶望的だ。
「さっきまでの威勢はどうした?」
不意に降ってきた声と、爆発的な霊圧に、咲は目を見開く。
視界に死覇装の黒が映り込んだ。
周りのものの輪郭がぶれて見えるほど、高い霊圧。
なんとか踏ん張って崩れ落ちるのを阻止する。
隣で浮竹も顔を青くしながら声の主を見た。
「十勝隊長!どうしてここに?」
咲を鞭で縛る男が驚いた声を上げるが、目の前の男はそれには答えない。
ぐいっと刀の先で咲の顎が持ちあげられる。
爆発的な霊圧は止まる事を知らない。
「てめぇ、何者だ?」
身体は震えていたのに、剣先があまりに強く、震えは止められた。
(殺される)
そう分かっていても、咲は後に引けなかった。
汗が伝わっていくことすら咎められそうな、異常な緊迫感。
悲壮感に浸っている場合ではないと、本能が呼び覚まされる。
(このままでは、死ぬ。
3人とも、死ぬ)
咲は男を睨みつける。
身体の自由の利かない場にはふさわしくないほど鋭い視線だった。
「京楽、様を、返せ」
霊圧のせいで喉が締め付けられ、声は切れ切れでかすれている。
次の瞬間、咲は屋根の上にしたたかに身体を打ちつけた。
「おい!」
流石に咲を捕えていた男達も焦ったように声をかける。
爆発的な霊圧はいつの間にか消えていた。
「……躾もできていねぇガキか」
そう吐き捨てると、男は咲に背を向けた。
炎よりも赤い瞳は、氷よりも冷たかった。
「興ざめだ」
「お前っ!!」
浮竹がわなわなと拳を震わせる。
「大した力もねぇくせに」
赤い目が、浮竹を射る。
鳶色の瞳は言葉に詰まり、ただその赤を受けとめるので精一杯だ。
赤はまるで景色を眺めただけといった風で、すぐにそらされ、男はまるで風のように消えた。
「ったくふざけやがって」
そのかわり、聞こえてきた声は、ひどい濁声だった。
声の方を見れば、ずっと屋根の上で座って見ていた男が、黒い布を頭から外した。
見事な銀の長髪が現れ肩を流れ落ちる。
京楽は見覚えのある姿に目を見開いた。
「てめぇら3人とも、合格だぁ」
突然の話に、浮竹、京楽、咲は呆気にとられる。
それぞれの身体の拘束が解かれ、咲はなんとか伏せていた身体を起こし、浮竹は力なく地面に膝をついた。
「3日後、荷物をまとめて道場に来い。
場所は知ってるな、春水!」
話が読めず、口をぽかりと開けたままの京楽に、男は青筋を立てた。
「返事!!」
銀髪の男の怒鳴り声に、3人は身を縮こまらせ、京楽は慌てて、はい!と大きな声で返事をした。
「清之介、後は頼んだぞぉ」
新しい気配が咲と浮竹の後ろに現れる。
次に目を見開いたのは咲だ。
「山田副隊長……」
山上の一件の際に、咲の治療を担当していた山田清之介は、笑みを浮かべた。
「更木育ちの獣とは言え、流石に覚えていたようだ」
咲もいよいよ事情が呑み込めない。
「いったい、何が合格なんです?
いったい何だったんですか?
あなたたちは、何者なのですか?」
浮竹が立て続けに銀髪の男に問う。
口調を敬語に改めたのは、自分たち踊らされた理由に、何か権力的なもの、そして敬うべき何かが関わっていると察知したからだ。
男はにやりと笑う。
沈黙に、咲と浮竹は京楽を見つめた。
京楽は2人の視線にため息をつき、
「……まさかとは思うけど山じいに頼まれたんですか?」
男は笑みを深め、京楽は顔をひきつらせた。
既知の仲である様子に、咲と浮竹はただただ説明を待つしかない。
男は混乱した状況に満足したのか、ようやく口を開いた。
「俺は十一番隊副隊長の鮫島。
山本元柳斎重国殿の道場の師範代でもある。
そしてこれはうちの道場の選抜組に入る試験だぁ」
困った顔の京楽。
話が呑み込めない咲と浮竹。
「詳しいことは後で春水に聞くんだなぁ。
そいつは道場の門下生だぁ。
ちなみに、ここに居る奴ら、ああ、清之介以外は、門下だ」
再び咲と浮竹の視線を浴び、京楽は困ったような笑みを浮かべてみせるが、2人の疑惑の視線はぬぐいきれない。
和解にはどうやら時間がかかりそうだ。
「とはいえ、俺達も予想以上だったんだぜ?
万が一に備えて清之介をよこしてくれたんだが、まさか本当に必要になるとはな。
俺は一番隊七席の日野だ」
鞭を扱っていた男が、黒い布を頭から外して名のる。
金髪が眩しい。
それよりも、よこしてくれた、という言葉が咲の中で引っかかった。
「山田副隊長をここに送ってくださった方とは、もしや」
「そうだ、てめぇの保護者だよ」
咲は驚いて声が出ない。
「この件はてめぇらの身内は知ってる。
承諾を得てやったことだぁ。
心配いらねぇ」
京楽と浮竹ははっと思い出す。
「今頃思い出しやがったか。
風上にも置けねぇ奴らだ。
こりゃ親も苦労するだろうよ」
黒い布をはずしながら悪態をつくのは浮竹が戦っていた男だ。
「獄寺だ。
一番隊十二席」
「俺も一番隊十二席。
山本だ」
京楽の隣の男も黒い布をはずして名乗った。
山田はその間も、順番に手際良く怪我の手当てを進めている。
「飛び級試験の結果は、もちろん霊術院の創設者である山本元柳斎の耳にも入っている。
護挺への入隊を目指す才能ある者たちに特別補講義を、というわけだぁ」
鮫嶋は切れ長の目を細める。
「てめぇらは確かにおもしれぇ。
三日後だ、待ってるぞぉ」
そう言って立ち上がるので、咲はあわてて呼びとめる。
「あの、さっきの赤い目の方は……」
「ああ?」
鮫島は機嫌が悪そうに振り返る。
どうやら彼のことはあまり思い出したくないらしい。
しかし咲はそこで引くことはできなかった。
「さっきの赤い目の方は、どなたですか?
道場の方なんですか?」
ため息をついてから、鮫島はもう一度咲の目をしっかり見つめた。
「あいつは、十勝剣八。
十一番隊隊長だぁ」
その肩書に、咲は納得してしまった。
あれは常人ではない、と。