原作過去編ー110年前
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
はっと目が覚めて、がばりと体を起こす。
「ここは・・・」
「起きたか?」
部屋に入ってきた浮竹に、咲は目を瞬かせ、それから勢い良く立ち上がった。
部屋の時計はもう、7時を回っている。
肩からはらりと白い羽織が落ちた。
ずっと抱き締めて眠っていたそれは、十三の文字も眩しい隊長羽織。
「大丈夫だ、誰もここへは通してないぞ。
今日は休みなんだろう?」
にこやかな家主に顔が赤らむ。
彼は今日も仕事があるのに、咲は昨夜散々感情をぶつけたあげく、朝まで浮竹の布団を、そして羽織を占領していたのだ。
その事実に頭を抱える。
久しぶりに安心して熟睡できたのは、懐かしい浮竹の香りに包まれていたからだろう。
「・・・本当にごめん。」
顔を覆っての消え入るような咲の声に、浮竹は嬉しそうに微笑み、その頭に手を乗せてかき混ぜた。
「気にするな!
昨夜は久しぶりに京楽と昔話に花が咲いて飲み明かしてしまった。
お前もまた今度な。」
それはこの部屋を咲に貸すための口実のようなものだろうと思い、身を小さくした。
「あ、京楽も・・・悪いことをしたな。
体は大丈夫?」
「おいおい、隊長を馬鹿にするんじゃないぞ。」
勝ち気な笑顔に、実に彼は懐の深い立派な人だ、と思った。
「お前こそ、大丈夫か?」
その問いかけに、ひとつうなずく。
自分が動く度、ふわりと香る浮竹の香り。
一晩の内に染み付いてしまったらしいそれが、どこか嬉しい。
結局そのまま遅めの朝食まで頂いてしまった。
彼と食事を共にするのなんて本当に久しぶりで、二人は顔を見合わせて思わず笑った。
彼といるだけで不思議と心が満たされ、それからお腹も満たされた。
何かが解決したわけではないが、胸がすっきりした。
「ありがとう、もう大丈夫。」
泣き腫らした目元は痛々しいが、明るい表情の咲に浮竹は頷く。
「俺はここで寝泊まりしているんだ。
酒と布団くらいなら貸すから、何時でも来い。」
その穏やかな鳶色の瞳は、慈愛と優しさと頼もしさに満ちていて、それが自分に向けられていると思うと咲はくすぐったくなって小さく頷いた。
雨乾堂を出ていく背中は孤独だと、浮竹は目を細める。
昨日の泣き顔も、あどけない寝顔も、普段の物静かで強く耐え忍ぶ咲からは想像もつかないものだ。
抱きすくめた体の、細く、そして自分にはない柔らかさ。
確かに脈打つ血潮。
苦し気な吐息、耳を打つ悲鳴。
どれ程、どれ程、ただ一人の友として接するのが難しかったことか。
少しでも気を抜けば、男としての自分が顔を出そうともがいていた。
それは決してしてはならぬと、心に決めたはずなのに。
浮竹は雨乾堂に入ろうと、咲が消えた方へ背を向けた。
ふわりと、甘い香りが鼻を掠める。
一晩の内に羽織に染み付いてしまったらしい愛おしい香りに、切な気に苦笑を浮かべる。
そして、どうやら今夜も眠れなさそうだ、と心の中で一人言ちた。
「卯ノ花咲です。
遅くなってすみません。」
扉を開けた
「いいえ。
でも来てくれて良かった。」
不安だったのだろうその肩に手を置き、中に入る。
「いろいろ買い物に寄っていたら遅くなってしまって。
もとも子もないですね。」
よいしょ、と荷物を運び込む。
「昼食は?」
「まだです。
すこし辺りを散歩していたら遅くなってしまって。」
「ちょうど良かった。
美味しそうだから買ってきたんです、よろしければどうぞ。」
包みを紐解く。
中からでてきた弁当から美味しそうな匂が広がり、
「嬉しい!」
「ではお茶を入れましょう。」
咲は立って台所に行くと、
白哉が小さい頃を思い出して思わず微笑む。
そしてまだ幼いこの娘がどうしたら一人で生きて行けるだろうかと頭を悩ませた。
いつまでも咲が面倒を見られるわけでもない。
今は偶然単発の任務ばかりであるが、またいつ長期任務の命が下るかわからない。
また任務中に負傷することもありうる。
意識があればまだ誰かに彼女のことを頼むことも可能だが、昏睡状態二陥ったり、最悪のことがあれば
理想としては親代わりを探すべきだろうが、咲にも頼れる人がいるわけではない。
街で働ける場所を探すほかないだろう。
一番良いは、住み込みで働ける場所だ。
湯を沸かし、急須に茶葉を入れる。
やはりひとりで過ごしている間寂しいのだろう。
現世で生きた年数も知れているであろうこの少女が、この世で生きていくのはまだまだ難しい。
寂しさも、不安も、限りなくあるに違いないのだ。
「持っていくわ!」
入ったお茶をこぼさないように運ぶ姿はまだ危うい。
こんな少女を、どうしたら生きていけるようにできるだろう。
「ありがとうございます。」
少女の後ろをついて部屋に戻り、二人でお弁当を食べる。
「おいしい!」
非常用の食事しか置いていなかったのだ、彼女にとっては久しぶりのまともな食事であり、殊更おいしく感じるに違いない。
彼女の歳では料理さえまともにできないだろう。
そうは言っても、基本的に咲も任務に忙しく、たいして料理をするわけでもない。
今日は書店に行って子供でも読める簡単な料理の本と、食材を買うことも忘れずにしようと思った。
「今日は町へ買い物に行きましょう。
着物も、日用品も買わなければ。」
「でも・・・。」
少女は不安そうにうつむいた。
「気にしないでください、私も拾われ子。
たくさんたくさん育ての親にお世話になった身です。
それにこれでもしっかり稼いでいるんですよ。
忙しくて使う時間がなくて。」
そういえば
「ありがとうございます。」
彼女は本当に品がいい。
貴族相手でも十分に仕事が出来そうだ。
ふと、以前京楽が言っていたことを思い出す。
ー流魂街なんだけどさ、いい呉服屋があってねー
呉服屋であれば丁稚奉公を雇う可能性もある。
彼女のような品の良さが活かせるに違いない。
(今度聞いてみよう。)