学院編Ⅱ
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「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ
散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 」
手のひらが熱くなる。
狙いは格子のむこう、木目の見える正面の壁だ。
「えっそれはちょっと」
男が焦ったような声を出すが気にしない。
「焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ
破道の三十三 赤火砲!」
男が爆炎を避けるため身をひるがえす。
先ほどよりも大きな赤い炎の塊が、壁に激突し、火の手が上がる。
ここは地下だろうから、きっと土か石の壁に木材を添えているのだろう。
だが、あまり燃えすぎるのはいただけない。
酸素が薄くなる。
あの壁の向こうはいったい何があるのか、賭けだ。
「槍打つ音色が虚城に満ちる
破道の六十三 雷吼炮!」
「うわっ!」
黄色く大きな閃光が手のひらから走る。
今、京楽に打てる一番破壊力が高い技。
(いけ!)
バキっと音がして、それから何かが崩れる音がする。
もうもうと煙が立ちあげていてよく見えない。
上手く壁が崩れたのだろう。
焦げ臭いが、大きな火も見えないから、きっと火事にはなっていない。
人が通れるくらいに変形した格子の向こうに集中する。
霊圧を感じる。
男は無事に生きているらしい。
ざばっと水音を立てて土煙をねじ伏せ、彼が現れた。
「二重詠唱って、集中力ねぇとむずかしいんだろ?」
呑気に言いながら始解した様子の刀を右手に持つ男。
無傷なところがなんとも憎らしい。
しかしそんなどころではない。
京楽は足の裏にめいっぱい霊圧を込め、床を蹴った。
瞬歩と呼ぶには少し物足りないかもしれないが、それなりのスピードで崩れた壁の向こうの部屋に飛び込む。
そして。
「……こんなところに置いておくなんて、無用心だねぇ。
それとも」
壁に立てかけられていた浅打を抜く。
「わざと、かな」
男はにやりと笑った。
「さぁ?
俺はよく知らないんで」
部屋のドアに近づこうとざらりと足をずらせば、男の右手から白雷が飛ぶ。
咄嗟に腕を引くも、袖に穴が開いた。
「俺の仕事は、春水様をここから出さないこと」
京楽はすっと目を細めた。
「それから?」
男は少しだけ驚いた顔をし、それから明るい笑顔を見せた。
「春水様は切れ者だと聞いてましたが、その通りっすね」
不意に大きな爆音が響いた。
地下であろうここもグラグラと揺れ、天井がきしんで、パラパラと木材が降ってくる。
「ずいぶん派手にやってんな……」
相手の男は顔をひきつらせた。
どうやら予定外のことが続けざまに起こっているらしい。
この爆発は、誰が起こしたものなのだろうか。
問題はそこだ。
誰が、誰を傷つけるために起こした爆発なのか。
しかしそんな心配は二の次になってきたようだ。
「やばくね?」
「まずいと思うけど……」
天井はミシミシと音を立て始める。
このままでは崩れるのではないだろうか。
否。
「あっ!」
「うわっ!」
咄嗟に手を上に突き出す。
「縛道の三十九 円閘扇!」
天井に向けて盾を作ったが、天板にひびがはいり、梁で何とか崩壊を持ち堪えたようだ。だが最早時間の問題であるのは明白。
「渦転斬!」
強い霊圧が水になり、押し寄せてくる。
ぶわっと一瞬水にのまれ、流されかけるが踏ん張る。
しかしそれは一瞬で、気づけば水は男と京楽を守るように箱型の盾となっていた。
「……何の真似かな」
水に乗ってに京楽のところまでやってきた男は、先程殺すことも厭わないという顔も見せたはずである。
だが今の表情は打って変わって、人懐っこいものだ。
「俺は上から言われたことをしているだけっすから」
憎めない笑顔だと思った。
そして、この笑顔は見覚えがある。
「君確か、やまも」
彼の名を呼びかけた時、天井が崩壊し、言葉が遮られる。
大きな音を立てて崩れた天井に、思わず頭を腕でかばうも、水の盾がちゃんと防いでいる。
かなり強固な壁のようだ。
男を見れば困ったように笑っていた。
元より疎遠の兄だ。
だから兄のの友達などほとんど見たことはないが、彼は知っている。
何故なら彼は京楽が兄弟で通っていた道場「元字塾」での兄の同期であり、兄と殊に親しく、よく家に訪れていたからだ。
その上彼は元字塾の後継者と言われていた実力者。
とは言え兄が彼に自分の暗殺を依頼したとは考え難い。
家督の問題は兄弟の間で生まれた時から解決しているからだ。
彼が何かしらの目的の元、自分を連れ去ったと言うならばそれは、目的によっては元字塾の威信にかかる問題であり、京楽家としても看過できない問題となる。
「ネタばらしは脱出してからにしませんか?」
霊術院に入学して以来久しぶりに見る彼の笑顔は、本当に憎めないと思った。
「分かったよ」
京楽は右手を正面に出し、左手で支えた。
大きな爆砲に備えて。
「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」
鬼道は比較的得意なのだ。
規模の調節だって、お手の物。
右手にバチバチと黄色い光が集まり始める。
水の盾の向こうにある大量の瓦礫を吹き飛ばすために。
「破道の六十三 雷吼炮!」
激しい光と、蒸発する水で、前が良く見えない。
しばらくすると辺りに目が馴染んできて、低くなった今いる場所から飛び出す。
かなりの爆発があったのか、京楽がいたであろう建物の上の階は完全に倒壊していた。
辺りに浮竹と咲の霊圧を確認し、そしてその他にも多くの霊圧を確認し、京楽は慌てる。
振り返って仰ぎみれば。
「浮竹!!空太刀!!」
ぎょっと目を見開く。
傷だらけの、拘束された2人。
「……どういうことだ?」
自分の横に上がってきた、男を見据える。
浅打を持つ手に力が入るのは、不可抗力だろう。
「こりゃ俺も予想以上っすよ。
なにやってんだか……」
あきれ顔で頭を掻く男に、
「何の予想?」
この男に腹が立つわけではなかった。
この目的にでも、主犯に対してでもない。
単純に、単純に。
(僕がもっと強くて、この男より強くて、早く2人のところに駆け付けていたら……
変わったのだろうか)
その後悔に、浅打が震えた。