学院編Ⅱ
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壁にもたれるようにして京楽は眉をしかめていた。
後ろ手に縛られた両手は痺れてきた。
これほどもどかしい思いをしたのは久しぶりだ。
思わず自嘲してしまう。
(むしろ屈辱的だね)
目の前の画面の映像から目を離し、京楽は鉄格子の向こうの壁に立ったままもたれ、同じ映像を眺める男を睨む。
「こんなことしてどうするの?」
男はちらりとも京楽を見ない。
画面に集中しているらしい。
「ん?
俺は上の指示通りしているだけで、良く分からないんっすよ」
からりとしたその言い草に、思わずため息をつく。
画面の中では浮竹がひどい傷を負っている。
自分のせいで。
彼は病気で肺が悪い。
その彼がこれだけの傷を負うことが、どれほどの痛手か。
「ふざけるのもほどほどにした方がいいんじゃない?」
自分にもこんな声が出せるのかと思うほど、低くドスの利いた声だった。
男はその声に京楽をじっと見る。
そしてすっと左手が腰の斬魂刀にかけた。
ほんのりと殺気が漏れる。
(ボクは人質じゃない。
彼は……いつでも斬る気だ)
「ふざけてなんてねぇっすよ。
むしろそっちじゃね?」
ひょいっと上げられた眉。
癪に障る口調だ。
「何言ってんの?」
思わずらしくなく反抗的にいい返す。
「だって、春水様は一度も俺に刃向かってないっすよ?
俺があの白髪のガキだったら笑っちゃ……」
男は言葉を切り、目を見開いた。
頬を熱気が過ぎ去ったからだ。
激しい衝突音が鳴る。
男と京楽を隔てていた鉄格子がグニャリと歪んでいる。
そして熱気の発生源である赤火砲は彼の背後の壁に追突し、陥没させていた。
続けて足を縛っている縄を小さな赤火砲で焼き切る。
「たとえ院生でも、鬼道をかじっている奴を縄で縛るなんて、どうかしている」
違和感だらけなのだ。
捕えられて連れてこられた自分。
なぜか巻き込まれている2人。
しかもその2人がなぜか黒尽くめの者たちと戦っていて、その様子を縛られたまま見せられる。
(目的が、見えない。
誰が何のために?)
縛られていて固まってしまった手首、足首を動かして筋を伸ばす。
気づかれないように少しずつ赤火砲で縄を切るのは、案外肩が凝るのだ。
「とにかく開けてよ、ここ」
男はにやりと笑った。
「嫌だって言ったら?」
だから京楽もにやりと笑って見せる。
「さぁ。
友達が丸焼きになっちゃったわけだしねぇ」
男の方を向いたまま、左手を垂直に上げ、呟く。
「破道の四 白雷」
パリン
高い音を立てて映像を流していた画面のガラスが砕ける。
男がそれを見て顔をひきつらせて頭を掻いた。
「やっべ」
(これで気が散るものがなくなった)
静かに息を吐き、これからの策に頭を巡らせる。
「さーて。
どうしたらもっと君が困るのか、いろいろ試してみようか」
深い深い水底にいた。
ふわりふわりと、自分の白髪が揺れているのが見える。
(ここはどこだ……?)
静かな水。
上を見ればぼんやりと光が降ってくる。
(夢……?)
そうだ、昔よく見た夢。
今でもたまに見ることがある。
それは大抵、体調を崩して寝込んでいる時だ。
ぼうっとこうして水底で浮かんでいる。
ひんやりとした感覚が気持ちよくて、好きだった。
不意に水音が聞こえた。
何かが水を掻く音。
(何かいる?)
辺りを見回すが何も見えない。
また、音が耳に届く。
何も見えないけれど、確実にそこにいることは分かった。
ーあ。
僕たちの存在に気づいたみたいー
(今確かに、声がした)
だがどれだけ目を凝らしても、姿は見えない。
ー声も聞こえるんだぁー
幼い少年の声だ。
(考えが読まれている?)
ー読むも何も、ねぇ?ー
ーそうそう、そんなすごいことじゃあないよね。
当たり前のことなだけー
(当たり前?
俺の考えを読むことが?)
ー君だからだよー
二つの声が重なって聞こえた。
(俺だから?)
ぷくぷくとあわの音と共に、笑い声が聞こえた。
ーでも残念、まだちょっと足りないみたいだー
ーとりあえず、早く目を覚ました方がいいんじゃないかなー
(え?)
ー覚えてないの?
君、吹き飛ばされて、意識失ったじゃないー
ー空太刀咲、独りで戦っているよー
ようやく思い出し、目を見開く。
水底の景色は、一瞬で白くはじけた。
2人の男は一瞬で姿をくらます。
その瞬間、2人がいたところは鎌居達によって深くえぐられていた。
咲の背後に回った2人は視線を鋭くした。
「っぶねぇ」
「あのガキ!」
浮竹と戦っていた男は片腕から血を流していた。
振り返る黒い瞳に、背筋が寒くなる。
彼女の瞳は、何の感情も映していないように、ひどく澄んでいる。
それは野生の狼が獲物を狙っている時に似ている。
自分がしなければならないことが身体で分かっていて、それを淡々とこなす。
イメージ通りに、正確に。
そのために空気の動きさえ読むほどの集中力を発揮する。
獣のような彼女は美しい。
その凛とした雰囲気、そして霊圧に、2人は飲まれかけ、慌てて自分の霊圧を上げた。
咲が動くのを確認すると、2人もすぐに動いた。
鞭が唸り、咲を捕えようと動く。
それを風のようにするりと避け、刀を構える。
象牙のような刃の側面にあいた穴から、ヒューと、風の通る音がする。
「縛道の三十九 円閘扇!」
男が咄嗟に作った盾に、派手な音を立てて刀がぶつかる。
強い風が盾を回り込んで男を襲い、細かい傷を作る。
良く見れば盾自体にもひびが入っており、これ以上は持たないと男は身をひるがえした。
ちょうどそのタイミングで、もう一人の男の放った爆炎が咲を襲う。
咄嗟に斬魂刀から出す風で対抗しようとするも、咲はすぐに吹き飛ばされてしまった。
それでも宙で体勢を整え、刀を構え直すと鎌居達を続けざまに放つ。
男達は瞬歩で避けながら応戦する。
互いにそれなりの傷を負わせることはできるものの、決定打には至らない。
しかし次の瞬間、咲は目を見開いた。
「かかったな」
身体が動かない。
そしてその理由に思い当たり、歯を食いしばる。
「自分が教えた罠にかかる気分はどうだ?
残念ながら、これは強化版だけどな」
解かれた曲光。
張り巡らされた伏火が明らかになる。
それは爆弾の男の斬魂刀につながっていた。
伏火の糸が紅く光り始める。
なんとかしなければならないと分かっているのに、身体が動かない。
爆弾の男を睨みつけ、何とか指先を無理やり向ける。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ!」
男は目を見開き慌てて斬魂刀に霊圧を込めた。
「破道の七十三!双蓮蒼火墜!!」
咲が言い終わるのと、伏火が爆発するのと、どちらが早かっただろうか。
辺りには激しい爆音が鳴り響き、まるで昼間のように明るくなった。
少し離れた所から事を眺めていた銀の瞳の男はにやりと笑った。
いつの間にか隣に黒い死覇装に身を包み、赤い派手な羽根飾りをつけた赤い瞳の男が立っていた。
それに気づいた銀の目の男は、ため息をついた。
「う゛お゛ぉぉい、なんでここにいる?」
ひどい濁声だ。
「俺の部下を好きなだけ使いやがった口が言うことか」
「これは仕事外だぁ。
全員非番をとったはずだろぉぉ」
「クソジジイの権限で奪っただけだろ」
赤い目が細められる。
「……あれで院生か」
消えた霊圧。
死んだとも思えるが。
(あのレベルだ。
簡単に死なれてたまるか)
晴れかけた煙。
肉が切れる音と、呻き声がする。
「白雷!」
届いた声は先ほどまで見えなかった者の声だ。
晴れていく煙の中、白い頭が一瞬現れる。
「まだ動けたのかぁ」
銀の瞳が楽しそうに弧を描く。
数度の剣戟が続き、煙が晴れた時には決着がついたようだ。
「あれが一番の大物だろうなぁ」
晴れてきた煙の中からまず現れたのは、両手を後ろ手に鞭で縛られ、跪く咲。
俯いた頭で表情は見えない。
生きて入るだろうが、体中血だらけだ。
ごほっと血を吐き出す。
「空太刀!」
心配そうに名を呼ぶ白髪の少年の方も、傷だらけで、苦々しげに自分を縛る鎖条鎖縛を睨む。
戦っていた男達もひどい有様で、浮竹と戦っていた男は出血の多い腹部を苦々しげに押さえているし、鞭の男は顔の半分が血に染まっている。
「席官相手にあれだけやれる院生か。
しかも更木出身の女と来た」
赤い目の男の口の端がにやりと上がる。
「ありゃワケありに違いねぇ」
銀髪の男がまずい、という表情をして視線をそらした。
それに気づき、赤い目の男は男を睨みつける。
「そっちが隠す気なら、暴きに行くぜ」
背を向けて立ち去ろうとするから、座っていた男は慌てて立ち上がりその背中に叫ぶ。
「ちょっと待てぇ!
これは総隊長の個人的な話なんだぁ。
だから道場の門下生が動いてるんだろぉ。
他人の都合に首を突っ込むんじゃねぇぞぉぉ!」
赤い目は顔を少しだけ振り返る。
「はっ!
これだけ部下を使われてるんだ。
他人の都合じゃねぇだろ!」
面白いおもちゃを見つけたかのような彼の笑顔は、嫌な予感しかさせなかった。