学院編Ⅰ
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「ああ、2時間ほど前に一度目を覚ましたよ。」
「本当ですか?」
「よかった」
カーテンの向こうから聞こえてくる話声に、咲は目を覚ました。
彼らの訪れには戸惑いしか湧いてこない。
さっとカーテンが開けられ、思わず寝たふりをする。
「空太刀さん、浮竹くんと京楽君が見舞いに来てくれたぞ」
佐々木小さく笑っているのは、きっと狸寝入りに気づいているからだろう。
頬が少し熱くなるのを感じながら布団から出、ベットの上に正座しようとすると。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なにしているんだ!」
京楽と浮竹が慌てて布団に押し戻す。
目を見開く咲。
微笑む佐々木。
「その……あの……
お二方には多大なご迷惑をおかけして、心から申し訳なく存じます」
中途半端に横になったまま、身体を小さくしてたどたどしくそう呟く。
「あのね、空太刀」
同世代に自分の名前をまともに呼ばれたことがなく、また驚く咲。
「君はものすごい誤解をしているようだね」
京楽は咲に視線を合わせるように、ベットの傍らに片膝をついた。
焦げ茶色の瞳が咲の瞳を捕える。
彼の瞳は、一度合わせるとあわされた人間は視線を離せなくなる力がある。
でもその瞳は、どこか。
(烈様に似ている)
それが愛情からだと言うことを認識でするのは、このころの咲ではまだ難しかった。
咲の緊張が徐々に解ける。
「まずボク達はこの前のことを迷惑とは思っていない。
次にボク達は君のことを更木出身だからって軽蔑したりしない。
それから、今日ここに来たのは謝ってもらうためじゃない。
君が目を覚ましたかどうか、心配で訪ねてきたんだよ」
そして京楽は、優しく微笑んだ。
「だから、頼むからそんな口調で話さないでおくれよ。
悲しくなっちゃうじゃないの」
「ですが私は」
「京楽の言うとおりだぞ」
咲の言葉を遮って、浮竹が話し始める。
立ったままの彼を見上げる。
体つきは京楽よりも細いが、彼の強さは相手をした咲にはよく分かっていた。
鳶色の瞳はひどく柔らかくて、京楽とはまた違う、一度合わせると視線を離したくないと思わせる魅力があった。
「それともなんだ、俺達が貴族かそうじゃないかで人をわけるような、偉い偉い貴族様にでも見えたか?」
そのどこかからかうような口調に、咲は困って口を噤んでしまった。
その様子に京楽が笑いだす。
「そんなに硬くなりなさんな。
ボク達は君と同じ霊術院の学生なんだからさ。
綺麗なお嬢さんに出会えて、喜んでいるところだよ」
(そんなはずない、そんなはずは……)
今まで取られたことのない待遇に、彼の言葉を俄に信じることなど出来るはずもない。
「ほらほら、いつまでも話したいのは分からんでもないが、空太刀さんはまだ今日目が覚めたばかりじゃ。
余り身体に負担をかけるのはよくない。
そのくらいにしなさい」
佐々木の言葉に2人は立ち上がる。
「じゃ、空太刀、ゆっくり休めよ」
「またね」
親しげな笑顔に、ただ茫然としてしまい、なんと返せばいいのか分からない。
「は……はい」
ただそう小さくつぶやけば、2人は笑顔を残して去っていった。
しまったカーテンをぼうっと見つめる。
押し戻そうとして触れられた肩が、まだ彼らのぬくもりを残している気がした。
(夢……かな)
二人の笑顔を思い出せば、珍しく眠気に襲われ、横たわる。
そっと、彼らが触れた肩に手を当てると、どこか温かく、烈に頭を撫でられた時のことを思い出した。
翌日は運よく日曜日。
普段であれば夕方のこの時間帯は鬼道の稽古に出ているはずだが、佐々木はそれを許さなかった。
医務室での1週間の入院を命じられたのだ。
咲は悲しげに目を細めて窓の外を見た。
(こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのに。
もっともっと強くなって、烈様のお役に立ちたいのに)
教科書に目を落とす。
(せめて暗記科目や理解科目は今の内にしっかりやっておいて、ここから出られたら実践科目に集中できるようにしよう)
1年生の歴史の教科書はもう飽きるほど読んだ。
今持っているのは3年生の護挺史の教科書だ。
とはいってもこの教科書だって読むのはもう3度目。
ほとんど暗記までしている文章を、目で追っていく。
突然のノックに続きドアが開いた音がした。
「おっす、空太刀!」
「やあ、こんにちは」
聞こえるはずのない声が耳に飛び込み、咲は手に持っていた教科書を取り落とす。
布団の上を滑ったそれは、音を立てて床に落ちたのと、カーテンが勢いよく開けられたのは同時だった。
「なに?
ボクがお見舞いに来たのが嬉しくて思わず落としちゃった?」
微笑みを浮かべてその教科書を拾う京楽。
「こーら。馬鹿なことを言うんじゃない。
空太刀が困っているだろう?」
その京楽を小突いてベット脇の丸椅子に腰かける浮竹。
「おや、これ3年生の教科書じゃないか。
へぇ、図書館で借りているんだ?勉強熱心なんだね」
教科書をぱらぱらとめくりながら呟く。
「お前も少しは見習えよ」
「嫌だよ。
浮竹ぇ、鬼道の課題見せてくれるよね」
「見せるわけないだろう」
目の前で会話をしている2人を、咲は信じられない思いで見つめていた。
「なんだよぉ、この薄情者」
「お前のためを思って言ってやってるんだぞ?」
「ほら、茶を入れてやったぞ」
佐々木がお盆にお湯のみを3つ乗せてあらわれた。
「あっどうもすみません」
「そうだ、先生の分もあるから、一緒に食べない?
いつも浮竹がお世話になってるからさぁ」
「それじゃあ私もいただくとするかの」
もうひとつ浮竹が丸椅子を持ってきて佐々木に渡す。
「お見舞いにね、水羊羹買ってきたんだ。
華屋のはおいしいんだよ」
「お、華屋とは。楽しみじゃ」
佐々木も嬉しそうに笑顔を洩らす。
「さ、これは空太刀の分」
浮竹が皿に取り分けた水羊羹を咲の目の前に差し出す。
咲は眼を瞬かせた。
「ん?もしかして水羊羹嫌い?」
一向に動かない咲に、京楽は首をかしげる。
未だに状況を飲み込めていない咲は、何を聞くべきか迷った挙句、とりあえず一番最後にもたげた疑問を呟く。
「……私の分?」
「そうだ。
君のお見舞いに来たんだからな。
空太刀が食べないと意味がないだろう」
眩しいほどの浮竹の笑顔に、また瞬きをする。
理解が追い付かないまま、手に懐紙に乗せられた羊羹が手渡された。
僅かに触れあった指先は、とても温かく感じた。
(夢の続きでも見ているのだろうか。
ならば早く目覚めねば、今日していた勉強も全て無意味と言う事になる。)
更木にいたころ、始終お腹をすかせていたため、よく夢で何かを食べる夢を見た。
正確には食べようとする夢だった。
そして口に入れた瞬間、いつも夢が覚めたことを思いだしたのだ。
「いただきます。」
小さく切って口に運ぶ。
品の良い甘みとひんやりとした触感が広がる。
「……おいしい」
「だろう?」
「よかった、喜んでもらえて」
二人の笑顔にもう一切れ口に運ぶ。
「そう言えば今日流魄街に行ったんだがな」
浮竹が楽しそうに話し始めた。
(夢じゃなかった……)
布団の中、僅かに触れあった指先を、胸に抱き寄せる。
水羊羹がおいしくて、夢から覚めていないことにすっかり気付かなかったのだ。
瞼を閉じれば目の前にちらつく、温かすぎる笑顔達。
あり得ない状況が、今存在していた。
その温もりが、恐怖を呼び起こし、きつく身体を抱きしめる。
全てを忘れようと固く眼を閉じる。
ひもじさを知る咲は知っていた。
乾ききった体にほんのひと匙の水は激しい苦痛を生み出す。
貴族ばかりのこの場に飛び込むと決めた時、優しさなど誰にも求めないと、心に決めた。
この優しさは毒だ。
自分の固い決意を揺るがす毒に違いない、と。
木々の間、黒い影が飛び回る中、独り刀を構えていた。
光る目が、自分を食べようと物欲しげに眺めている。
咲は身体を低くし、獣のように威嚇すべく唸り声を上げながら、このままだと死ぬと直感的に感じていた。
虚の数は、4体。
今まで相手にしたことのない数だ。
「ウマソウナ奴……」
一匹が踊りかかる。
かわして切りつけるも刀は届かず、背後から襲いかかるもう一匹に腕を切り裂かれる。
「うぁぁっ!!!」
痛みに悲鳴を上げながらも、すぐに敵の爪を受け止めようと刀を振るう。
しかし刀はやすやすとはじかれ、身体が地面にたたきつけられた。
「く……くるな!!」
「モット泣キ叫ベ!」
爪がじわじわと身体につきたてられていく。
熱いほどの痛みに頭を打ち振った。
「嫌ぁぁぁぁ!!!」
激痛の中、誰かに手を強く引かれ、必死にそれにすがりついた。
「本当ですか?」
「よかった」
カーテンの向こうから聞こえてくる話声に、咲は目を覚ました。
彼らの訪れには戸惑いしか湧いてこない。
さっとカーテンが開けられ、思わず寝たふりをする。
「空太刀さん、浮竹くんと京楽君が見舞いに来てくれたぞ」
佐々木小さく笑っているのは、きっと狸寝入りに気づいているからだろう。
頬が少し熱くなるのを感じながら布団から出、ベットの上に正座しようとすると。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「なにしているんだ!」
京楽と浮竹が慌てて布団に押し戻す。
目を見開く咲。
微笑む佐々木。
「その……あの……
お二方には多大なご迷惑をおかけして、心から申し訳なく存じます」
中途半端に横になったまま、身体を小さくしてたどたどしくそう呟く。
「あのね、空太刀」
同世代に自分の名前をまともに呼ばれたことがなく、また驚く咲。
「君はものすごい誤解をしているようだね」
京楽は咲に視線を合わせるように、ベットの傍らに片膝をついた。
焦げ茶色の瞳が咲の瞳を捕える。
彼の瞳は、一度合わせるとあわされた人間は視線を離せなくなる力がある。
でもその瞳は、どこか。
(烈様に似ている)
それが愛情からだと言うことを認識でするのは、このころの咲ではまだ難しかった。
咲の緊張が徐々に解ける。
「まずボク達はこの前のことを迷惑とは思っていない。
次にボク達は君のことを更木出身だからって軽蔑したりしない。
それから、今日ここに来たのは謝ってもらうためじゃない。
君が目を覚ましたかどうか、心配で訪ねてきたんだよ」
そして京楽は、優しく微笑んだ。
「だから、頼むからそんな口調で話さないでおくれよ。
悲しくなっちゃうじゃないの」
「ですが私は」
「京楽の言うとおりだぞ」
咲の言葉を遮って、浮竹が話し始める。
立ったままの彼を見上げる。
体つきは京楽よりも細いが、彼の強さは相手をした咲にはよく分かっていた。
鳶色の瞳はひどく柔らかくて、京楽とはまた違う、一度合わせると視線を離したくないと思わせる魅力があった。
「それともなんだ、俺達が貴族かそうじゃないかで人をわけるような、偉い偉い貴族様にでも見えたか?」
そのどこかからかうような口調に、咲は困って口を噤んでしまった。
その様子に京楽が笑いだす。
「そんなに硬くなりなさんな。
ボク達は君と同じ霊術院の学生なんだからさ。
綺麗なお嬢さんに出会えて、喜んでいるところだよ」
(そんなはずない、そんなはずは……)
今まで取られたことのない待遇に、彼の言葉を俄に信じることなど出来るはずもない。
「ほらほら、いつまでも話したいのは分からんでもないが、空太刀さんはまだ今日目が覚めたばかりじゃ。
余り身体に負担をかけるのはよくない。
そのくらいにしなさい」
佐々木の言葉に2人は立ち上がる。
「じゃ、空太刀、ゆっくり休めよ」
「またね」
親しげな笑顔に、ただ茫然としてしまい、なんと返せばいいのか分からない。
「は……はい」
ただそう小さくつぶやけば、2人は笑顔を残して去っていった。
しまったカーテンをぼうっと見つめる。
押し戻そうとして触れられた肩が、まだ彼らのぬくもりを残している気がした。
(夢……かな)
二人の笑顔を思い出せば、珍しく眠気に襲われ、横たわる。
そっと、彼らが触れた肩に手を当てると、どこか温かく、烈に頭を撫でられた時のことを思い出した。
翌日は運よく日曜日。
普段であれば夕方のこの時間帯は鬼道の稽古に出ているはずだが、佐々木はそれを許さなかった。
医務室での1週間の入院を命じられたのだ。
咲は悲しげに目を細めて窓の外を見た。
(こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのに。
もっともっと強くなって、烈様のお役に立ちたいのに)
教科書に目を落とす。
(せめて暗記科目や理解科目は今の内にしっかりやっておいて、ここから出られたら実践科目に集中できるようにしよう)
1年生の歴史の教科書はもう飽きるほど読んだ。
今持っているのは3年生の護挺史の教科書だ。
とはいってもこの教科書だって読むのはもう3度目。
ほとんど暗記までしている文章を、目で追っていく。
突然のノックに続きドアが開いた音がした。
「おっす、空太刀!」
「やあ、こんにちは」
聞こえるはずのない声が耳に飛び込み、咲は手に持っていた教科書を取り落とす。
布団の上を滑ったそれは、音を立てて床に落ちたのと、カーテンが勢いよく開けられたのは同時だった。
「なに?
ボクがお見舞いに来たのが嬉しくて思わず落としちゃった?」
微笑みを浮かべてその教科書を拾う京楽。
「こーら。馬鹿なことを言うんじゃない。
空太刀が困っているだろう?」
その京楽を小突いてベット脇の丸椅子に腰かける浮竹。
「おや、これ3年生の教科書じゃないか。
へぇ、図書館で借りているんだ?勉強熱心なんだね」
教科書をぱらぱらとめくりながら呟く。
「お前も少しは見習えよ」
「嫌だよ。
浮竹ぇ、鬼道の課題見せてくれるよね」
「見せるわけないだろう」
目の前で会話をしている2人を、咲は信じられない思いで見つめていた。
「なんだよぉ、この薄情者」
「お前のためを思って言ってやってるんだぞ?」
「ほら、茶を入れてやったぞ」
佐々木がお盆にお湯のみを3つ乗せてあらわれた。
「あっどうもすみません」
「そうだ、先生の分もあるから、一緒に食べない?
いつも浮竹がお世話になってるからさぁ」
「それじゃあ私もいただくとするかの」
もうひとつ浮竹が丸椅子を持ってきて佐々木に渡す。
「お見舞いにね、水羊羹買ってきたんだ。
華屋のはおいしいんだよ」
「お、華屋とは。楽しみじゃ」
佐々木も嬉しそうに笑顔を洩らす。
「さ、これは空太刀の分」
浮竹が皿に取り分けた水羊羹を咲の目の前に差し出す。
咲は眼を瞬かせた。
「ん?もしかして水羊羹嫌い?」
一向に動かない咲に、京楽は首をかしげる。
未だに状況を飲み込めていない咲は、何を聞くべきか迷った挙句、とりあえず一番最後にもたげた疑問を呟く。
「……私の分?」
「そうだ。
君のお見舞いに来たんだからな。
空太刀が食べないと意味がないだろう」
眩しいほどの浮竹の笑顔に、また瞬きをする。
理解が追い付かないまま、手に懐紙に乗せられた羊羹が手渡された。
僅かに触れあった指先は、とても温かく感じた。
(夢の続きでも見ているのだろうか。
ならば早く目覚めねば、今日していた勉強も全て無意味と言う事になる。)
更木にいたころ、始終お腹をすかせていたため、よく夢で何かを食べる夢を見た。
正確には食べようとする夢だった。
そして口に入れた瞬間、いつも夢が覚めたことを思いだしたのだ。
「いただきます。」
小さく切って口に運ぶ。
品の良い甘みとひんやりとした触感が広がる。
「……おいしい」
「だろう?」
「よかった、喜んでもらえて」
二人の笑顔にもう一切れ口に運ぶ。
「そう言えば今日流魄街に行ったんだがな」
浮竹が楽しそうに話し始めた。
(夢じゃなかった……)
布団の中、僅かに触れあった指先を、胸に抱き寄せる。
水羊羹がおいしくて、夢から覚めていないことにすっかり気付かなかったのだ。
瞼を閉じれば目の前にちらつく、温かすぎる笑顔達。
あり得ない状況が、今存在していた。
その温もりが、恐怖を呼び起こし、きつく身体を抱きしめる。
全てを忘れようと固く眼を閉じる。
ひもじさを知る咲は知っていた。
乾ききった体にほんのひと匙の水は激しい苦痛を生み出す。
貴族ばかりのこの場に飛び込むと決めた時、優しさなど誰にも求めないと、心に決めた。
この優しさは毒だ。
自分の固い決意を揺るがす毒に違いない、と。
木々の間、黒い影が飛び回る中、独り刀を構えていた。
光る目が、自分を食べようと物欲しげに眺めている。
咲は身体を低くし、獣のように威嚇すべく唸り声を上げながら、このままだと死ぬと直感的に感じていた。
虚の数は、4体。
今まで相手にしたことのない数だ。
「ウマソウナ奴……」
一匹が踊りかかる。
かわして切りつけるも刀は届かず、背後から襲いかかるもう一匹に腕を切り裂かれる。
「うぁぁっ!!!」
痛みに悲鳴を上げながらも、すぐに敵の爪を受け止めようと刀を振るう。
しかし刀はやすやすとはじかれ、身体が地面にたたきつけられた。
「く……くるな!!」
「モット泣キ叫ベ!」
爪がじわじわと身体につきたてられていく。
熱いほどの痛みに頭を打ち振った。
「嫌ぁぁぁぁ!!!」
激痛の中、誰かに手を強く引かれ、必死にそれにすがりついた。
