学院編Ⅱ
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一瞬の空気の変化を敏感に感じ、咲は本能的に身をかがめ、すぐに大きく右に跳ぶ。
それでも遅かったのか、左手に鋭い痛みがあり、それを認識した時にはさっきまで立っていた場所に大きな電撃の柱が上がっていた。
双蓮蒼火墜、それも詠唱破棄でそのレベル。
相手の力量に思わず眉を寄せた。
(更木で見た、ただの残党とは違う)
相手はいったい何者なのか、疑問は浮かぶがそれどころではない。
(殺らなければ殺られる。)
微かな音に慌てて身体をひねれば、ビュッと鋭い音を立てて切られた髪の数本が宙に舞った。
それに目を見開いている間に伸びてくる鋭い霊圧。
咲は咄嗟に左手を前に出す。
「縛道の三十九 円閘扇!」
バチィン
激しい音を立てて咲が作った円形の盾によって鞭が弾き返された。
そのまま咲はなんとか後ろに身を翻し屋根の上にスピードを殺しながら着地する。
視線は跳ね返された鞭が帰って行った方向に向けたままだ。
「手段選ばねぇのがお好みらしいからな。」
男の瞳が光る。
どうやら先ほど咲が浮竹の手助けをして、もう一人の男に不意打ちを喰らわせたのが気に入らないらしい。
「・・・生きなければ意味がないから。」
自分が劣勢だと知ってはいても、静かに言い放つ。
男は眉を顰めた
「誇りや戦いにおいて守るべき信条はねぇのかよ?」
「手段や外面に気を使っていられる輩は本当に生きるために独りで戦っていないからだ。」
咲は構えを解いてじっと男を見る。
「死の恐怖を知らないから、そう言っていられる。」
静かに首を傾ける。
「お前は、四六時中死の恐怖を感じたことはないだろう?」
男は慌てて飛びずさる。
首元を紫電が煌めいた。
目の前には底なしに黒い瞳があり、じっと見つめている。
地面に降りようと屋根を蹴れば、重力に従って降りていく。
咲も同じように屋根を蹴って刀を構えて落ちてくるが体重差もあり、追いつくことはできない。
その咲の左手が、男に向けられた。
「縛道の三十七 吊星。」
なぜ、と男は一瞬疑問を抱き、それが恐ろしい状況だと瞬時に理解した。
咲は男を捕獲し、そのスピードに追いつくため、あえて衝撃を吸収できる吊星を使ったのだ。
足元に柔らかい感触。
バランスを崩しかける。
吸収される衝撃、つまりスピード。
背後に迫る霊圧と殺気。
男は賭けに出た。
鞭を振りまわしながら勢いよく振り返り、斬魂刀の始解を解いて刀に戻し、そして。
キィィィィン
金属のぶつかり合う音が響いた。
男の背中を冷たい汗が伝う。
振り返りざまに鞭で切り裂いた吊星。
その隙間からなんとか下に降り、地面に着地した。
視界は吊星に遮られ、咲の姿などほとんど見えない。
しかし吊星ごと自分を刺すために刀を動かしてくるだろうと予想することは容易い。
ならばどう刀を振るだろうか。
ほとんど本能的と言ってもいいくらいの動きで、男は刀を翳していた。
それが一瞬でも遅れていたら、それが少しでもずれていたら、命はなかっただろう。
「生きる為が理由で何が悪い。
誇りや信条?それでどうして命が守れる?」
キリキリと悲鳴を上げる刀。
目の前の黒い瞳は、静かに刀の銀を映していた。
生きる事への執着と死への恐怖が滲み出る一方で、生きる為の殺人を厭わない姿は、野生そのもので背筋が寒くなる。
自分とは違って仲間も居なかったであろう彼女は命のやり取りを孤独の中で乗り越えてきたのだろう。
少女の様な彼女のその殺伐とした過去を思うと不憫だ。
男は孤独から彼女を救う術はあるのだろうかと一瞬思ったが、殺伐としたこの世では彼女の様な者こそ生き残ることができるし、その先の未来でこの世を変える力を持つのだと思い直す。
浮竹は額から垂れる血をぬぐった。
辺りには爆煙が立ち込めており、霊圧を探る以外に相手を知る手掛かりはない。
男の技のとんでもない破壊力に、浮竹は身体が緊張で固まってしまわないようにするので精一杯だ。
「破道の三十一 赤火砲。」
静かな声に浮竹は飛び上がる。
足元で熱気を感じ、ふわりと髪が舞った。
爆炎がある程度薄れても、相手の姿を認めることはできない。
近くにあった木の上に登り、辺りを見回すも、壊れた家と煙くらいしか見えない。
霊圧もほとんど感じられない。
不意に背後に気配を感じ、背筋がぞくりとする。
瞬時に木の枝を蹴って飛び、振り返れば微かに紫電が煌めいていた。
(爆弾のような遠距離攻撃と煙で敵を巻き、最後は斬魂刀で刺す・・・のか。)
男の手であろうことが分かっても、その打開策はなかなか難しい。
煙の中に再び身を置くことになり、気配をうかがう。
不意に空気の流れを感じ、大きく前に跳ぶ。
地面に着地する足音がすぐ傍からした。
先ほどまで浮竹がいた辺りだ。
(・・・こうなったら。)
「破道の五十八 巓嵐!!」
流石に五十番台の詠唱破棄はかなりつらい。
それでも少し煙は落ち着いた。
だがそれにばかり集中しているわけにもいかず、咄嗟に瞬歩で屋根に駆けあがる。
背後から再び霊圧を感じたからだ。
間違いはなく、浮竹が先ほどまでいた場所に、男が現れ、右手を振りおろしていた。
「・・・瞬歩か?」
「本当は切り札にしたかったんだが。」
瞬歩ができるようになったのはたまたまだった。
飛び級試験の歩法には、瞬歩までは入っていない。
霊圧を使ってより早く走る程度が判断基準となる。
その練習をしているときに、浮竹は運よく瞬歩まで習得してしまったのだ。
院生にしてはかなり早い習得になり、飛び級試験でも点稼ぎになった。
「余裕だな。」
男が笑みを浮かべる。
「口だけでも余裕を持たねばな。」
なんとか笑みを返す。
そして。
「破道の三十一 赤火砲!」
浮竹の言葉に男は逃げようとするも、身体が動かないことに気づく。
「まさか!」
策にはめられたと気づき、男は赤火砲を相殺しようと右手から攻撃を放つ。
浮竹は一瞬でかなりの破壊力のある攻撃を返され、目を見開いた。
どおぉぉぉん
辺りに爆音が響く。
それは男の攻撃と、浮竹が仕掛けておいた曲光によって隠された伏火の爆発が重なったものだ。
浮竹はゴホゴホとむせながら落ちるように地面に降りた。
なんとか直撃は避けたものの、傷も体力もかなり限界に近い。
男の方も憎たらしげに眼を細め、目元をぬぐっている。
「・・・あのガキの入れ知恵か?
ふざけやがって。」
男の瞳は、本気だった。
ふらつく足を叱咤し、なんとか斬魂刀を構える。
男の右手に起こる赤い渦状の光に、今までにない大技が来るであろう予想がされ、
しかし逃げようがないような絶望を感じ、目を見開く。
とにかく足を動かし、逃れようとするも。
「・・・終わりだ。
赤竜巻の矢。」
赤い竜巻が、一帯を襲った。
咲は背後から迫る熱気に咄嗟に身体を伏せる。
赤い炎の竜巻が通り過ぎたのは比較的地面よりも高かったが、その熱気はひどく、周囲の屋根は黒く焦げていた。
ふと弱まる霊圧を感じる。
その霊圧の発信源をたどって駆ければ、地面に伏せる白が目に飛び込んだ。
それは薄汚れて赤も滲んでいる。
「浮竹!!」
駆け寄って抱き起こす。
微かなうめき声に命があることを知るが、かなり重症だ。
じっと手を当て、治療を施す。
応急処置程度しかできないが、出血だけでも止める。
青い顔は、病で倒れた時の彼を連想させた。
(また、私は・・・。)
手を握りしめる。
爪が肌に食い込み、血が出た。
「俺も焦げるとこだったぜ。」
「はっ!
一緒に果ててればよかったのによ。」
背後の会話から、まだ男2人は充分戦えることは分かる。
(このままでは、死んでしまう。)
腕の中には虫の息の浮竹。
どこにいるのかも分からない京楽。
(私が・・・私が守らなければ。)
目に浮かぶのは、諦めの色を浮かべた金の瞳、力なく垂れる頭。
死にゆく山上の姿だ。
(私が!)
右手に持ったままの斬魂刀が脈打った気がした。
じっと見つめると、身体がクンと何かに引き寄せられた気がして、周りを見るとそこは暗闇だった。
―力が欲しいか?―
声だけが聞こえてくる。
―力が欲しいか?―
繰り返すその声は聞き覚えのあるもので。
「・・・山上様?」
気配に振り返ると一枚のガラスがあり、そこに山上の姿が映っていた。
―何故だ?―
金色になった山上の瞳が、咲を見た。
「・・・生きるために。」
―お主は変わらぬ。―
目の前の山上の口は動くが、それは山上の口調とは違っている。
にやりと持ちあがった口の端。
彼はこんな表情はしない。
こんな表情をするのは。
(ああ、そうだ・・・。)
忘れていた大切なものを思い出す。
―呼べ。
お前は知っているはずだ。―
「悲涙流れし 血を啜れ いざ目覚めよ 破涙贄遠」
2人の男は空気の変わった咲をじっと見た。
「ようやく始解しやがったか。」
咲の右手に携えられた刀はやはり、今は亡き山上の右腕に酷似した姿だった。