学院編Ⅱ
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互いに互いの敵を認める。
浮竹は壁の男。
咲は茶色い目の男。
皆が相手の出方をうかがっている。
その中で最初の一手を繰り出したのは咲だった。
左手を構えるのが見え、男は目を見開き、地面を蹴る。
次の瞬間には男が立っていた場所に大きな青い雷撃が走っていた。
「いきなりなかなか飛ばすな」
掠り傷ひとつ追っていない男と咲は近くの屋根の上で向き合っていた。
(……速い)
今まで対峙してきた虚でこれを避けられたものはほとんどいない。
どれだけ霊圧を込めて飛び上がったとしても、ここまで一瞬で飛ぶのは難しいだろう。
(となると、瞬歩だ)
授業ではまだ名前しか聞いていない。
当然咲#も更木時代に身につけた我流の瞬歩の真似ごと程度のことしかできない。
咲は刀を構える。
男の持つ刀は浅打ではないが、今は始解しているわけでもない。
つまり、相手の力をまだ測りきれていない。
すっと腰を落とす。
そして野生の勘の働くままに身体を任せた。
刀を握りしめたかと思うと、距離を一気に詰め刀を突きだす。
男は軽く後ろに跳びながら刀を避けるよう、体を反らせた。
それを見越した咲はそのまま刀を振り下ろす。
男は刀の軌道から避けるために身体をひねろうとして目を見開いた。
キン
硬質な音が響く。
咲の殺意のこもった黒いまなざしを、至近距離でアーモンド色の瞳が見つめる。
「あの白髪のガキとは違ぇな」
刀を振り下ろす瞬間、男には塞がかけられていた。
なんとかそれを解いて斬魂刀で振り下ろされた刀を受けたのだ。
それでも首筋にチリリとした痛みを感じた。
浅くではあれ、切れてしまったらしい。
つぅっと冷や汗が流れる。
「お前の目は殺す目だ」
咲はすぐに間をとった。
鍔迫り合いは不利だと知っているのだ。
「そして殺す術を知っている」
男は静かに刀を構えた。
「ならばオレも、気にすることねぇな」
押さえていた霊圧が流れ出す。
その霊圧は、今まで対峙した誰よりも高い。
このクラスの虚も滅多にいるものではない。
「飛び回り翔けろ 天馬超翔」
解放されたその斬魂刀は鞭の形になっていた。
「来いよ」
挑発だと分かっていても、咲は飛び込むしかなかった。
鮮やかな鞭さばきは、咲も見慣れぬもので、直感的につかまったら終わりだと感じた。
しかし刀で受け止めるにはリスクが高い。
身軽さを武器になんとか鞭をよけながら、斬りつけるも、刃は服を掠るのが精一杯だ。
男はどこか嬉しそうに笑っているが、気にする咲でもない。
「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる
破道の六十三 雷吼炮!」
その大きな雷を帯びた爆砲を飛び上がることで避けた男は小さく口笛を吹いた。
「詠唱するとここまで勢い増すとはねぇ」
しかし次の瞬間、鞭の違和感に気づき、先端に目を向けると、赤い光によって木に縛り付けられている。
無理やり引いて引きちぎるも、今度は腹部に力がかかって何かに引き寄せられ、目を見開く。
空中に立っていたはずの自分が、気づけば仰向けに落下している。
しかも自由が利かず、このままでは墜落してしまうだろう。
「破道の十一 綴雷電」
「くっ!!!」
鋭い電撃が男を襲った。
思わず顔をしかめるが、もう一本電撃がどこかに向かっているのを確認する。
身体の周りで鞭を振りまわすと、糸が切れた感触があり、腹部への圧迫も消える。
むせながらも咲を見失うことなく鞭を構えた。
「曲光で這縄を隠していたか。
もう一本の電撃は……あのガキを助けるためか?」
少し離れたところで片膝をつく白髪と、なんとか膝をつかずにはいるが苦しげに舌打ちをする敵の男が見える。
「……知らないから」
初めて返ってきた言葉に、男は目を瞬かせる。
「は?」
「殺さないと殺されるって、知らないから」
咲の瞳には、慈悲や同情なんてものは全く映っていない。
戦いで迷いを生みがちなそれを、院生であるのにすでに持たない彼女の末が恐ろしいと思った。
「しかたねぇな」
男はバチンと鞭を鳴らす。
「おれも死にたくねぇし。
……行くぜ」
「お前達は死神なのか」
浮竹の問いかけに、男は答えない。
「斬魂刀を持っている。
更木ならともかく、こんな街中にいるのであれば死神か、死神から逃げた賊等だ」
「だったらなんだ」
浮竹は浅打を抜いた。
「今回の件、疑問が多すぎる。
ここでお前たちと戦う時もだ。
なぜお前か、今空太刀が戦っている男が一気に潰しに来なかった?
時間がかかるだけお前たちは不利になるはずだ。
大人数で行動すること自体、得策とは言えない」
壁にもたれた男は浮竹を睨んだ。
「誰の差し金だ。
あの男も、誰かの差し金だろう?
ここにはいない誰かの命令で来ているはずだ」
屋根の上からじっと浮竹を見おろす男を、睨みつける。
鋭い眼光に身がすくみそうになるが、踏ん張る。
「口割ると思ってんのか」
男が壁から背を離し、呆れたように呟いた。
「いや」
浮竹は男に視線を戻した。
少し離れたところで激しい戦闘音が鳴っている。
咲と男が戦い始めたのだろう。
「ただ、言っておきたかっただけだ。
俺達が、何も気づかずにお前たちに踊らされているわけでははなということを」
「ガキが良く言うぜ」
浮竹は男に向かって走り出した。
男は一撃目を避けるも、すぐに襲いかかる二撃目は刀で受け止めた。
カチカチと刀が鳴る。
はじき返されたのは浮竹だった。
間をとって刀を構え直す。
(相手をまず分析しなければ)
相手は霊圧を抑えることはしていないだろう。
その霊圧は、化け物と呼ばれる浮竹の解放時には劣る。
(問題は技術と能力)
相手の斬魂刀が浅打でないのは見れば分かる。
「自壊せよ ロンダニーニの黒犬
君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」
「二重詠唱か。
院生にしては高度なことをしようとしているが、使い方がなってねぇ」
斬魂刀が一瞬にして浮竹まで迫る。
目を見開き、浮竹はそれを受け止めた。
(腕がしびれる……!!)
今まで霊術院ででもこれだけの力を持つものを見たことはない。
体格差を考えても、やはり力では不利だろう。
浮竹はなんとか相手の刃を払い、距離を置こうとするも、すぐに次の刃が襲いかかる。
どれだけ逃げても追いつかれる。
「一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい」
「詠唱したところが撃てるはず」
「縛道の九 撃!」
刀を払った流れで壁に向かって撃を撃てば、上手く跳ねかえって男の斬魂刀に巻きついた。
それを引きちぎろうと刀を振った瞬間、浮竹の姿が男の視界から消えた。
「破道の三十一 赤火砲!」
男は背後に浮竹の霊圧を感じ、なんとか瞬歩で移動するも、肩袖が焦げ落ちた。
思わずにやりと笑う。
「どうやらオレの認識が甘かったようだ。
てめぇは死ぬのが怖いのかと思ってたぜ」
浮竹は静かに男を睨みつけた。
白い髪が、爆風を受けてまだ風に揺れている。
「怖くないと言えば嘘になる。
だが生憎、死の恐怖なんて今更さ。
京楽が待っている。
空太刀が戦っている。
俺がここで脅えているわけにはいかない」
「……なら、脅えさせてやろうじゃねぇか」
男は静かに刀を構えた。
「果てろ 煙炎墓無」
浮竹は咄嗟に地面を蹴った。
突然の爆風になんとか受け身を取るも、吹き飛ばされて衝撃を感じる。
「うっ!」
どうやら家の壁に身体を強かにぶつけたらしい。
「てめぇの赤火砲の爆発なんて」
男が鼻で笑う。
煙の中から現れた男は、右手の指先から生えた、長い爪様な形となった斬魂刀を持つ。
「……次で終わらせる」
男の向ける右手の中央に霊圧が凝縮されていく。
それは確かに赤火砲の比ではない。
まるで嵐の塊のようだ。
浮竹は体勢を立て直し、すぐに逃げられるようじっと見つめる。
見つめることしかできない。
しかし次の瞬間、目の前の男の身体が浮き、激しい電撃が落ちる。
流石に男も予想外だったようでまともに喰らい、呻き声をあげる。
身体の周りに腕を振り回せば、風に乗って細い糸のようなものが煌めいた。
(まさか)
「あのクソガキ!!」
盛大な舌打ちをして、男は怒鳴る。
「なんて真似しやがる!!」
手段を選ばない咲に、浮竹も流石に苦笑する。
(空太刀は生きるために戦うから、手段を選ばない)
月を背後にきりりと自分の敵を見つめる咲。
浮竹はその姿を見上げる。
それは美しくも哀しく見えた。