学院編Ⅱ
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不意に夜中に目が覚めた。
微かに砂利を踏む音がする。
目が覚めた原因は、どうやら人の気配だったようだ。
(庭からだ)
音をたてないように布団から起き出し、斬魂刀を片手に障子ににじり寄る。
障子の隙間から外を見ると、月明かりの中に人影が見えた。
こんな月明かりのある日に忍び込む輩がいるとすれば、あまり民家に潜り込むのに慣れていないのだろう。
生活にかなり窮した、一般人だろうか。
じっと見ていると、動きがおかしい事はすぐに分かった。
(足に怪我をしている……
あと背中にも)
不意に月明かりの元にその人の顔が現れた。
まだ若い男だった。
刀を持っているから、死神なのだろうか。
目に映った血のしみ込んだ袴の紋にはどこか見覚えがある。
(あれは!)
思い出すと同時に、咲は障子をあけた。
相手は驚いたように目を見開いた。
「……京楽家の方ですか?」
よろよろと逃げだそうとする男に声をかけると、彼は逃げるのをやめて咲を振りかえる。
溢れんばかりに目を見開いている。
しかしそれ以上何もいわない。
何かを恐れているようだ。
一瞬、山上家のことが思い返された。
(京楽家に何が……?
京楽様は……)
焦りが、胸元からせり上がるかのようにわき出た。
「私は空太刀咲です。
京楽春水様とこの春から同じ学級に所属させていただく者です」
その名前に、相手は覚えがあったのか、咲の方に近づいてきた。
痛々しく足を引きずっている。
「貴方が、春水様がおっしゃっていた……!!」
そして咲の足元にひれ伏したので、驚いてその肩に手を当て、顔を上げさせる。
黒い瞳は咲を見つめ、そして苦しげに言葉を吐き出した。
「春水様を、お助けください!!」
闇夜を駆ける。
生ぬるい夜風が、咲の頬を撫で、短い髪をなびかせる。
(何故)
わき上がる疑問。
それは先ほど庭に現れた男性の口から聞いたことだ。
ー春水様が連れ去られてしまったのですー
どうやら彼ともう一人男の警護を連れて買い物に出かけていたらしい。
その帰り道で何者かに襲われたのだという。
相手は7人で、黒づくめに覆面で目以外はほとんど隠れていたという。
斬魂刀を所持しており、計画的な犯行の様子だったそうだ。
と言うのも、路地の中でまんまと3人引き離されてしまったらしい。
傷だらけの体でたどり着いたのが、咲の部屋の前だった。
上流貴族の警護なのだ、ある程度の力のあるものだろう。
その2人を京楽から引き離し、こうして手傷を追わせるとなれば相手はそれなりの者だろう。
慌てて家のものに男の治療を頼み、咲は家を飛び出した。
(理由はどうであれ、京楽様を探しだすのが先だ)
だが闇雲に探しても見つかるはずもない。
それでも動かずには居られなかった。
京楽が攫われたと聞く路地裏を回る。
流魂街の一角の細い道で、確かにあまり治安は良くなさそうだ。
しかしなんでも近くに彼の好む酒屋があるらしい。
(……酒を買いに行って命を奪われていては、京楽様も浮かばれない)
月明かりが咲の影を作る。
(こんな明るい夜に人攫い等、よく上手く出来たものだ)
それだけ慣れたものの犯行なのだろうか。
十字路にさしかかったところで不意に覚えのある霊圧を感じ、振り返る。
それは相手も同じだったようだ。
月光の中できらりと光り風になびく、白。
それは銀色に輝いて見える。
どちらともなく駆けより、互いを見つめあった。
そして言葉を交わすことなく、2人は知ったのだ。
相手も同じように京楽が攫われたことを知っていると。
(何故だ?)
浮竹は疑問を抱く。
(俺は使いの途中で傷を負った男を見つけた。
彼に京楽が攫われたことを聞いたのだ)
「なぜ知っているんだ?」
「家に逃げ込んできた傷だらけの人が京楽様の警護の1人でした」
(たしかに2人の警護を連れていて、もう一人の行方は分からないと聞いたが……
その人が卯ノ花邸に行くなど)
「運か、罠か……」
浮竹がぽつりと呟くと、咲は不安げに眉をひそめた。
(空太刀不安をあおっても仕方がない、か)
「どのあたりを探したんだ?」
「ここから西の方を主に見てきました。
それらしい人も、それらしい人を見たという人も、いませんでした」
「俺は東から来たんだ。
結果は一緒だ」
「となると……」
北か南か。
連れ去られてからそれほど時間は経ってはいない。
人に見られずに移動するのは難しいだろうから、京楽を攫った後もしばらくは近くに身を潜めていただろう。
そう考えるとまだそれほど離れた場所には行ってはいないはずだ。
「ここからは一緒に行動したほうが良いだろう。
敵は手慣れている。
俺達一人ずつでは太刀打ちできない可能性が高い」
咲は頷く。
「お前が選んでくれ」
浮竹は笑った。
咲はその笑みに少し驚く。
彼の性格上、こんなときに笑うとは思わなかったからだ。
「お前の勘に、頼る」
その笑顔は晴れやかな程。
自分の勘に頼ると言われているのに、その後ろに浮竹の強い力を感じた。
自分が選んだ道が最善だと、確信させてくれる。
咲は目を閉じる。
ふわりと風が吹いた。
南から、北へ。
「北に」
「よし」
ただの勘だった。
敵は獣ではない。
風下に逃げなければ臭いで気づかれる、なんてことを考えるはずはないけれど、咲にとってはどこか信じたくなる風だった。
「斬魂刀は持ってきたのか?」
「はい」
「俺には刀はない。
すまんが鬼道だけしか使えん」
「十分です」
咲も微笑んで見せる。
こんな時にこそ笑う必要があるのだ。
浮竹の笑顔に、あれほど励まされたのだから。
「よろしくお願いします」
「こら敬語」
こんなときに、とまた思う。
でもそれが彼の優しさなのだ。
「よろしく」
「おう!」
「やりすぎなんじゃないの、君ら」
思慮深げな焦げ茶色の瞳が暗闇に光る。
「そんなはずはありませんよ、春水様」
黒い覆面の隙間で目が光った。
「まだまだ序の口っすよ」
縛られた手足を動かすことも叶わず、京楽はため息をついた。
目が覚めたら地下牢のようなところにいた。
そして目の前には男が一人。
鋭い眼光。
手にする刀。
この男の力は、自分よりも強いと、京楽は悟っていた。
(今はまだ、だけどね)
だが、なにせ今自分より強いことこそ問題なのだ。
(下手に浮竹や空太刀が巻き込まれていないといいけれど)
関係のない山上家の一件に何故だか巻き込まれてしまったことを考えると、今回のことにも下手すれば巻き込まれかねない気がした。
(悪運強いから)
思わずため息が漏れる。
その細められた焦げ茶色の、どこか縋るような表情に、覆面の男は小さく微笑んだ。